22話
シェアハウス生活初日。
それはいつもと変わらない日々の始まりになるはずだった。
実際、三人は毎日のようにログインすると千春の拠点に顔を出していたのだから。
たまに個人的な用事で単独行動を取る場合もあったけれど、ほとんどの時間を彼女たちは四人で過ごしてきていた。
「千春さん、そろそろ休憩にしませんか? お茶とお菓子を用意しましょうか?」
「え? あ、は、はい。あ、あの! えっと、お、お願いします……」
違和感の正体は可愛らしいメイド服に衣装チェンジを果たしたノエルのせいではないはずだ。
たぶんだけれど。
「あんま邪魔してやるなよ、ノエル」
その状況に呆れ声で苦言を呈したのはルシである。
彼女は鍛冶工房として使っている部屋のドアを開け、開けたドアにもたれるようにして腕を組み、声以上に明確に呆れた顔でノエルを見ていた。
「邪魔なんてしていません。私は千春さんが根をつめ過ぎてはいけないと思ってですね」
「千春も邪魔なら邪魔って言えばいいんだぞ。つーか、こうなったコイツははっきり言われねえと気付かねえからな」
「あ、あはは……」
苦笑して誤魔化す千春。
座右の銘が『可愛いは絶対正義』である千春。
そんな彼女が可愛らしいメイド服姿のノエルの甘言に抗える可能性は皆無であった。
完全にメイドノエルに魅了されたと言っていい。
おかげでさきほどから三十分おきにお茶だお菓子だと誘われているのだけれど。
これが現実であれば、きっと千春はお風呂上りに体重計という女の子たちの永遠の宿敵に対して恐怖の悲鳴を上げる事になっていただろう。
バーチャル万歳である。
「はあ……。ほどほどにしとけよ。後あたしにもその菓子くれ」
ほどほどに長くなり始めた付き合いから千春の心境を察したルシは、とりあえず見守るスタンスで行く事にしたらしい。
ノエルが用意したケーキを一つ手で掴んで部屋を出て行った。
最近ではルシの方が保護者のように思えてきた千春である。
▼ ▼ ▼
シェアハウス生活二日目。
今日こそは! と気合いを入れて千春は鍛冶工房として使っている部屋に入る。
ノエルが自分たちの拠点を売却してまで用意してくれた浮遊石。
その精錬を成功させるために。
気合い十分に鍛冶工房のドアを開けて中に入る。
「おはようございます、千春さん」
「おはようございます、ノエルさん……」
メイド服姿のノエルに出迎えられた。
学校が終わり次第ダッシュで帰宅し、普段であればシワにならないよう丁寧にハンガーにかける制服も乱雑にかけ、着替える間も惜しんで下着姿でベッドに横になり、そうまでしてログインしたのに。
それもこれも全ては可愛らしいエルフメイドさんに心を乱されないようにとの対策だったのに。
全ては無意味に終わったようだった。
(いやいや、まだ終わってないよ、わたし! 強い心でノエルさんの甘い誘惑をお断りすればいいだけなんだから!)
強く決意した千春。
「まずはお茶にしませんか?」
「はい!」
結局、昨日と同じ展開になった。
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さすがにこれはマズいと思い始めたシェアハウス生活五日目。
昨日までの四日間はメイドノエルさんに瞬殺完敗していた千春。
だけど今日の千春は一味違う。
なにせ、
「今日は用事でノエルさんは遅くなる、もしくはログインできないっていう話だからね」
そういう事である。
誘惑がなければ鍛冶作業に没頭できる。
鍛冶作業に集中さえしてしまえば近くで何を言われても聞こえなくなるため、それまでの間だけでも一人きりでいられれば。
「今日は勝てる!」
けれど可憐にして清廉にして美艶なるメイド姿を見られない事に一抹の寂寥感を覚える千春だった。
完全にメイドノエルの影響下に入ったとみなされそうである。
しかし今回の一連の流れは千春の提案から始まったものだ。
言い出した者としての責任があると千春は考えていた。
だから今ばかりは座右の銘を封印してでも鍛冶作業に没頭すべき時なのだと。
わかっていながら今までは連戦連敗だったのだけれど。
『エンドワールド』にログインし、千春は足早に鍛冶作業部屋へ移動する。
ドアノブを掴み、開ける事を一瞬だけ躊躇する。
中にはすでにメイド姿のノエルがいて自分を出迎える姿を想像してしまった故の躊躇だった。
そうなった場合、今日も敗北は確定したも同然。
それも惜敗ではなく惨敗である。
(大丈夫。今日は大丈夫!)
ドアを一気に開けて、けれど出迎えの声はなかった。
その事に一抹の寂寥感を覚えている自分に気付いて、千春は自嘲気味に苦笑して作業の準備に取り掛かった。
とはいえ準備にはさほど時間はかからず作業は開始される。
現実であれば炉の温度を上げたり、必要な材料を用意したりと大忙しになる準備も、さすがはバーチャル。
炉の温度を上げるのも簡単で、材料の準備も浮遊石だけでよかった。
あとは浮遊石から分離させた不純物を取り分ける受け皿と、不純物を取り除いた浮遊石の受け皿を用意するだけでいい。
「さあ始めよう!」
▼ ▼ ▼
作業は難航を極めた。
不純物を分離させられない。
というよりも浮遊石と、それに結着している不純物の見分けがつかない。
より正確には浮遊石と不純物の見分けはできるのだけれど、どこが境目なのかが千春には分からない。
雑把に取り除けば確かに不純物は除去できる。
しかし、それだと浮遊石として残る部分が少なくなりすぎる。
ただでさえ高価な浮遊石を、しかもノエルが自分たちの拠点を売ってまで用意してくれた浮遊石を少しでも無駄にするのが千春は嫌だった。
だからここからは気の遠くなるような細かい作業が続く。
ミリ以下の単位での不純物の除去作業。
「もう少し深く削れるかな……?」
高炉の中で赤熱する浮遊石。
不純物の境目と思われる部分に魔力を流し切り離す。
それは目に見える部分だけではなく中心部分の目に見えない部分にも行わなければいけない作業ゆえの困難さ。
魔力を浸透させ、浸透した魔力の感触で不純物かそうでないかを判断しなければいけない。
故に千春は絶えず深い集中力を要求されていた。
加えて炉の温度管理もしなければいけない。
そのため普通は二人体制、万全を期すのであれば三人から四人の鍛冶職プレイヤーで行う作業である。
それを千春は一人で行おうとしているのだから当然その難易度は跳ね上がっている。
だからこそ作業に没頭していた千春は背後でドアが閉まる音にも、彼女の視線にも最後まで気付く事はなかった。




