12話
今までは鉱石の数にも資金にも不安があった。
資金だけで言えば今でも不安なままではあるが。
それでも現在、最前線で発見されたミスリル鉱石の眠るダンジョンでの採掘により鉱石不足の不安からは解消されている。
ログインしている間、千春はひたすらに、ひたむきに鍛冶作業にだけ没頭するため消費量も多いのだが、とりあえず数日は鉱石不足の心配はしなくてもよさそうだった。
「ふう……」
今の作業がひと段落して、千春は工房の隅にまとめて置かれた木箱に目を向ける。
そこには今回の採掘で採ってきた鉱石が山と積まれている。
その中の大部分は鉄鉱石や青銅、少し貴重なもので黒鋼といった鉱石が占めているが、それらは言うほど希少な鉱石ではない。
黒鋼でも多少値は張るがプレイヤーの店だけでなくNPCの店でも普通に売り出されている。
ただミスリルは別だ。
今回、攻略組がフィールドの探索範囲を広げた事で初めて発見された、それでもプレイヤーの間では超が付くほど有名な金属。
プレイヤーの誰もが今はミスリル製の武器防具を求めている。
クエストボードに出されるプレイヤーからの依頼の八割が現在は『ミスリル製の武具を求む』というものばかりだ。
それでもミスリル製の武具を所有するプレイヤーは少ない。
需要に対して供給が完全に追いついていない状態。
というのもミスリル鉱石が採掘できるダンジョン、最前線というだけあってモンスターの質が今までと段違いと言える凶悪さだからだ。
特に装備耐久値、効果を減少させる『ギ酸』を使用してくるソルジャーアント。
このソルジャーアントにダンジョン攻略途中で装備を破壊されて丸腰、無防備な所を襲われて死ぬプレイヤーが後を絶たない程度には凶悪だった。
そのせいもあってミスリル鉱石採掘の依頼料は馬鹿高く、それもミスリル高騰に拍車をかけていた。
「うぅ、せっかく採ってきたのに貴重過ぎて使えない……」
その希少な金属であるミスリル鉱石が千春の手元にはある。
すでに鉱石の状態から精錬してインゴットの状態にしてあるものが。
後は武器なり防具なりに加工するだけ。
「使ってみたくはあるんだけどなあ……」
千春は希少そうな回復薬はラスボス、隠しボス相手でも使えないタイプの人間だ。
こうして今日もミスリルインゴットは使われる事なく部屋の隅の木箱の中で埃をかぶり続ける。
▼ ▼ ▼
数日後。
「……鉱石が尽きた」
今回、鉱石を自分で大量に確保した事で千春は鋳つぶすのをやめた。
出来のいいものは工房の壁に飾り、普通もしくは劣るものは適当に樽に突っ込んでいる。
おかげで一週間と待たずに鉱石は底をついた。
木箱には十五本のミスリルインゴットだけが残されている。
「また採りに行かないとダメかな……」
戦闘に苦手意識のある千春は町から出るのを渋る。
ステータスを開いて、そこでクエストを確認する。
最近追加された新機能である。
わざわざラグアの噴水広場に戻ってクエスト情報を確認しなくてもよくなったのだ。
「まだミスリル採掘依頼は高いなあ……」
鍛冶を伸ばしているプレイヤーは、基本的に戦闘を得意としない。
戦えないわけではないが、やはり戦闘することを前提にステ振りしているプレイヤーには一歩劣る。
だから採掘するには鍛冶職だけでは困難なので他の戦闘職プレイヤーへ依頼する形になるのだが、そのための依頼料は危険度により上下するのは当然の話だろう。
「それに依頼、全然請けてもらえてないみたい」
適当に詳細を確認した依頼情報。
その日付は五日前のもの。
今、千春が同じような依頼を出したとして請けてもらえるとは思えない。
「それに報酬を支払うためのお金もないし」
そう、問題は依頼料だ。
今も最前線であるミスリル鉱石採掘ダンジョン。
危険度は安定の最高ランクである。
「仕方ない。採りに行こうかな」
金欠職人プレイヤーである千春には、自ら動くしか道はないのである。
▼ ▼ ▼
久しぶりのミスリル鉱石採掘ダンジョン。
以前よりもプレイヤーは増えていた。
