18話
恋人が言うように「きちゃった」としなを作って千春の拠点を訪ねてきたケイたち三人。
千春は拠点の場所を、それ以前に拠点を所有している事さえも教えていないのに彼女たちが訪ねてこられたのは、フレンド登録すると最低限の情報だけは開示される仕様となっているからだ。
もちろん個人設定により公開する情報は選べるが、そんな知識のない千春は最大限、個人情報的に問題ないものは全公開設定になっていた。
拠点情報もその一つである。
ちなみに、それを三人から聞いた後で千春は個人情報を完全秘匿設定にし直している。
「それで今日はどうしたんですか?」
小さな一軒家。
等級的には第四等級相当に類する拠点である。
リビングに四人も集まれば、息苦しさを感じるほどではないにしても、とても快適と言える状態でもなかった。
「うふふっ、まあいいじゃないですか、千春さん。それよりも千春さんらしい可愛らしい拠点ですね」
室内を見回してノエルが言う。
心からの感想だ。
乙女趣味である千春の夢を現実に(仮想だけれど)反映した拠点はノエルの趣味とも合致している。
それでも、ここまで乙女チックな拠点は行き過ぎだとノエルも普段であれば思うのだが、それの持ち主が千春と言うのであれば、万事まるっと全て受け入れるだけだ。
「あたしには少し狭いな」
巨躯を誇るルシは女性だけれど筋骨逞しい肉体美を体現している。
立ち上がり、手を挙げれば天井まであと少しで触れられるほどだった。
現実世界では五センチは低いという話だが、そんなものは誤差だろう。
そして高身長のルシへ千春は密かに憧れの視線を向けていたりする。
人によってはそれを『妬まし気な視線』と解釈する場合もある。
「文句があるなら出て行けばいいと思いますよ、ルシ」
にこやかに、ルシの発言から少しの間を与える事なくノエルが冷淡に告げる。
それは実際に自分に向けられた発言ではないのに千春の心胆を寒からせるほどの鋭利さだった。
「文句なんてねえって! あたしも一応は女だからな! こういう家に憧れてた事だってあるんだぜ!」
慌てて前言を撤回するルシ。
乙女趣味全開の家に憧れていた時期は確かに彼女にもあった。
ただし十数年も昔の、それこそ幼稚園児時代にまで遡れば、ではあるが。
「可愛いですもんね! 女の子なら憧れますよね! 可愛いですからね!」
可愛い事は大事な事なのである。
少なくとも千春にとっては二度も繰り返すほどに。
本当であれば四度でも五度でも繰り返したい所ではあったが、そこはさすがに自重している。
「所でちーちゃんはこの拠点で何をしてるの~?」
ケイに聞かれて千春は小首を傾げる。
あざとい仕草に見えるけれど、これは何も考えていない千春の素のリアクションである。
千春のあざとさはともかく、彼女はケイの言葉を真剣に黙考する。
「………………………………鍛冶?」
散々考えて絞り出した答えがそれだった。
間違ってはいない。
実際に千春の拠点には工房があり、それを毎日のように稼働させているのだから。
だがケイはそういう意味で聞いてきたのではない気がした。
何となくなのだが。
「あ、そーなんだね! じゃあここはお店なんだ! でもちーちゃんが私たちの相手をしてくれてる間、お店はどーしてるの? やっぱりNPCを雇ってるの?」
と矢継ぎ早に聞いてくる。
「え、えっと、まずね、ここはお店じゃないよ? わたしのお家。だからNPCも雇ってないの」
そもそもNPCが雇えるという事も今知ったばかりである。
「ん? じゃあ作った武器とか防具とかどーしてるの?」
「え? ストレージに……」
突っ込んであるよ? と言い切る前に「何で!?」と驚きの声がケイから上がった。
何でも何もない。
人見知りの激しい千春が、特に異性が苦手な千春が、まともに接客などできるはずがない。
NPCを雇えば解決する問題ではあるけれど、そもそも、その解決手段を千春は今知ったばかりなのだから。
「じゃあ鉱石買うための金はどうしてんだ?」
「え? 鉱石は最初以外は全部ダンジョンまで採りに行ってますけど……」
その答えを聞いた瞬間、千春の隣に座ってにこにこ話を聞いていたノエルがガバッと反応した。
肩を掴んで自分の方を向かせて全身のチェックが始まる。
