35話
「あ」
プレイヤーの誰かが声を上げた。
彼の指は空を、そこで異常繁殖していたスカイギルの群れを指していて。
他のプレイヤーも気付き始めた。
「散らばっていく……」
地上のプレイヤーたちを襲っていたスカイギルの群れは四分五裂。
現在時刻は午後10時ジャスト。
イベント終了の時刻だった。
少し遅れて、
『これにて『スカイギル襲撃』イベントを終了させて頂きます。集計結果の最終ランキング発表は明日の午前10時を予定しております。プレイヤーの皆様、お疲れさまでした』
「おわったーーっ!」
最後の追い込みをかけていたプレイヤーたちは、疲れた体を休めるようにその場に座り込んだ。
肉体的疲労というよりは精神的疲労が仮想体に影響を及ぼした形。
つまりは脳の疲労なのだけれど疲労は疲労だ。
それは千春たちも同じだった。
「ああ、しばらく魚系モンスターは見たくねえ……」
「いっぱい倒したもんね~」
そう、いっぱい倒した。
運営がイベント用に用意した今回のモンスターは【採取】でも【採掘】でもドロップアイテムは取れないようになっていた。
そのため千春たちも地道にモンスターを倒し続ける事でメダルを獲得していたのである。
「レベルだけは上がりましたけどね……」
千春は苦笑して言う。
ほぼ戦闘には不参加の千春でも正式にパーティメンバーに入っていれば、その分経験値の分け前は発生する。
戦闘事態に参加せずパーティにいただけなので、実際に戦闘していた四人よりは遥かに少ない経験値だが、それでも千春のレベルを上げるには十分な数字だった。
そしてイベント期間中に受信したメールがある。
『プレイヤー様へ。レベル20を超えられましたため初心者救済用特別スキルの使用制限を通知させて頂きます』
という内容のメールだ。
初心者救済用のスキルは【気配遮断・Ⅳ】の事。
その通知を受けてすぐに千春はスキルを確認したけれど【気配遮断・Ⅳ】自体は残っていた。
スキルレベルもそのままだ。
ただ使用感が違った。
【気配遮断・Ⅳ】を使用しているのにモンスターにも、プレイヤーにもしっかりと見られている感があったのである。
実用感としては一瞬だけ自身の姿を見失わせられる程度の効果。
そして見失われた後、すぐに再び発見された。
むしろスキル使用前よりもより強くヘイトや視線を集めていたかもしれない。
唐突に目の前にいた獲物を見失えば、そして別の場所で再発見すれば知能の低いモンスターでも注目するのは当然かもしれないけれど。
「得たものよりも失ったものの方が大きかった気がします……」
レベルよりも以前までの【気配遮断】に戻してほしかった。
切実に。
けれど運営が銘打つ『初心者』を卒業したというのであれば、仕方のない処置ではある。
悲しいけれど。
「あたし今日はもう落ちるわ」
「ん~、私も今日はもう寝たい」
「じゃあわたしも……って、そういえば静かですけどノエルさんはどうしたんでしょうか?」
振り返った先では地面に座るノエルの姿があった。
若干どころではないほど危険な表情の。
パーティメンバーでもあり、彼女の異常性に多少であれ免疫のある三人が声をかけるのを本気で躊躇うような顔であった。
「ノ……」
「待て、千春」
ガシッと肩を掴まれ、止められた。
止めた人であるルシは無言で首を横に振る。
触れるな、と言うように。
不思議なほど言葉にしていないのに伝わった。
一人だけ残していく事に罪悪感を抱かないわけではないけれど、
「ああ、千春さん可愛いです。この千春さんも、こっちのケイも可愛く撮れてます」
抱く必要もなさそうなのでサクッと落ちる事にした。
▼ ▼ ▼
翌日。
今日は日曜日。
学校は休みで、だから朝から千春たちはエンドワールドにログインしていた。
もちろんイベントのランキング結果をきくためである。
置いて行かれた事を怒っていないのか、ノエルもいつも通りの平常運転だ。
そのいつもが平常ではない気がするのだけれど。
四人集まってから千春たちはイベント開催会場でもあったラグア近郊の無人島へとテレポーターNPCに頼んで移動する。
午前10時少し前ということもあり、無人島には大変多くのプレイヤーたちが集まっていた。
ざわざわとした喧噪に、思わずというように千春の眉間にしわが刻まれる。
諦めてインターネットでの結果発表を見る事にしようかな、とログアウトをタッチできるようにコンソールを表示する。
三人に断ってログアウトしようとして、
『大変お待たせいたしました! これよりランキング発表と賞品と賞金の授与を行います!」
運営の言葉に千春はログアウトしないでエンドワールドに残った。
