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Track.04

 -はじめまして!お名前教えて♪

 彼女は僕の目を見つめながら、そう言った。


 夏休みが明けて9月上旬。パンフレット作製は佳境に差し掛かっていた。

 学園祭は11月の第1土曜日。そこで配布されるわけだが、学内での事前配布やあっては欲しくない誤植の確認・修正のためにはその2週間前には納品されることが望ましい。その上で刷り上がりまでに2週間以上。9月末には校了・入稿を完了しなければならないが、校了までには最低3回は入稿イメージをチェックする。1回のやり取りに3日。土日は非営業日であるため、カウントしない。おまけに9月は祝日もあり、時間との戦いとなってくる。


「テニス部、サークルカット提出しました」

 パソコンの前の1年生が告げると、おぉと歓声交じりの溜息が実行委員会室に溢れる。

「提出締切当日に揃うとは、まぁ上出来だな」

 と感想が漏れる。例年締切を1日2日過ぎるのだが、それに比べれば良い結果と言えるだろう。

 共有フォルダに保存されたサークルカットを確認する。今年の出展団体は30弱。それらの出展内容を紹介するのがパンフレットに載るサークルカットの役割だ。

「今年も多種多様ですね」

 1年生が同じようにフォルダをスクロールしながらぼやく。

 広報課としては基本的にデータでの提出を依頼している。であればword、powerpoint、pdfと形式は問わない。大事なのは文字を認識できること、誤植のないこと。そのため文字をコピペできる形式ということを重視している。しかしそのフォーマットから外れてくる団体も少なからず存在するが、それをむやみやたらに突き返すということもない。なぜならそこにはそれなりの理由があるからだ。

「それにしても意外ですね。もっとAIイラストがあるかと思いましたが」

 1年生がカットを見ながらつぶやく。

「AIは時短だし、上手に、細かく描写してくれるがなんとなく似たり寄ったりで目立たないのはみんなわかってるのさ」

 出展内容には正方形のフレームに収まるようにイラストや写真が掲載されている。パブリックなイラストを引用したもの、去年の学園祭の写真から選んだものなどそれぞれに自分たちの個性を見せようとしている。その中でもやはり目を引くのは手書きのイラストだ。フレームの中にこれでもかというくらいに描きこんだものもあれば、クレヨンでかいたのかと思わせるような粗い線と単純なデザインのものもある。上手い下手とは別のベクトルでそれらは目を引く力を持つ。それらを表現するのが手書きだが、そのためにデジタルという決まり事からはみ出すアウトロー。要領のいい学生は手書きのカットを写メやスキャンして送ってくるが、情熱先行型の学生は手書きのカットに紹介文を走り書きして提出してくる。走り書きゆえに誤植の元となる悪例だが、突き返せないのもまた事実だった。

「それにしても軽音部のカットを見たときは笑いましたけどね」

「あのSNSのQRコードな。俺も去年見たとき引いたわ」

 軽音部の出展内容は音楽室でのライブとなるが、サークルカット提出段階ではタイムテーブルも出演バンドも決まっていないらしい。そのため決まった時に告知する、というスタンスで部活のSNSを紹介している。パンフレットに掲載するには異質だが、通年で活動するサークルならではのやり方だろう。

「なんにせよ、出展団体の分はこれで揃ったわけだ」

 マーカーを手にホワイトボードにチェックを入れる。

 パンフレットに掲載予定の項目が仮目次として並べられている。

 ✔表紙、✔目次、✔学長挨拶、✔実行委員長挨拶、✔学外ゲスト、✔タイムテーブル、✔出展団体、□出展配置、✔学内MAP(裏表紙)

