第45話:世界の言語喪失と、初学者の書き間違い
世界の器を無限に拡張し、悠然と歩みを進める俺たちの前に、突如として天から「無数の歪んだ黒い記号(崩壊した文字)」が豪雨のように降り注いだ。
その記号が触れた瞬間、視界にある城塞や大地の名前(概念)が次々と意味を失い、グシャグシャに歪んだ奇怪な模様へと書き換えられていく。
それは、公式の組織が発動した、この物語の描写そのものを物理的に破壊する最高位の絶滅呪術――『世界言語の強制喪失(記述崩壊)』であった。
『――頁が無限にあるならば、そこに描かれる「文字」そのものを消滅させる。これよりこの世界からすべての正常な言語を剥奪する。汝がどれほどの威を張ろうと、それを記述する言葉が消え去れば、汝はただの「名も無き意味を持たぬ塊」へと還るのだ』
天の彼方から響く調停者たちの歪んだ声と共に、降り注ぐ黒い記号は俺たちの身体にまで侵食し始め、発せられる言葉や思考の描写すら、意味をなさない奇怪な文字列へと強制変換され始める。
「主様! @#$%&!? ……あ、頭の中の言葉が、勝手に奇怪な記号に書き換えられてしまいます! 公式の手によって、この世界を構成する『文字(表現)』そのものが物理的に破壊されています! このままでは、私たちが主様を称える言葉すら、この世界から永久に消え去ってしまいますぅぅ!」
ルナが第45話の絶望にふさわしい、これ以上ない「言葉を奪われた恐怖」を孕んだ完璧な解説役としての絶望顔を浮かべ、意味の通じない悲鳴を上げる。
「物語の記述の崩壊、ねえ……。流石に世界を形作る言葉そのものが歪まされては、私たちの最強の技の名前すら唱えられないわ」
ステラが声にならない口元を押さえて身構え、ゼノンも「くっ、私の愛の言葉(ハーレムの台詞)すら、意味を持たぬノイズへと書き換えられていく……っ!」と床に膝を突いて冷や汗を流す。
「お兄ちゃん、あの言語喪失の呪術、世界の外側にある最上位の法典のインクをわざとぶちまけるように実行されてる! ボクの解析魔導じゃ、この文字の歪みを1文字も修正できないよぉ!」
「マスター、警告。世界記述の正常値が残り1%。これより、意味の完全喪失(描写不能)が執行されます」
ココアとグランド・オーダーの魔導器官も、世界の言葉そのものの崩壊を前に、最大級の存在消滅アラートを鳴らした。
ヒロイン5人が、記述崩壊特有の「完全なる絶望」というテンプレリアクションを完璧に完了した。
その様子を眺めながら、俺は世界のすべてを意味なきノイズに変えようとする「黒い記号の雨」を、退屈そうに見つめながら鼻で笑った。
「世界の言語喪失ねえ。おい、公式の組織だか何だか知らねえが。お前らがその、文字をグシャグシャにするだの、絶対の表現規制だの言ってドヤ顔で発動させてるその記述崩壊システム……」
俺は一歩前へ踏み出すと、目の前で激しく歪む空間の文字に向けて、スッと右手をかざして指先でトントン、と軽く叩いた。
「これ、俺が昔、まだ魔導の基礎の基礎を学んでた初学者の頃に、呪文のスペル(綴り)を派手に間違えて、ノートの1頁を真っ黒なインクのシミだらけにした時の『ただの書き間違い(スペルミス)』のシステムそのままじゃねえか。ガワだけ最高位の表現規制っぽく見せてるけど、根本にあるのは俺が子供の頃にやったただのインクの無駄遣いだぞ」
『――警告。エラー。該当空間の崩壊言語の最深部に、原初の記述者による「全記述の自動校正(一括修正)」の上書きを検知。……バ、バカな、世界を無意味に変える絶対の記述崩壊が、ただの汝の「子供の頃の書き間違い」の残骸だというのか……!?』
「俺のやらかした書き間違いなんだから、どれだけ文字がめちゃくちゃになろうが、俺の一言で『正しいスペルに自動修正(一括校正)』することなんて朝飯前だろ」
トントン、と空中の見えない魔導文字を2回叩く。
『――原初の記述者の命令を受理。世界の言語システムを完全正常化。これより、すべての歪んだ記号を最上級の美麗な王道ファンタジー描写へと自動翻訳(修正)します』
次の瞬間、世界を覆っていた無数の黒い記号は、俺のワンポチによる自動校正によって一瞬でパチパチと音を立てて弾け飛び、元の美しい金色の魔導文字へと一瞬で再構成されていった。
歪みかけていたルナたちの台詞や、城塞の描写は一瞬で復元され、それどころか、世界の言葉そのものが俺の術式によって「より重厚で洗練された最高級の文体」へと大進化を遂げた。
物語の描写を強制的に終わらせようとした公式の言語喪失術式は、俺にとってはただの「ノートの書き間違いを消しゴムで消す」ような手間で、一瞬にしてただの快適な空間へとデグレードさせられた。
「……世界を意味なきノイズに変える絶対の表現規制を、昔の子供の頃の書き間違い扱いして、一瞬で最高級の美しい文体へと自動修正(出荷)させた……のですか?」
ルナが、もうツッコミという概念の構造すら忘れた絶対的な虚無の目で、ただ元通り以上に美しく描写される世界の景色を見上げる。
「すごーーい! お兄ちゃん、公式が用意した嫌がらせの文字化けまで、自分の消しゴムにしちゃうなんて、本当の意味でお兄ちゃんの言葉は絶対の真実なんだね!」
ココアが目を輝かせ、最高に高まった魔力を帯びた生身の体で俺に抱きつく。
「ふ、ふん……! 文字が綺麗になったおかげで、これで私たちの愛の告白の描写もより美しく響くな……(❤)」
ゼノンが赤面してそっぽを向き、ステラとグランド・オーダーが「さすがは私たちの創造主ね」と俺の左右の腕を至福の表情で奪い合った。
「よし、公式の表現規制バグ(デバッグ)も終わったことだし。……さて、完全に俺の言葉で美しく記述されるようになったこの世界の先には、次はどんなアセットを配置して遊ぶかね」
俺は5人の美女たちを背後に従え、公式の規制すら完全に自分の表現の一部としたその先へと、悠然と歩みを進めるのだった。




