21話
夜遅く。
一部の素材を売り、Gに変えた千春。
目的の鉱石が売りに出されていないか噴水広場にある伝言ボードまで確認に来ていた。
母親に隠れて夜遅くに行動している理由は、この時間帯の方が人が少ないからだ。
もし隠れてログインしている事が母親に知られれば、きっとまた数日、もしくは今度は月単位でログイン禁止令が発動されるかもしれない。
なので千春は心持ち急ぎ足でボード前に駆け寄る。
「あ、いっぱいある、けれど……」
千春の表情が歪んだ。
確かに目的の鉱石は売りに出されている。
一個、五個、十個と単位も細かく用意されていた。
しかし。
「一番安いので一個7万G……。二個買うだけでわたしの拠点の購入金額を超えるんですけど」
かなりの高額設定だった。
だが、この金額になるのも理解はできる。
千春が求めている鉱石は『浮遊石』という鉱石。
名の示す通り宙に浮くほど軽い鉱石である。
実際には不純物が混じっているせいで鉱石自体が浮くことはない。
けれど、その不純物を精錬作業で取り除く事に成功すると、この鉱石は実際に宙に浮く。
使い道は他にもある。
例えばルシの愛用する全身鎧や巨盾に混ぜ合わせ、馴染ませれば、防御力を損なわずに重量だけを大きく軽減させられる。
ただし巨盾の場合は重い事にこそ意味のある盾(軽いと攻撃を受け止めた衝撃で盾と一緒に吹き飛ばされてしまう)という側面もあるため、何でもかんでも軽くすればいいというものではないのだが。
それでも使い処が多い事に変わりはない鉱石だった。
だからこそ、これだけ価格が高騰していた。
ともかく浮遊石の購入金額は小粒な物で7万G。
千春が必要な物以外全ての持ち物を売って作れたのは3万G。
半分にもならなかった。
「明日からは学校から帰ったらオークさん狩りの毎日かな。うん、頑張ろう」
明日からの行動を決めて、今夜はログアウトした。
▼ ▼ ▼
翌日。
学校から帰ってすぐにログインして拠点で準備を整えている所に、荒々しく千春の拠点の扉が開けられた。
ゲーム内だから壊れる事はないけれど、現実世界であれば確実に扉は吹っ飛んでいたであろうほどの荒々しさだった。
「ちーちゃんっ!!」
「千春ぅっ!!」
入ってきたのはケイとルシの二人だった。
最近はよく千春の拠点に遊びに来ている二人。
勝手知ったる感じで中に入ってくる。
装備の確認をしていた千春も、手を止めて二人と視線を合わせる。
「どうしたの?」
「のんちゃん知らない!?」
「ノエル知らねえか!?」
ガシッ!! と二人から体を掴まれ、至近距離に顔を近づけられて聞かれた。
唇が触れ合いそうな距離で。
確かにゲームだけれど、バーチャルだけれど、唇が触れ合う感触はあるだろう。
当然その後は違反行為をしたという事で最悪の場合はアカウント停止処分になる場合もある。
「し、知らないけれど……、ノエルさんに何かあったの?」
「何かあったのはノエルにじゃねえよ! あの野郎……!」
とルシが彼女を探している理由を口にしようとした所に、再び、今度は普通に扉が開いた。
「こんにちは、千春さん」
笑顔で入ってきたのは捜され人であるノエル。
瞬間、
「のんちゃん! 説明してよ!」
「ノエル! テメエ何をしやがったか白状しやがれ!」
ケイとルシが彼女に詰め寄った。
今にも殴らんばかりの勢いである。
「待って! 二人とも落ち着いて! ね?」
千春が間に入るけれど、それでも二人の興奮は収まらない。
「後で話します。それよりも先に、はい、千春さん」
「え? あ、はい……」
大きな箱がノエルにより譲渡され、反射的に千春は『受け取りますか?』のシステムの問いに『Yes』を選んでいた。
何だろうこれ、という気持ちは後回しにして、千春はケンカにでも発展しそうな三人に目を向け直し、そこで首を傾げさせられた。
二人の視線はもうノエルにはなく、死んだような目で千春が受け取った箱に向けられていたから。
「……まさかとは思ってたけどよ、そういう事か?」
「あー、まー、のんちゃんだもんね~」
「うふふっ、ごめんなさいね、二人とも。まあまた買えばいいだけですから」
二人の諦観混じりのため息を耳にして千春の混乱は深まるばかりだ。
千春の状態に真っ先に気付いたのはケイだった。
ケイは軽い口調で言った。
「それを買うために、のんちゃんは本当に自分の全てを駆使したんだよ。だから大事に使ってね、ちーちゃん」
