第75話:未曾有の国土強襲と、ただのオブジェクト重複
空間の接続を直した俺たちの前に、今度は文字通り「概念」ではなく「物理」が牙を剥いた。
突如、地平線の彼方から轟音と共に、広大なアマゾンの熱帯雨林、巨大なキリスト像、そして果てしない海岸線が、猛烈な勢いでこちらの空間へと滑り込んできたのだ。
世界の調停機構が、これまでの戦術を捨てて放った最後の泥縄――『ブラジルそのものを質量兵器として叩きつける国土強襲』。
『――理屈が通じぬならば、文字通り別時空の「国家の全質量」をもって圧殺してやろう! 大地、都市、文化、すべてが汝らの座標を押し潰し、存在ごとこの次元から消滅させるのだ!』
空間が悲鳴を上げ、俺たちが今立っている優雅なリゾートの座標に向けて、異次元のブラジルが津波のように押し寄せてくる。
「主様! @&#$……あ、いえ、取り乱しました。ですが、あちらの世界の『地面』そのものが、私たちのいる地面と完全に重なり合おうとしています! このままだと、二つの世界が同じ座標で激突して、空間そのものが物理的に弾け飛んでしまいます!」
ルナは一瞬いつもの悲鳴を上げそうになりつつも、すぐに凛とした表情で現状を分析し、俺の隣で迎撃の構えを取った。彼女の冷静な視線の先では、二つの異なる大地が火花を散らすように歪み合っている。
眼前に迫る、国家規模の質量。
だが、世界を物理的に圧殺しようとするその圧倒的な光景を前にして、俺はただ肩をすくめた。
「国の質量ごとぶつけてくるねえ。調停機構とやら、必死すぎてついに力技に出たみたいだが……。これ、俺が昔、まだ世界の配置プログラムを組んでテストしてた頃に、別のフォルダにある完成済みの地形データを、うっかり今作ってるステージの座標にそのままコピペして重ねて配置しちまった時の『ただのオブジェクト重複(あるいはただの配置ミス)』の現象そのまんまじゃねえか。ガワだけ未曾有の時空災害っぽく見せてるけど、根本にあるのはただのデータの重複だぞ」
『――警告。データの最深部から、記述者による「不要オブジェクトの自動クリーンアップ」を検知。な、何だと……国家の全質量が、ただの「コピペミス」の残骸だというのか……!?』
「俺が重ねて置いちまっただけのデータなんだから、俺が指先ひとつで『――あ、この重複してる国土データ、ちょっと別の空きスペースに移すわ』と修正してやれば、一瞬で二つの世界を綺麗に調和させて、広大な複合リゾートとして再配置することなんて、朝飯前だろ」
空中にすっと指を触れ、押し寄せるブラジルの大地をドラッグ&ドロップするように軽やかに動かす。
次の瞬間、激突寸前だったブラジルの国土は、俺たちのリゾートの周囲を取り囲むようにして、完璧な配置でピタリと静止した。アマゾンの大自然もキリスト像も、俺たちのプライベートな絶景の一部として、ただの快適な背景へとデグレードさせられた。
「……世界を滅ぼす国土の激突を、ただの配置ミス扱いして、極上の観光地として綺麗に並び替えてしまわれたのですね」
ルナが、感嘆を通り越してどこか楽しげな黄金の瞳で、窓の外に広がるコパカバーナ海岸の美しい景色を見つめ、そっと俺の隣に並ぶ。その佇まいは、世界がどれほど混沌としようとも、常に俺の支配下で守られている。
「言っただろ、この世界のすべての配置は俺のさじ加減ひとつさ。最高の景色も手に入ったことだし、次へ行こうか」
俺が微笑み、空間をスワイプすると、新しく融合した大地の先へと続く、黄金のキャットウォークが優雅に伸びていく。俺たちはその特等席を進み、世界の規則を完全に玩具としたその先へと、再びステージを移行させるのだった。




