第8話:大国を動かす新勇者の傲慢と、絶対強者のディナー
新勇者レナードとの通信が切れた数日後、帝国の周辺国家、そして聖騎士団を擁する『神聖法皇国』の最高幹部会は、未曾有の混乱に陥っていた。
「おい、本当なのか……! 帝国の最精鋭である黒鉄騎士団が、たった一人の男に、それも指一つで全滅させられたというのは!」
「ああ、間違いない。男の名はディアス。数ヶ月前まで帝国にいた、あの『無能』と噂されていた元・宮廷魔術師だ」
法皇国の高位聖職者たちが、青ざめた顔で報告書を震わせている。
しかし、その中央に集まった各国の代表たちの前に、レナードが尊大な態度で土足のまま踏み込んできた。
「ハッ、おいおい、ジジイども。何をそんなにビビってやがる」
「レ、レナード殿! しかし、相手は黒鉄騎士団を一瞬で塵にした怪物だぞ!」
「だから言ったろ、あれは卑怯な不意打ちの罠だ」
レナードは腰の聖剣を誇示するように叩き、鼻で笑った。
「奴はただの引きこもりの魔術師だ。近接戦闘に持ち込めば、SSSランクの俺の剣技の敵じゃねえ。それに、今回はお前たちの法皇国の『対魔結界』と、連合軍の精鋭【10万大軍勢】を動かすんだろ? 10万の軍勢の前に、たった一人の魔術師が何ができるってんだよ!」
無能な新勇者は、各国のトップをも巻き込み、主人公を倒した手柄を独占しようと必死に周囲を煽り立てる。
「よし、全軍に通達しろ! 数日後、あのディアスの屋敷を包囲し、文字通り地図から消し去る! エルフレデも、10億ゴルドも、すべて俺たちのものだ!」
無能たちの欲望にまみれた怒号が、大聖堂に響き渡った。
◇
その頃、世界の中心で大軍勢が動き出していることなど、俺の邸宅の日常には微塵の影響も与えていなかった。
「ディアス様、今夜は新鮮な霊魔獣のフィレ肉が手に入りましたので、レアステーキにしてみました。お口に合うと良いのですが……」
リビングの食卓には、世界最高峰の宮廷料理を遥かに凌駕する、贅沢極まりないディナーが並んでいた。
エプロン姿のエルフレデが、頬を少し赤らめながら、甲斐甲斐しく俺のワイングラスを満たしてくる。
かつて戦場で、乾いたパンをかじりながら互いの命を奪い合っていたあの「宿敵」が、今では俺に少しでも褒められたくて、熱い視線を送ってくるチョロインに成り下がっている。
「悪くない。エルフレデ、お前は本当に料理の才能だけはあるな」
「も、もう! 『だけ』は余計です! ……でも、ディアス様が美味しいと言ってくれるなら、明日ももっと頑張ります」
嬉しそうに胸元をなでおろす彼女の聖痕は、以前よりも強く、気高く輝いている。
「ディアス様、帝国が何やら下らない大軍を動かしているようですが……」
「放っておけ。10万だろうが20万だろうが、俺の前に並ぶ数字が増えるだけだ。お前はただ、明日の朝食の準備だけを考えていればいい」
「はい、ディアス様。すべては、あなたの御心のままに」
エルフレデは極上の笑みを浮かべ、俺の足元に静かに傅いた。
破滅の足音が近づく帝国と、あまりにも優雅で圧倒的な俺たちのディナータイム。
格差は、もう修正不可能なところまで開いていた。
(第9話へ続く)