「え? どういう事? 何を言ってるの? ケイちゃん」
その疑問に答えたのはルシで、その答えは千春にあり得ないほどの衝撃をもたらした。
「つまり、その箱いっぱいの浮遊石を買うためにノエルは自分の全てを、拠点さえも売って資金に変えたって事だよ」
「え?」
何を言われたのか最初は理解できなかった。
けれど少しずつ、時間をかけて千春も理解していく。
そして理解した。
「ええっ!? これ全部、浮遊石なんですか!!? しかもそれを買うためにノエルさんは自分たちの拠点まで売っちゃったんですか!!?!?」
「頑張りました」
えっへん、と自慢気なノエルだった。
「そういうわけで私たちの拠点なくなっちゃったんです。ごめんなさい」
いやいやいやそんな謝って許してもらえるような事じゃないですよ!? と声にならないけれど千春はツッコみを入れる。
しかしだ。
「まあ売っちまったもんは仕方ねえ。それに元々あの拠点はノエルが自分だけの金で買ったヤツだったしな。それを売ったからって居候だったあたしらに文句を言う資格はねえ。それに次は前よりデケエ拠点を皆で出し合って買えばいいだけだしな!!」
「そうだね~。私たち、のんちゃんが買った拠点に居候してただけだもんね。それに最近はちーちゃんの拠点に入り浸ってて、あっちの拠点はログインにしか使ってなかったし」
激怒していたはずの二人の反応はその程度のものだった。
その程度で済んだのは、その拠点が正真正銘ノエル個人で購入していたものだからだろう。
「わ、わたしがこれを返せば! というか、これはお返しするので返品して拠点を買い戻してきてください!」
ノエルに譲渡された箱いっぱいの浮遊石を返そうとする千春。
けれど、それを止めたのはルシだった。
「無駄だって。諦めて受け取りな、千春」
「そーそー。それにユーザー間取引だったはずだからね。返品は利かないよ」
「それに返品を受け付けて貰えたとして、買取値は購入額の半分以下にされるだろうからな。それなら有効的に活用する方が得ってもんだろ」
ルシの言う事はもっともだ。
こっちの都合で返品を求めるのだ。
足元を見られるのは当然だろう。
だからと転売しても、まだ高額商品すぎて買い手はきっと多くない。
全て売れる頃には販売価格も安くなっていて半分も資金を回収できないであろうと予測する事は容易かった。
「千春さんは気にしなくていいんです。私が勝手に千春さんのために何かをしたくて行った事ですから。ケイには悪い事をしたと思いますけれど」
「おい、あたしにはねえのか」
「にししっ、のんちゃんは小さな女の子が好きだしね~。ルシは大きすぎるんだよ」
和気藹々と雑談に移行し始めるけれど、それじゃあ遠慮なく、と受け取れる千春ではない。
それはノエルも知っている。
だからノエルは思いついてしまった対価を要求する。
「では私たちが新しく拠点を購入するまでの間、千春さんの拠点に居候させてもらってもいいでしょうか? その浮遊石は、そのためのお家賃代わりという事で」
「そ、それはもちろんです!」
友達が遊びに来ているのではなく、友達との共同生活。
世にいう『シェアハウス』的な環境になる事に千春の抵抗感は強い。
友達とはいえ、否、友達だからこそ見せなくない部分はある。
こんな自分を見せたら嫌われるのではないかと千春の被害妄想が炸裂するのだ。
けれど、こうなったのは千春の提案による部分が大きいと言えなくもない。
受け入れる以外の選択肢はなかった。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね、千春さん」
いつかは何かしら、やらかすだろうと思っていた。
まさか千春への愛が暴走して拠点を売るのはケイとルシの予想の斜め上ではあったけれど。
それでも、あそこまで嬉しそうなノエルは二人にしても初めて見る。
「仕方ないよね~」
「だな」
二人も勝手に拠点を売られた事だけを怒っていたわけではない。
勝手に、一人だけでノエルが行動した事を怒っているのだ。
ケイだって、ルシだって、千春のために何かをしたかったのは同じだから。
相談くらいしてほしかった気持ちもある。
ノエルも大切な友達なのだから。
「次はねえからな?」
「な~?」
「はい、ごめんなさい、ふたりとも」
言葉の真意をしっかりと読み取って、ノエルは謝罪する。
三人の間に、わだかまりはもうない。




