第5話:襲来する帝国軍と、テラスの上の絶対強者
無能な新勇者レナードの命により、帝国の先遣隊である『黒鉄騎士団』の精鋭五十騎が、俺の邸宅を包囲したのはその日の午後だった。
「ディアス! 出てきてエルフレデと財宝を差し出せ! さもなくば、この屋敷ごと踏みつぶすぞ!」
重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが、大声を張り上げて門外で武器を構える。
邸宅のテラスからその様子を見下ろす俺の背後で、エルフレデが青ざめた顔で袖を引いてきた。
「ディアス……っ、黒鉄騎士団よ! 帝国のなかでも、物理防御に特化した最精鋭部隊……。いくらあなたの魔術が規格外でも、これだけの数をまともに相手にするのは危険よ。ここは私が前に出て――」
彼女は奴隷の身でありながら、かつての宿敵である俺を必死に庇おうとしていた。
過酷な戦場を生き抜いてきた彼女だからこそ、敵の脅威が正確にわかる。そして、昨日からの「破格の待遇」によって、彼女の心はすでに主人公を放っておけない状態へと書き換わっているのだ。読者が最も喜ぶ、敵の無駄な心配とヒロインのチョロ化描写だ。
俺はコーヒーを一口すすり、冷たく笑った。
「エルフレデ、お前は本当に何も分かっていないな。言ったはずだ。あんなものは、ただの虫ケラだと」
俺はテラスの椅子から立ち上がりすらしない。ただ、空いた左手を軽く前方へかざした。
詠唱?
そんなノイズ、今の読者は求めていない。
必要なのは、一瞬で敵が絶望する【不労所得型の完全無双】だ。
――『重力崩壊』。
「な――」
騎士団長が声をあげようとした瞬間、邸宅の周囲一帯の『重力』が数万倍に跳ね上がった。
ズガガガガガガッ!!!
凄まじい轟音と共に、最精鋭の騎士たち、そして彼らが乗っていた巨馬が一瞬で地面にめり込み、文字通り『圧着』された。
どれだけ強固な鎧を着ていようが、重力の暴力の前には無意味だ。
悲鳴をあげる暇さえなく、五十騎の精鋭は、地面に描かれた平らな『シミ』へと変えられた。
俺の敷居をまたぐことすら許されず、指一本触れられずに全滅。徹底的なストレスフリーだ。
「ひ……あ……」
エルフレデは、テラスの手すりにすがりついたまま、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
口を金魚のように開閉させ、ただただ、目の前の圧倒的な現実(神の業)に震えている。
「さて、エルフレデ。コーヒーが冷める。お代わりを淹れてこい」
俺がそう声をかけると、彼女は涙目で俺を見上げ、コクコクと激しく首を振った。
「は、はい……! すぐに、すぐに淹れてきます、ディアス様……っ!」
かつて、どんな脅威を前にしても決して折れず、俺を「宿敵」と呼んで睨みつけてきた最強の聖女。
その彼女が、いま、完全に恐怖と畏怖、そして圧倒的な庇護欲の前に屈服し、自ら進んで『様』をつけて従うようになった。
完璧な製品の出荷だ。
(第6話へ続く)