「大丈夫なんですか!? 怪我は!? 怪我はしていませんか!? そうだ回復! 私の回復魔法ですぐに癒してあげますね! 痛いの痛いの飛んでけ~、してあげますから! もう少しだけ我慢してください、千春さん!!!」
色々と言いたい事はある。
何で後半そんな園児扱いなんですか、や。
ゲーム内での負傷は後々まで残りませんよ、や。
そもそも攻撃は一回も受けていませんから、などなど。
千春の言っているダンジョンは『ミスリル鉱石採掘場』なので、そこでエンカウントするモンスターの一撃は軽く五回は千春を殺せる威力を有している。
けれど唐突にノエルに迫られた千春は、ただ「ぁぅぁぅ」言うだけの人形のようになっていた。
突発的出来事には滅法弱い千春であった。
「落ち着いて、のんちゃん!」
どこから取り出したのか。
厚紙で作られたっぽい、なかなかに頑丈そうなハリセンを思いっきりノエルの頭に振り落とした。
すぱこーんっ、と音が鳴り、星のエフェクトが飛び出すという漫画的演出だ。
このハリセンはアイテムで、普通は味方の状態異常『混乱』を治すために使われるのだが、ある意味で『エンドワールド』唯一の公式フレンドリーファイア武器だとプレイヤーたちには認識されている。
1ダメージ入るからかもしれない。
「……取り乱しました。千春さん、ごめんなさい。ケイも、ありがとう」
普段の大人っぽさを取り戻したノエルにもダンジョンに採掘に行くのは問題ない事を伝えるのだが、あのドジっ子っぷりを目の当たりにしている三人からは当然ながら全く信用されなかった。
ダンジョンに採掘に行っていると言う千春を止める議論が紛糾し、そこでようやく彼女たちが千春を訪ねてきた理由が明らかにされた。
「とにかく! 千春さんにダンジョンは危険です! そんな危険な事は私たちに任せてください!」
「え? あの、任せるというのは……?」
「あたしらが千春の欲しい鉱石やら素材やらを集めてきてやるって話さ!」
ぼんやりと思考を巡らせ、意味を理解して驚きが弾けた。
「そんなのはダメですよ!?」
「ん~? 大丈夫、大丈夫。ちーちゃんがソロでダンジョンに行くよりも全然安全だから」
「そういう問題じゃないです!」
「なら報酬の問題か? もちろんタダ働きってわけじゃねえから安心しなよ、千春」
ちゃんと貰うもんは貰うからよ、と豪快に、闊達にルシは笑う。
その報酬に関しても払える気がしないので千春としては不安しかないのだが。
「千春さんのためであれば私は別に無償奉仕、ボランティアでも全然構いませんけどね。むしろ一緒にいさせてくれるのなら私が千春さんに報酬を差し上げたいほどですけれど。けれどそれでは千春さんが私たちに罪悪感を抱いてしまうでしょう?」
ノエルの言う通りだった。
自分のために他人が動き、自分は何もしないで安全圏で待っているだけ。
それは千春の心を大きく蝕む行為だ。
割りきれている他人、この場合は依頼を出して請けてくれたプレイヤー、であれば千春も割り切って考えられる。
しかし、彼女たちは友達なのだ。
千春はまだ自分が一方的に友達だと思っているだけだと考えており、いつか三人に友達として認めてもらう事を目標に、今は『エンドワールド』で彼女たちの仲間に入れるための役割を確立する努力の真最中である。
「ちーちゃんは私たちの採ってきた素材で私たちに武器とか防具とかを優先的に作ってくれたらいいんだよ~。それが私たちが受け取る報酬になるからね~」
「余った素材は釣りだ。千春の好きに使えばいい。それで鍛冶をして出来上がった武具を他のプレイヤーに売って資金の調達に使うのも千春の自由だ」
「私たちも専属の鍛冶師が得られ、千春さんも専属の依頼請負人が得られます。ウィンウィンの関係ですね」
利益関係という事だろう。
千春にもわかる。
けれど同時に受け入れ難いのも事実だった。
それは千春が思い描く未来図とは似ているようで正反対のもののように感じられたから。
千春は『友達』として認められたいのだ。
ビジネスライクな関係を築きたいのではない。
けれど、そんな苦悩は一瞬で払拭された。
「利害関係を強調しましたけれど、もっと簡単に言えば」
「あたしたちと友達になろうぜ!」
「私と友達になって!」
セリフを横から奪われて絶句し、憤慨を見せるも、仕方ないですね、と苦笑する。
「……そういう事です。いかがでしょう、千春さん。私たちの提案、受け入れて頂けませんか?」




