Track.05-2
正午を過ぎ、日がやや西に傾くと人の往来はゆったりとしていく。受付の前も来場がまばらになり、時折退場者が混じる。学園祭の主目的が食事になれば当然のことだが、だからこそ留まってもらうために華のあるプログラムを組んでいるともいえる。
腕時計をちらりと見る。
(ソレシンのステージまであと1時間……)
受付で退場者にアンケートを勧めながら、思いを馳せていると遠くから歩道をいっぱいにするような集団が歩いてくるのがわかる。どれだけなら何の変哲もない光景だが、ビビットなカラーのキャップや空色のTシャツに思い当たる節がある。もしやという思いは確信に変わり、思わず頬が緩んでしまう。
「お前、いつもいるよな」略して「おまいつ」ことライブの常連、コアなファングループの面々。全員と話したことがあるわけではないが、会場で見るその後ろ姿にライブの盛り上がりを保証する頼もしさを感じていた。その彼らがこうして来てくれていることに主催の一員として安堵を覚える。
「パンフレットをお配りしてます」
あくまで平静を装い受付業務に務め、配布と誘導を行うが目が合えば声をかけられる。
「何してるの⁉」
「今日はスタッフなんですよ。お手柔らかにお願いします」
会釈をして送り出すが学生であることやその他プライベートをオープンにしていることに気恥ずかしさを覚えるし、今日のステージが自身の発案であると思われたらどうしようと不安もよぎるが、それらのことは後で考えればよい。いまはただ、ステージ前に来場者を送り出すことに専念するだけだ。
プログラムは順調に進む。刻一刻と迫る時。司会の2人が次のプログラム、彼女たちの簡単な紹介を読み上げる。ステージ上に集まる来場者の視線。注目を浴びる2人は軽快な掛け合いで注意事項を提示したかと思えば、
「お兄さんたち、よろしくお願いします」
とステージ前のファンの一団に声をかける。
「ありがとうございます!後ろのみなさんもよろしくお願いします」
好意的なリアクションがあったのか、弾んだ声で後方にも目配せするとその言葉を口にする。
「それではソレイユ・シンフォニーのステージ、スタートです」
司会がはけるとMC用のBGMがフェードアウトする。わずかな間から響いてくる低く響くシンセサイザー。16節の単音から開幕を告げるように音が重なると、客席前方のファンが手拍子を打つ。スカイブルーのスカートをなびかせながらメンバーがステージ袖からゆっくりと姿を現す。
まずはふたり。黒髪をシニヨンでまとめているうたこ、大きなリボンで結ったぽーにーテールを揺らすさなは、ステージ中央に立つと頬の横で手を開いて満面の笑顔を見せる。ふたりがステージの左右にわかれるとステージ後方からあかりが歩み出る。先ほどのはじける笑顔とは違う柔和な笑みをたたえるあかり。流れるロングストレートと白い肌の対比、遠くを見据えたぶれない眼差しは完成されたアイドル像として観る者の目を奪う。その隣を彼女は歩む。揺らがないあかりの横でウェーブの入ったハーフアップのロングヘアが音を立てる。誰よりも長い足で一歩を踏み出せばパンプスの踵が規則正しさを刻む。メンバー随一の高身長は誰よりも高いところから客席を見渡しながら細い指を胸元で広げ、旧友と再会したように小さく手をふる彼女、るるなはあかりに並んでステージ中央に立つとスカートの裾をつまんで軽く目を伏せる。
4人がステージに揃うとBGMにのっていたファンの手拍子がアンセムの様な歓声へと切り替わる。
Wow Wow Wow……
地を鳴らすような歓声を浴びながら、ワルツを踊るようにスカートを翻しながら立ち位置を変えていく4人。イントロダクションも終盤に差し掛かり、4人は中央で円陣を組むと、エールを交換する様に右手を重ねてから1曲目の立ち位置へと散っていく。ちらりと客席を見て目を伏せたるるなは、遠巻きながらほほ笑んでいるように見えた。
