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39話 

 

 千春が逃げ帰った日から約一ヵ月が過ぎた。


 この一ヵ月は男性プレイヤー集団に追いかけられた恐怖を忘れるために鍛冶作業に没頭する日々だった。


 けれど不思議とエンドワールドをやめようとは思わなかった。


 ただずっと工房に引きこもっているのも良くないと思っている。


「………………よし、頑張れわたし!」


 自分を鼓舞して鍛冶工房を出る。


 鍛冶工房を出てリビングに入ると、そこには三人の姿があった。


 ノエル、ケイ、ルシだ。


 彼女たちは引きこもりだした頃からも毎日のように訪ねて来てくれていた。


 素材を持ち込んで新しい装備を作ってほしいと依頼も兼ねてではあったけれど。


 千春の様子見と装備制作の依頼。


 今となっては、どちらが本題だったのか疑わしい所である。


 ただやる事があるという事に救われていたのも事実だった。


「お、千春。出掛けんのか?」


「はい」


「それでは私たちも出掛けましょう」


「お~」


 何処に何をしに行くのか。


 三人は察していて、それでいて何も聞かないでいてくれるようだった。


 だから千春も詳しい行き先や用事は言わない。


 千春の拠点を出て目抜き通りまで出てきた所で千春は三人と別れる。


「じゃあな、千春」


「いってらっしゃい、千春さん」


「気を付けてね~」


「行ってきます。皆さんも気を付けて行ってきてくださいね」



  ▼  ▼  ▼



 これは千春にとってリベンジだ。


 前回は唐突に40人近い数の男性プレイヤーに追われて逃げ帰る結果になってしまったから。


 それだけの数の暴徒に等しい形相のプレイヤー集団に追われて逃げない方が難しい気もするけれど。


 千春はおっかなびっくり前回も歩いた中央噴水広場、ログインゲートのある場所を覗き見る。


 こっそりと入り込み、そして人目に付きにくい木陰で小さくなって座った。


 さり気なく【かくれる】まで使用する念の入れようだった。


 何をしに来てるんだお前は、とルシにツッコまれそうな行動である。


「はあ……。本当に何してるんだろ、わたし」


 自問する声にも力はなかった。


 それから数時間。


 誰も千春に気付く事なく時間だけが過ぎていった。


 ぼんやりと平和な時間を過ごしていた千春にとって、それは不意打ちだった。


「あの『うさぎ屋』さんですよね?」


「ふぇ……?」


 ぼんやりし過ぎて眠気に負けそうになっている所にかけられた声。


 声の主は千春の苦手な異性のもの。


 ただ荒々しい感じはしなかった。


 見上げ、それが自分にかけられた声だと気づき、自分は木陰でお昼寝タイムを満喫するために外に出てきたわけではない事を思い出す。


「ふあっ、ふぁいっ!」


 何かと戦いそうな声での返事を、お客らしい少年プレイヤーに笑われた。


 同年代に見える少年に笑われて早くも千春の精神力はエンプティ目前である。


「笑ってごめんなさい」


「………………っ」


 ぶんぶんぶんっ、と千春は首を横に振る。


 言葉で否定したくても、苦手な異性を前にすると喉に何か詰まったように声が出なくなる。


 接客態度としては最低限もできていない千春の態度に、それでも少年は微笑を崩さなかった。


 ふと。


 千春は何かを感じて振り返る。


 けれど雑踏があるだけで特に変わった所はない。


「何を売ってるのか見せてもらっていいですか?」


 それは一旦忘れて千春は今回のラインナップを少年に見せる。


 今回は準備期間が長くあり、かつ、前回の分も加えられているため割と豊富なラインナップ。


 けれど販売種類としては多くない。


 それでも少年は全部の商品を見て、その中で自分が装備可能なものに関しては詳細情報まで表示して確認しているため時間はかかった。


 30分近い吟味の時間が過ぎた。


 それは千春にとっては異性と二人という気まずくて落ち着かない時間。


 安い買い物ではない事を思えば少年が時間をかけて選ぶのも仕方ない事ではある。


(次は絶対にもっと少なくしよう)