 ✔のついた項目はすでに回収済みで印刷所に送るのを待つばかりだ。そして✔のないものが未回収のページとなる。

「出展配置まだなのか?」

「えぇ、運営管理からまだ出てきません」

 と怒気とため息交じりの返答。

「あいつら、なにやってんだ」

 僕も頭に血が上りそうになる瞬間、実行委員会室の扉が開く。

「おつかれ。なんだよ、怖い顔して」

 同期の運営管理課Y田が入ってくると僕らは彼に怒りをぶつける。

「なぁ、出展配置だけ入稿されてないんですが?」

 座ったまま、下から睨みつける視線にたじろぐY田。

「そんな怖い顔するなよ。あと少し、あと少しでだせるからさ」

「そう言って去年も遅くなったよな」

 あはは、と乾いた笑いが木霊する。

「実際、何にひっかかってるんだよ。団体を割り振るだけだろう」

「そっちはもう終わってるんだがな」


「じゃあ、何に手間取ってるんですか?」

 1年生が尋ねる。

「今回、ソレシン呼ぶじゃん。ステージ終わった後に特典会ってやつをやるって企画課からは通達されてるんだけど……規模感がわからなくて」

 Y田の悩みに、なるほどと納得する。

 特典会。グリーティングといった方がイメージしやすいのだろうか、アイドルのライブの後の交流の時間。チェキと呼ばれるインスタントフォトを撮ってサインと簡単な交流をする。経済学科の連中からすると「原価いくら?」とバカにされそうな価格設定なのだが、ライブの熱気と興奮の対価としては惜しくないと個人的には感じている。もちろん熱心なファンはライブが観れていなくても「支える」という熱意で払っており、一般的な感覚を超越したものを感じてしまう。

「たしかに。ソレシンのファンをコアに数えて、一般のお客さんがどれくらい流れるかですよね。何人くらいですかね」

 と1年生も悩みに共感する。ステージから離れたところに大教室があるので、そこを使うのも一手だが、ステージから離れることで誘導の難しさや一般のお客を取られるのも釈然としないというのが、出展する学生の思いだろう。ソレシンの後もステージ企画が続くことを考えれば、実行委員は俯瞰して学園際にかかわる学生を納得させる案と出さなければならない。慎重になるのも当然と言えた。

「ソレシンのファンか……」

 話を聞きながら定期公演の風景を思い返す。定期公演では毎回100人程度が集まっている。顔ぶれはほぼ固定。その中でも皆勤賞に近い参加率を誇るコアメンバー30人の顔と名前が頭の中を流れていく。

(当日は休日。屋外、無料ライブ……動員をかけるには悪くない条件……)

 持っている情報を呟く。あとはテレビの効果で定期公演に普段来ない客層がどれくらい流れるかだが……おそらく……

「食堂を使えば収まるよ。ステージの時間は昼食のピークを終えた頃だから余裕を持ったレイアウトにできるはずだし」

 Y田と1年がきょとんとした顔でこちらを見る。

「なんだよ、その顔」

「いや、どういう根拠かな?と思って」

「前にモールでのステージを見たことがあるんだよ。通りがかりに」

 と状況を置き換えて、定期公演の動員や特典会のやり方を説明する。

「なるほど、モールでその規模なら食堂でもできそうだな。それで配置する方向でまとめてみるよ」

 なるはやで頼む。の言葉にY田はスマホを叩きながら委員会室を出る。おそらくグループチャットで意見をまとめにかかっているのだろう。

「これで目途が立ちそうですね」

 1年生の言葉を、あぁと肯定しながらホワイトボードを再び眺める。入稿まであと一歩。Y田から出展配置が提出されたのは、その日の22時のことだった。


 学園祭より1か月を切る頃

 実行委員会室に荷物が届いた。A4サイズのタブレットの箱を、2つ重ねたくらいの厚みが茶色い包装紙に包まれている。糊付けされた端に指をかけ丁寧に包みを開いていくと見えてくる淡いイエロー。そこに書かれた第xx回紅葉祭という文字。パンフレットに先んじてフライヤーが納品されると、広報課としてはひとつやり切った実感がわいてくる。

「予定通り、ですかね」

「なんとかな」

 と軽く相槌を打ちながら1枚ホワイトボードに貼りつける。カラーコードを指定しながらアプリでレイアウトしてきたが、実際に印刷したものとモニター上でイメージしてきたものに相違があることはよくあることだが、狙った通りの刷り上がりで概ね満足のいく仕上がりだ。

「こっちはどうですかね」

 1年生が机に平置きされた段ボールをポンポンと叩く。縦100cm横60cmはあろうかという大きめの箱。その割には厚みはなくタブレットの箱でいえば1つ分程度のそれを開封する。箱を開ければ汚損防止のための型紙が被せられており、それをめくればフライヤーと同じ色が見えてくる。

「やっぱり大きいですね」

 1年生が箱の中からB2サイズのポスターを1枚取り上げると、フライヤーの横に並べる。フライヤーと同じ背景色、紅葉祭のフォントも同じ位置に掲げているが、B2のサイズを活かしてフライヤーよりも情報量を多くしている。そのひとつと視線が交わり、それが届いた時のことを思い出す。