ミスリル鉱石の供給不足により価格が高騰している今、鉱石の状態でも売ればかなりの金額を出してでも買取る鍛冶職人は多い。
千春としてもお金があるなら多少高くついても購入を即決するほどである。
彼女の場合は戦闘を極力避けたいだだけなのだけれど。
「よし! 大丈夫! 頑張れ、わたし!」
前回と似たような掛け声で自身を鼓舞してダンジョンへと向かう。
変わらず今回もソロ。
しかし前回と違い今回はしっかりと気配遮断を使っている。
しかも【気配遮断・Ⅳ】にスキルレベルが上がっているため誰も千春を見ない。
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平和で安全な道のりだった。
それも当然の話。
ダンジョン内はプレイヤーで溢れんばかりの人口密度だった。
必然、モンスターはポップする先から狩られている。
千春が手を出すまでもない。
人口密度の安全と引き換えに、採掘ポイントにも手を出せない状態なのだが。
自然、千春の足は採掘ポイントを求めてダンジョンの奥へ奥へと向かう。
「あ」
入った部屋では戦闘が行われていた。
プレイヤー三人パーティに対するのは七匹のソルジャーアント。
正確には七匹のソルジャーアントだったようだ。
戦闘はすでに終わっていた。
ギ酸にやられたようで黒鋼製の装備が所々焼けてしまっている。
気配遮断・Ⅳの状態の千春に気付いた様子はない。
「疲れた……」
大きな盾を持ったプレイヤーが地面にドカッと腰を下ろす。
手放された盾を見れば、ギ酸に焼かれただけでなく、歪んで凹んでいるのが確認できる。
「装備の状態はどうですか?」
「メイン武装は全滅。サブも効果半減。帰れるのかな、私たち?」
千春の目には装備の状態が数値化されて見えている。
サブらしい武装の数々は確かに効果にマイナス補正が付いていた。
耐久値も危険域に入っている。
後一度の戦闘にも耐えられないだろうと予想できる。
千春のように気付かれないように忍び寄り、一撃必殺できるのであれば、その限りではないのだけれど。
(うーん、どうしよう)
千春であれば直せる。
設備のないこの場では完全に元通りとまではできずとも、マイナス効果を減少させ、耐久値を少し回復させる事くらいは可能だった。
もちろん工房で『鍛冶セット初級』を使っての【修理】効果以下の回復量だけれど、何もしないよりは遥かにましな状態にはなるだろう。
ちなみに付け加えれば、千春は他人全てが苦手なのではない。
得意でもないけれど。
基本的に苦手なのは異性であって同性であればコミュニケーションを取るのに問題はない。
幸いな事に三人は全員女性プレイヤーだった。
中の人が女性とも限らないけれど。
若干一名ほど本当に女性プレイヤーか疑わしい姿もあるけれど。
(よし!)
決意して、おそるおそる千春は三人に接近する。
「あ、あの!」
「「「…………え?」」」
唐突に聞こえてきた声に振り返り呆然と固まる三人。
彼女たちにとって千春は誰もいない所から唐突に現れたように見えた。
それこそ幽霊か何かのようにだ。
「よかったらですけど、あの、武器、わたしが【修理】しましょうか? あ、でも【簡易修理】なので町に戻ったらちゃんと【修理】してもらった方がいいですけど」
まくしたてるように言って、それから彼女たちの様子を窺い見る。
呆気に取られて固まっていた三人は互いの顔を見合わせる。
それから、
「じゃあお願いできますか? 正直、もう死に戻るしかしかないと思っていた所なので助かります」
リーダーらしい知的な眼鏡の魔法使い風な女性が笑顔で言った。
それに盾職の女性と戦士の女性も続く。
「お願いしまーす!」
「よろしくな!」
若干どころじゃなく盾職の女性の口調が漢らしい感じだった。
けれど筋骨隆々な重戦士風の姿には似合ってもいた。
「はい! 任せてください!」
受け入れてもらえて嬉しかった千春も笑顔で差し出された武器(魔法杖)を受け取る。
これが千春の『エンドワールド』初めての交流だった。




