19話
「もこもこ装備が欲しい」
唐突に。
事前に何の脈略もない所から、その話題はケイによりぶち込まれた。
「いきなり何ですか?」
呆れ顔で当然の疑問を口にしたのはノエルだった。
くいっ、と眼鏡の位置を直すのも忘れない。
「ならナイトシープでも狩りに行くか?」
ナイトシープは黒毛の羊の姿をしたモンスターで、倒すと高確率で羊毛をドロップする。
そのドロップアイテムを装備品制作時に追加アイテムとして加える事で任意の部位に『もこもこ』をプラスアルファできる。
お手軽簡単な可愛くできる素材としてなかなかの人気を誇っている。
けれどケイの意を汲んだルシの提案に対して不服そうに頬を膨らませて答とした。
「黒は嫌。白がいい」
ただのワガママだった。
「ならライトシープにしとくか」
ケイのワガママを広い心で受け入れてのルシの提案。
しかしケイは、それに対しても不服げな表情を崩さなかった。
「グリフォンの羽で作ったもこもこ装備がいい」
ここまで聞いて、ようやくパーティの『お母さん』であるノエルは理解する。
「ケイ。あなた、あのコにグリフォンの羽を使って作った装備の自慢をされたのではありませんか?」
核心を突かれて怯んだケイ。
「………………」
その沈黙が全てを語っていた。
それで観念したのか。
「だって! レイチェルが悪いんだよ~!」
堰を切ったように始まったケイの事情説明によると、どうやらレイチェルという名前のプレイヤーに今はまだ珍しいグリフォンのドロップアイテムを使った装備品を自慢された事が発端らしい。
やっぱり、とノエルはため息を吐いた。
元を辿れば、その前にはケイがレイチェルに対して装備自慢をした事にも原因はあるのだが、そんな事は都合のいいオツムの持ち主であるケイは忘却の彼方で焼却処分している。
ちなみに、その前にはレイチェルが武器自慢。
さらにその前にはケイが拠点家具自慢。
その前の前は、と何度も何度も続いているのだけれど。
最初に自慢し始めたのはどちらなのかすら、もう定かではないけれど。
「あのね、ケイ。あなたも分かってるでしょう?」
幼い子供に母親が言い聞かせるような、ノエルの語り口にはそんな母性が宿っていたような気がする。
「あ、あの! 話しに割って入ってごめんなさい。わたしもグリフォンの素材には興味が……」
そこに千春が弱々しく挙手をして意思を表明した。
ケイを諦めさせるための口上に水を差された形となったノエル。
しかし。
「何をぐずぐずしているんですか? 早く準備してグリフォン狩りに行きますよ」
千春大好きなノエルが彼女の提案を無下にする事はあり得ない。
千春のお願いをノエルが却下する可能性に比べれば、天地がひっくり返る可能性の方が何倍も高いほどである。
苦笑して立ち上がるルシ。
やったー! ありがとー! と千春に抱き着くケイ。
千春さんに何をしてるんですか! とケイを叱りつつ後ろに並んで順番待ちをするノエル。
気付けば『エンドワールド』内で、それは千春の日常となっていた。
▼ ▼ ▼
グリフォンの生息地域はリシュティナ。
地域一帯、全てが森という一風変わったフィールドだった。
森という視界の利かない中を歩くため、モンスターの奇襲対策がなければ死地となる。
グリフォンは、このリシュティナに生息するモンスターたちの王者であった。
背の高い木々の上を飛び、プレイヤーを発見すると例外なく強襲してくる。
何よりも厭らしいのは、グリフォンは地上に降り立つ事がない点だ。
故に近接戦を得意とする戦士系統職の大半は無力化される。
それはつまりダメージディーラーであるアタッカーの大半がお荷物になるという事でもある。
この地で活躍するのはメイジたち。
魔法で撃ち落し、戦士職たちの攻撃が届くようにする。
アーチャーでも不可能とは言わないが、頭上を錯綜する枝葉に視界と矢の道筋を塞がれるため相当のPSが要求されるのは間違いない。
その話を千春はリシュティナの森に入ってから聞いた。
完全に初耳だった。
けれど千春は慌てない。
なぜならば。
「わたしたちにはノエルさんがいますから安心ですね」
今の千春はソロではない。
頼もしいパーティがいてくれる。
そのはずだったのだが、大好きな千春の言葉に狂喜乱舞するならともかく、しかしノエルは千春から顔ごと目を背けた。
「あれ? ノエルさん?」
呼びかけると、ノエルは応じない代わりにルシが千春の疑問に答えをくれた。
「ダメダメ。ノエルは補助魔法一辺倒で、攻撃魔法は初級程度しか使えねえの」
「それでいてグリフォンは『初級魔法無効化』のスキルを持ってるモンスターだからね~」
「それって……」
千春でもわかる簡単な問題だ。
攻撃魔法は初級レベルしか使えないノエルを要して、初級魔法をスキルで無効化するグリフォンを討伐しにきた千春たち。
「……詰んでません、わたしたち?」
「うぐっ」
大好きな千春の容赦ない一言に、ノエルはシステムログには表示されない部分に大きなダメージを負った。
それに気付かないまま千春は大事な確認作業を続ける。
「ルシさんは遠距離攻撃って何か使えましたっけ?」
「使えねえな!」
漢らしい断言だった。
「ケイちゃんは?」
「私はコレ一筋だから~」
身の丈を優に倍する超重量級両手剣。
遠距離攻撃手段はない。
かく言う千春も遠距離攻撃手段は持っていない。
より正確には、スキル的にはあるのだ。
暗殺者職業の装備武器補整は『短刀』の他に『暗器』というものがある。
その中には射程距離はそう長くないが遠距離攻撃の手段がある。
それに『鋼糸』という鋼を極細の糸状にしたものを上手く使えばグリフォンの行動を阻害し、地上に叩き落とす事さえ困難ではない。
一応今回、千春は自作した鋼糸を持って来ている。
「私、頑張りますね!」
フンス! と意気込む千春。
「「「いや、それはいい」」」
「ええっ!?」
まさかの満場一致での却下だった。
理由は単純にして明快である。
「また自分の体に巻き付けて『イモムシごっこ』する事になるだけだよ~?」
「あれを解くのは大変だったなあ……。だから二度とやるんじゃねえぞってあたしらと約束したよな?」
鋼糸の試作品を作った時、当然、千春は使い心地を試している。
結果は二人の言った通りの事が起こった。
何の脚色もない。
鋼糸を対象(この時は千春の拠点の庭に植えられた木)に向けて放ち、縛り上げようとした所、何故か自分の体を縛ってしまった。
セルフ自縛である。
「ああ! あの時の千春さんも非常に愛らしかったです! お部屋にお持ち帰りして一週間は愛でていたかったほどです!」
ノエルはこの時かなり本気で恍惚としていた。
千春は自縛のせいで徐々にHPが減っていて焦っていてノエルに気付いていなかったのだが。
だから今のノエルの発言も冗談の一種だと思っている千春だった。
一瞬、背筋が震えたのだが、それに対しても不思議そうに小首を傾げるだけで終わった。
ちなみに、どうでもいい余談ではあるのだが。
ルシの『大変だった』はノエルの変態っぷりに対しての感想でもある。
そしてこの後、四人はグリフォンを発見。
奮戦するも当然の結果として全員仲良くリスポーンする事になった。