 実行委員会室でいつも通りメールチェックをしていると1通のメールが届く。発信者は企画課からだが、Fw:の符号に転送がかけられたものであることを察する。

「もしかして……」

 期待を胸にメールを開くと、広報用の素材を送ります。とシンプルな一文に圧縮ファイルが添付されている。マウスを操作してダウンロード、展開するといくつかの画像ファイル。ひとつを選択してダブルクリックすると、画面中央に表示されるソレイユ・シンフォニーのタイポグラフィ。公式SNSやポイントカードで使われているものにアクセスしているという実感に感嘆の息が漏れる。続けて右クリックでプロパティを呼び出す。

「なるほど、このサイズか……」

 ファイルのピクセル数はそれなりに大きい。SNS上のものを保存したこともあるが、その方法で得られるものはかなり圧縮されており印刷に向かなかったことを思えば、正規のルートで入手できる素材の良さに圧倒される。ピクセルサイズの下に表示される300dpiという値。これは印刷の精細度に影響する重要な数値で、印刷所からも200dpi以上での入稿を強く言われている。

「やっぱりプロの素材は、このあたり押さえてるよな」

 別のファイルを開くとモニターいっぱいに広がる4人のバストアップ写真。SNSのヘッダーやフライヤーに使われている写真がそのまま送られてきていた。関係者以外が触れることのない素材の上でカーソルが小刻みに震える。動悸を落ち着かせようと、マウスから手を離し目を閉じてゆっくりと深呼吸して、再び素材を見る。

「拡張子は……背景は透過ではない……」

 素材の設定次第でポスターへの配置場所が変わってくる。そのため設定を確認してから、ポスターを作成していたアプリを起動し、素材を挿入する。ポスターの上に表示された長方形の素材を拡大し、ポスターの左右の辺と端を重ねる。

「さすがに、大胆すぎるな」

 画面の半分を埋めるアイドルの写真が占めると、学園祭のポスターもワンマンライブの様相を呈してしまい苦笑する。だが思考はそこで踏みとどまることを許してはくれない。メニューをクリックしポスターのデータをコピーすると、学園祭のタイトルにカーソルを合わせる。

「写真をここに置いたらタイトルをここに配置して……フォントも丸系の……」

 ある程度配置するとブラウザを起動し、著名なアイドルグループとワンマンライブのキーワードで検索。表示された画像群と自作のポスターを並べ見比べる。

「このフォント、かわいくていいな。似ているフォントは……縦横比変形してる?一度レレイヤーで画像化するか?……そうだ、透過処理しよう……」

 画像処理用のアプリを起動し背景選択をしたところで我に返る。

「これ始めると終わらないんだよな……」

 気が付けば一時間は経過しようとしていた。与えられた素材の良さに意欲をかき立てられるが、いったんそれを抑え込み本来の作業に戻る。

 用意してきたポスターのデータに写真を挿入、拡大縮小をかけながらおさまりのいい位置を探す。あくまで彼女たちは学園祭のゲスト。主役にならないように、されど目を引くようにレイアウトする。用意してきた文字情報を動かし、素材に被らないようにする。背景の余白を切り取りたい衝動に駆られるがあくまで素材を借りている立場であり、加工は許されない。その制約の中で作成していく難しさがあるが、そこから納得できるものを作り上げたときの喜びもまたある。

「写真の下に角丸フレームを置いて……いや、それならさっきの配置の方が……」

 マウスを動かしては「Ctrl+z」(元に戻す)、保存とコピーを納得のいくまで繰り返した。


「我ながらいい線いってると思うよ」

 ホワイトボードに貼られたポスターを自画自賛する。ソレシンの写真は全体の四分の一ほど。決して大きいとは言えない。それでも見る人に届くような位置に置けたとは思う。

「さて、これで道具は揃ったわけだ」

 と一呼吸入れる。

「配布先と掲出先のリストできてたよな」

「はい、今年用に更新してあります」

「それじゃあ、グループチャットでメンバーに連絡。郵送と直接持ち込みと手分けしてくれ。俺は学生課に掲出許可印もらってくる」

 とポスターとフライヤーを数枚手にして実行委員会室を出る。広報課の仕事は広報出会ってデザイナーではない。ポスターもフライヤーも人を呼ぶための道具であり、それを使うのが広報課の役割だ。学内への掲示、最寄り駅や商店街への掲示、近隣住宅へのポスティングと手にした道具を使い切るところまでが広報の仕事だ。

「この一週間は忙しくなりそうだ」

 そう思いながらも自身のデザインした、推しの掲載されたポスターが各所に掲出されることを思うと足取りは軽かった。

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