10位から発表され始め、無人島の所々で悲喜こもごもの声と祝福が上がる。
そして、
『第4位! 『メイド兎隊』!』
周りが拍手していたから千春も拍手した。
「千春さん、私たちの事ですよ?」
「……はい?」
「ですから4位でしたね私たち、という事です」
ここでパーティ名を始めて知った千春だった。
そもそもイベントに参加する際に必要だったから即席でケイが勝手に登録したのだが。
「だって~、もう私たちのシンボルみたいなものじゃない? このメイド兎って~」
武器にも防具にもメイド服を着た兎が彫金されている。
察しようよわたしぃ、と脱力した千春だった。
そして代表としてケイが前に出て賞品と賞金を受け取って戻ってくる。
周りのプレイヤーたちに盛大な拍手を貰って。
こんな時、前までであれば千春は全力で【気配遮断】を発動させて存在感を消していたはずである。
けれど今はもう【気配遮断】にそこまでの効果はない。
それでも千春は使用する。
「【気配遮断・Ⅳ】! そして【かくれる】!」
一瞬だけ、ほんの瞬きの間程度の存在感の喪失。
その間に千春はルシの後ろに隠れる。
ぷるぷるぷるっ、と震えながら顔をルシの背中(鎧)に埋めている千春。
低身長とうさみみ効果で小動物ちっくな彼女に癒されたプレイヤーは密かに多かった。
▼ ▼ ▼
その後も順調に表彰式は進んだ。
3位は『海水浴☆』というパーティ。
日焼けした筋骨隆々の海の男、尼さん的なプレイヤーを想像していた千春。
現物は日焼けとも筋肉とも無縁の完全後衛特化の魔法使いオンリーパーティだった。
2位は順当に『攻略組』のエースパーティ。
表彰式で賞品と賞金を受け取る勇者の表情が悔し気だったのが千春には印象的だった。
1位も変わらず『イベント連合』がキープしていた。
このあと賞品と賞金をどのパーティが総取りするかを決めるバトルをするという話だ。
仲良く皆で分ければいいのに、と千春は思いながらイベントは幕を下ろした。
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イベント終了後の千春の拠点にて。
「それで、あたしらはどう分ける?」
賞品は『スキルの果実』二個。
賞金は『100万G』。
賞品の方はともかく、賞金は4人で分配して25万Gずつが妥当だろうという話に既に落ち着いている。
「ではわたしの分の25万Gいただきますね」
そう言って千春は賞金から自分の分のお金を貰う。
そしてノエルに向き直り、
「これだけじゃ全然足りないと思いますけど、これは新しい拠点を買うための資金に使ってください」
そう言って千春は25万Gを丸々ノエルに渡す。
初めからそのつもりだった。
本当は優勝して300万G全額をあげられれば最上の結果だった。
それは叶わなかったけれど、最上ではないけれど、良くらいの結果は得られたと思っている。
ケイとルシは戦闘が苦手な千春が、その苦手な戦闘イベントで何故やる気を出していたのか、その理由をようやく察した。
ノエルは気付いていたらしく、この雰囲気になった時には苦笑していたけれど。
「ごめんなさい、千春さん。私の衝動的な行動があなたに重荷を背負わせてしまっていたんですよね」
その通りなだけに千春は笑って誤魔化した。
ここで嘘を吐いてもバレる確信があったから。
それならば肯定も否定もしない事にしただけ。
そしてノエルも悟る。
ここで受け取りを拒否すれば千春はこれからも重荷を背負い続けるだろうと。
言い換えれば重荷は引け目となる。
それがある内は、本当の意味で千春が自分たちと打ち解けてくれる事はないのかもしれない事にもノエルは気付いていた。
だから彼女に提示されている選択肢は数あれど、選べる意味での選択肢は一つしかない。
「ありがとう、千春さん。ありがたく使わせてもらいます」
ノエルが笑顔で受け取ってくれた事に千春は安堵し、そして破顔した。
それだけ傷つけてしまっていたのかもしれないと考えると、ノエルも自身の行動を省みて反省しないわけにはいかない。
「じゃあお礼に皆で千春さんのお店の開店準備のお手伝いをしましょう。いいですよね? ルシ、ケイ」
「おう!」
「あったりまえだよ~!」
破顔していた千春の唇が引き攣り始める。
「い、いえ、皆さんお疲れでしょうし、それはまた今度でいいんじゃないでしょうか……?」
私のストーリー攻略の後にでも、と付け加えたら。
「いや、ダメだろ」
「ダメだね~」
「ダメです」
総ダメ出しを受けた。
お待たせしました。
あと1話はさんだ次話よりお店編(予定)となります。