4人が立ち位置につくと静寂が訪れる。1曲目への期待が高鳴る中、告げられる1音目に思わず声が漏れる。
「やっぱりご挨拶はそれだよね。かましたれ」
鳴り響くファンファーレ。空に虹を描くような振りから始まる彼女たちの代表曲からステージは幕を開ける。
音楽は人を引き付ける力がある。
特に屋外は遮るものはなく、打ち鳴らした音がどこまでも飛んでいく。ゆえにトラブルにつながることもあるが、どんな形であれ耳目を集めることができるのが音楽の力だ。耳に届いた前奏の高い音色に来場者は足を止め、音のする方向に目を向ける。
「メインステージでライブをしています。ぜひご覧ください」
すかさず案内する。声のトーンは音楽を遮らない程度に控え目に、かといってかき消されないように。
「アイドルですって。どんなのかしら?」
とご婦人がパンフレットをハンドバックにしまいながら、連れ立ってステージの方に歩いていく。好奇心に誘われた人の流れができあがっていくと、誘導の仕事はあわただしくなっていく。
ステージのある広場では、広場後方に人が滞留しないように前方への案内、出入り口となる通路の確保を3人がかりで行っている。厄介なのが広場の外で足を止めてしまう来場者だ。なまじ広くない広場のため、外側からでもステージは見えてしまい、通りがかりに少し見てみよう思わされる。しかしそれを許してしまえば通路を塞ぐこととなり、看過することはできないため「立ち止まらないでください」と胸にプラカードをぶら下げて、移動を促す。その間にも「撮影禁止」のプラカードをアピールしてはエージェントより言い含められている規制事項の周知を行う。撮影行為は足を止める一番の要因でもあるため、これを禁止することで滞留させないというのは理に適っているのだろう。
来場者が集まり、出入り口の往来が激しくなってくる中、ステージに向けた背中を割れんばかりの声が打つ。
うたこ!うたこ!
ステージ前のファンが一団となってメンバーうたこの名を叫ぶ。うたこのソロパートをコールと呼ばれるファンのパフォーマンスで盛り上げる。その声量と手にしたペンライトの乱れぬ動きに初めて見るであろう観客たちが呆然と見ている。ともすればステージよりそのファンたちが注目されてしまいそうな動きだが、不思議とそのパワーバランスが崩れないのがアイドルの持つカリスマ性なのだろう。
ソロパートが終わりコールは止むが、ファンのパフォーマンスは止まらない。ステージのメンバーが高々と右手を上げる
-星の瞬き この手で掴むように
サビの歌詞を想起させるように頭上で右手を往復させるメンバー。鏡合わせにステージ下でも高く掲げられたペンライトの青い輝きが左右に振られる。
ソレイユシンフォニーの代表曲Hoshizoraの見せ場とも言っていい。ステージとファンが織り成すこのシーンが好きだ。
曲も2番に入るとすでに広場に入っている人たちは曲調に乗って手を叩く、その後ろで増々観覧者が集まってくる。
「奥へお願いします」
入退場口からさらにステージ前へ進むようにスタッフは促す。広場後方から中央にかけてやや混雑しているが、中央から前方にかけてはまだ余裕がある。観覧の邪魔にならないように声をかけていかなければいけないが、その声をかき消すように曲は盛り上がりを見せていく。
2番から落ちサビへの間奏、メンバー1の長身るるながステージ中央、前方ギリギリに立つとほかのメンバーはすっと一歩引く。
-みんなで一緒にるるなコール!
一人の発声を起点にファンによるここ一番の大合唱。
-るるな!るるな!