 千春がそんな逆走的決意を固めるには十分な時間が過ぎた頃。


 少年の吟味も終わった。


「どれも凄いですね……。本当にこれを売ってもいいんですか?」


 確かに今回の商品の中には水耐性値75%の鎧と火属性値72%の片手剣がある。


 片手剣は誰も使わない。


 鎧はケイが装備できるけれど、彼女は「ちーちゃんが私のために作ってくれた子の装備の方がいい」と言ったため、こっちの鎧は売りに出す事が決定したのである。


 それに鍛冶に没頭している間に覚えた新しいスキル【武器強化】【防具強化】で装備品の性能を強化する事も出来るようになった。


 属性値は強化対象外だけれど。


 ちなみにこの【強化】にもスキルレベルが設定されている。


 【武器強化】の状態で+1。


 【武器強化・Ⅱ】の状態で+2まで強化できるようになる。


 最大強化段階は+10。


 だから持って来ている装備を売るのは何も問題ない。


「………………っ」


 こくこくこくっ、と首肯した。


「…………では『フレイムソード』をお願いします」


 千春は内心で驚嘆しつつ、フレイムソードの代金請求メールを送る。


 それに少年が了承した事で千春にメールが返信された。


「ありがとうございました」


 最後まで微笑を絶やさず、少年は千春の前を立ち去った。


 その背中に向けて千春は深く腰を折る。


「あ、ありがと、ございました……!」


 少年の購入したフレイムソードは火属性値72%の武器。


 購入金額は一本で250万G。


 絶対に売れるわけないと千春は思っていた商品の一つである。


 千春が売れないと思っている商品のもう一つは、当然ながら水耐性値75%の鎧。


 お値段300万G。


 ちなみに次に訪ねてきた男性プレイヤーが即決で鎧を購入していき千春を驚かせるのだが、そこは割愛する。



  ▼  ▼  ▼



「おいっ、次は誰の番だ!?」


「誰も行かねえなら俺が行くぜ!」


「次は私でしょ!?」


「くっそっ! 何であの時、俺はグーを出したんだ!」


 そして「次は私でしょ!?」と言っていた女性プレイヤーが路地裏を出て千春に話しかける。


 彼女は見せてもらったラインナップに目を輝かせ、じっくりと吟味し始める。


「早くしろよ、ちくしょう!」


「買われませんように買われませんように!」


 ここにいる8人は全員、千春の店『うさぎ屋』を利用したいプレイヤーたちだ。


 前回の失態から何となく人付き合いが苦手なんだろうと推理した面々により、こうして一人ずつ離れた場所で待機し、一人の買物が終わり次第でていく順番待ち場所が確保されたのである。


 というのも、ここがゲームの世界だと割り切れているから彼らも他人と話せているが、彼らの中にもコミュ難に苦しむ者は少なくない。


 むしろ現実世界では人と目を合わせて会話ができない者が大多数を占めている。


 だからこそ彼らは千春の気持ちが解る。


 変わりたい気持ちも、克服したい気持ちも、そして勇気を出せた千春の凄さも。


 自分たちよりも酷いコミュ難だから見守ろうと思えたのかもしれない。


 千春が克服する瞬間を見て『自分も!』と奮い立ちたいのかもしれない。


 中には千春が挫けて折れる所が見たいという者もいるのかもしれない。


 ただ多くの者は自分と同じような対人恐怖症の小さな女の子の行動を応援していた。


 まず最初に千春の売る属性装備が欲しいという欲求ありきの話なのだけれど。


「ああ、早く俺の順番よ、こい!」


「買われてませんように買われてませんように買われてませんように!」


「ここで火耐性装備を揃えて、俺たち今度アラロワナ火山を攻略しに行くんだ……」


「それ何のフラグ?」


 千春の奮闘の裏で、また別の奮闘があった事を彼女は知らない。


 

千春の商品ラインナップはだいたい武器4~5本。

防具7~8個という所です。

多くは用意していないので売り切れ御免です。


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