第76話:リオの流儀と、ただの育成シナリオテスト
完全に俺たちのプライベートリゾートと化したリオデジャネイロ。その一角にある寂れたグラウンドで、俺は地元の子供たちにサッカーを教えていた。魔導を一切使わず、ただボールを蹴る。それだけで、俺の足元から放たれる完璧な弾道は、子供たちの目を輝かせるには十分すぎた。
「主様、さすがです。何気ないワンステップに見えて、その身のこなしは世界の重心そのものを掌握しています。これでは、地元の少年たちだけでなく、遠巻きにこちらを凝視しているあの怪しい男まで、主様の才能の虜になってしまうのも無理はありませんぅぅ……あ、いえ、取り乱しました」
ルナはいつもの大騒ぎを綺麗に抑え、マネージャーのように冷たい麦茶を差し出しながら、グラウンドの脇に立つ長身の男を視線で示した。
高級なスーツをラフに着こなし、鋭い眼光を放つその男。彼こそが、世界の調停機構が俺たちの覇気を測るために送り込んできた、欧州トップクラブの「伝説の有名スカウト」だった。
男が重々しい足取りで俺たちに近づき、漆黒の契約書を掲げる。
『――君の異次元のサッカースキルを見せてもらった。だが、世界の頂点へと続くこの契約書にサインしない限り、君の才能はこのリオの片隅で、無名なまま埋もれて潰える。世界が認める格式高い「プロの壁」の前に、如何なる天才もひれ伏すのだ!』
世界の理が弾き出した、才能を社会的な枠組みで品定めし、支配下に置こうとする術式。
だが、差し出された世界最高峰の契約書を前にして、俺はただ退屈そうにボールを指先で回した。
「有名スカウトの登場ねえ。調停機構とやら、力技が通じないからって、今度は随分と古典的なイベントを引っ張ってきたもんだ。これ、俺が昔、まだ原初の育成ゲームのシナリオフラグを組んでた頃に、主人公の能力値が一定を超えたら自動で発生するように設定してた『ただの育成シナリオテスト(あるいはただのスカウトイベント)』の構造そのまんまじゃねえか。ガワだけ最高峰のプロの壁っぽく見せてるけど、根本にあるのは俺が配置したただの定型文だぞ」
『――警告。データの最深部から、記述者による「全クラブチームの絶対買収」を検知。な、何だと……世界の頂点たる我がスカウト権限が、ただの「テストイベント」の残骸だというのか……!?』
「俺のやらかしたシナリオテストなんだから、どれだけプロの壁とやらで格式を気取られようが、俺が一言『――あ、このスカウトが所属してる世界中の全クラブ、丸ごと買い取っておくわ』とシステムを書き換えてやれば、この瞬間に『俺が一介の選手ではなく、全欧州の全サッカーリーグの絶対至高の最高経営責任者として、世界のスポーツ利権を完全掌握した状態』に書き換えることなんて、朝飯前だろ」
空中の見えない数式をトントンと指先で叩く。
次の瞬間、男が持っていた漆黒の契約書は一瞬で砕け散り、俺に世界の全資産の支配権を固定する美しい金色の総帥紋章へと再構成されていった。調停機構の仕掛けたスカウトイベントは、俺にとってはただの「球団の株を買い占めてやる」ような手間で、一瞬にしてただの快適な俺の私有地へとデグレードさせられた。
「……プロのスカウトを、昔のただの育成テスト扱いして、一瞬で世界のサッカー界そのものを自動固定(出荷)させたのですか?」
ルナが、ツッコミを忘れた虚無の目(しかし瞳は黄金に輝いている)で、いつの間にか伝説のスカウトが俺の前に平伏し、「我がクラブの総帥!」と涙を流して忠誠を誓っている己の前の光景を見上げる。ルナは、1秒前よりも深く俺を崇拝していた。
「おいおい、そんなに焦らなくても、この世界のすべてのリーグは俺の玩具みたいなものさ。調停機構の用意したバグの修正も終わったことだし……」
俺が微笑み、足元のボールを軽く蹴り上げて空間をスワイプすると、ルナの視線が俺の指先に引き寄せられる。グラウンドの奥に、次なるステージへと続く「黄金のキャットウォーク(絶対無双の特等席)」が、極上の芝生の光の粒子を散らしながら自動生成されていく。
「さあ、お前の席はピッチの上だろうといつでも俺のすぐ隣だ。完全に俺の支配下となったこの最高品質なリオのステージで、次はどんな極上の退屈しのぎを見せてくれるのか、特等席からじっくり楽しもうじゃないか」
俺を中心に、完全掌握したリオのグラウンドにして、すでに最高の配置で寄り添う唯一のヒロイン・ルナ。その圧倒的な調和の輝きを纏ったまま、俺たちは世界の規則(調停機構の法)すら完全にプライベートな玩具としたその先へと、優雅にステージを移行させるのだった。