(ああ、くそ。俺もるるなコールしたい)
入場口近辺での誘導をしながら心の中で歯噛みしながら、ステージに目をやる。
ステージ上、誰よりも高い所で歓声を一身に浴びながら歌うるるな。広場を横切らせるように視線をむけて微笑む彼女はどこまで見えているのだろうか。
そんなるるなコールから一転、メロディが鳴りを潜める。
-瞼閉じれば浮かび上がる あの日の星の瞬きを
-あなたの瞳もまだそうであるように
アカペラの様にあかりの独唱、バトンを継ぐようにるるなにパートが渡される。
-願い祈って 震える小指を ひとり結んでみる
るるなが胸に当てた右手の小指を小さく曲げる。それにあわせて自分も小指を曲げる。歌詞のような約束などないし、指を結んだところで何かが伝わるわけでもない。それでも、歌詞への理解、歌うるるなの気持ちに近づけるのではないか?そう思うと、それをしないという選択肢はそこにない。虚空にそっと指を絡めて、ステージの儚げな姿に思いを馳せる。
-星の瞬き この手で掴むように
不安を振り払うようにメンバー全員の手が上がる。1番のサビと同じ振り付けでも、落ちサビの後では少し意味が違って見える。無邪気に夜空の星を集めようとする手の振りも、手からこぼれてしまった瞬きをもう一度かき集めるような執着の様に感じる。
ソレイユシンフォニーのメンバーは決して華やかではない。テレビの歌番組やバラエティに出るようなメジャーアイドルに比べビジュアル面で劣るとは思わないが、快活・溌剌よりは影のある美人という表現が似合う。線も細くかとすれば容易く折れてしまいそうだが、だからこそ代表曲であるHoshizoraを歌うことができるのだと思う。
メジャーアイドルの歌う明るい曲に興味が持てなかった。前向きな歌詞、ビジュアルに恵まれ、成功が約束されている勝ち組のオーラを纏う存在。もちろんそこに至る影ながらの努力があることも理解はしている。それでもいわゆる陰キャの自分とは明らかに違う生き方をしてきた彼女たちに共感を抱くことは難しかった。それに圧倒的支持を受けるマジョリティであることは、少数派であるマイノリティが関わらなくてもそこにあり続ける土台があるということであり、それがますます足を遠のかせた。
しかしソレイユシンフォニーはそうではない。メジャーアイドルの様に恋愛を歌いながらも、細い可能性を常にたぐりよせる歌詞にひかれた。派手さよりも華やかさを湛えた、静かなメロディも心地よくずっと聴いていられる。不安定さを歌うメンバーの細さに、初めて見たときは不安も感じるが、この楽曲を歌えるのは彼女たちしかいない、だからこそ紡ぎ支えていきたいと手を差し伸べ、握った手を離したくなくなってしまった。今日、前方に集まるファンも、いや、すべからく地下アイドルのファンはそのような吊り橋効果の影響を受けていると考えている。そして彼女たちのステージに集うものは皆、その時間と体験をつくる協同製作者である、そう考えている。
アウトロが余韻を残すようにフェードアウトする中、寂しそうに眼を反らすポーズで1曲目Hoshizoraが締めくくられると、おもちゃのピアノの様な鉄琴が弾んだ音を奏でる。リズムにのってゆったりと体を揺らす彼女たち。次第に他の楽器の音色が重なると、それににあわせるようにスキップする様に跳ねたり、扇のように広げた手を胸の前で交互に重ねる。無邪気なこどものような振りつけで始まる2曲目「いえなくて」。学校の帰りだろうか。気になる相手と同じ道を歩いていくが、途中の分かれ道に差し掛かり遠回りだけどついていきたい、でも自分の気持ちがばれてしまう。そんな葛藤を歌っている。
「いえなくて」の特徴は歌詞の甘酸っぱさはもちろん、万人受けするリズムだ。曲にあわせてステージ前のファンたちが手拍子を打つ。その早すぎず遅すぎずのテンポが小気味いいのか周りの観客にも波及し、だんだんと手拍子の音は大きくなっていく。それが揃ってきたところで先導する手拍子はパン、パパンと転調するが、盆踊りでおなじみのリズムから、サビに向かって囃し立てるような早いリズムへと手拍子の音が小さくなることなく鳴り響く。
-振り向いてみたいけど 君はまだそこにいるかな 今日も振り返れない
ステージ上では二人のメンバーが前に立つと、他のメンバーがその影に隠れる。前で歌うメンバーの肩から顔を覗かせ髪を揺らし、祈るように指を組む後列メンバーの仕草が愛らしい。ステージ前ではファンたちが同じように前列後列に並び、同じタイミングで顔を覗かせる。広い肩が左右に揺れる姿は滑稽でありながらも、乱れぬ集団運動は見る者を驚嘆させる。
体が疼き、肩を軽く回す。
(あそこにいたい、自分もあの空間を作りたい)
その思いを必死に抑え込む。ファンとしての欲求、運営側としての自制のせめぎあい。そして、誰でも参加できる、協同製作者になれるというエンターテインメントの信奉者としての姿を示したかった。誰かファーストジャンパーになれば、それは広がる。それを期待したかった。




