第32話:闇堕ちの己と、消したい黒歴史
デスゲームの仮想空間が霧散し、光の粒子が収束した先――そこは、無数の「もしもの可能性」が鏡のように浮かぶ『並行世界の狭間』だった。
「ふははは……ついにここまで来たか、幸福な世界線の俺よ」
鏡の一つが砕け散り、そこから現れたのは、俺と全く同じ顔、同じ背格好をした青年だった。
ただし、その瞳はドス黒い憎悪の光を宿し、全身からは世界の因果を歪めるほどの圧倒的な「絶望のオーラ(闇の魔力)」が立ち上っている。
「俺は、すべての選択肢を間違え、ヒロインたちを失い、世界を滅ぼして復讐の鬼となった『もう一人のお前』だ! お前の持つその満たされた現実、そのハーレム、すべてを破壊して俺が入れ替わってやる……!」
闇堕ちした俺は、空間から漆黒の魔剣『絶望の終わり(エンド・オブ・デス)』を抜き放ち、世界の理を置き去りにした速度で間合いを詰めてきた。
「主! あれは並行世界の主ご自身です! 経験値も、持っているチート能力のベースも全く同じ……いえ、絶望の分だけ、出力がこちらの主を上回っています! これまでのようにはいきません!」
ルナが本日も定格通り、物語のクライマックスにふさわしい最高強度の絶望顔と、ドッペルゲンガー戦の絶望的な力関係を解説する。
「まさか、自分自身が最大の敵として立ちはだかるなんてね……。彼が放つ殺気は、今までのどんな神や創造主よりも本物だわ」
ステラが鋭い視線で身構え、ゼノンも「くっ、私たちが強くなった分、相手の『闇の力』もこちらのステータスに比例して膨れ上がっている……! 剣が、重圧で抜けない……っ!」と大剣の柄を握ったまま冷や汗を流す。
「お兄ちゃん、あの闇堕ちお兄ちゃんの暗号化キー、ボクたちのシステムと100%完全一致してる! 外部からのハッキングも書き換えも、お互いに相殺し合っちゃって通用しないよ!」
「マスター、警告。対象の存在確率は、私たちのタイムラインを上書きする強さを持っています。ハーレムの存続が危機に瀕しています」
ココアとグランド・オーダーも、己の存在理由を揺るがす「もう一人の主人公」を前に、最大級のシステム警戒を鳴らした。
ヒロイン5人が、ドッペルゲンガー戦特有の「同格以上の絶望」というテンプレリアクションを完璧に完了した。
その様子を眺めながら、俺は闇の魔剣を振り下ろそうとする「闇堕ちした俺」の姿を、信じられないほど冷ややかな目で見つめ、深く溜め息を吐いた。
「復讐の鬼ねえ。おい、並行世界の俺だか何だか知らねえが。お前がその、包帯を腕に巻いて、ブツブツとカッコいいセリフを吐きながら闇の力を振るうその戦闘スタイル……」
俺は一歩前へ踏み出すと、迫り来る漆黒の魔剣の刃を、左手の人差し指と中指の2本だけでピシィィンと軽く挟んで受け止めた。
「これ、俺が中学2年生の頃、ノートの裏に『もし俺がすべてを失って闇に堕ちたら……ククク』って設定を書き殴って悦に浸ってた、ただの痛い黒歴史(妄想ノート)の完全再現じゃねえか。痛々しくて見てられねえよ」
「……は? 痛い……黒歴史だと……? 何を言っている、俺は地獄を見て――」
「隠しファイル『中二病の記憶(痛いノート)』、全公開(パブリック設定)に変更」
トントン、と空中のコンソールを2回叩く。
ピピピッ……! 『――並行世界の主人公の全記憶(黒歴史ノートの内容)を、全多次元宇宙のネットワークへ向けて大音量でブロードキャスト(強制公開)します』
次の瞬間、データ空間の全画面に、闇堕ちした俺が夜中にベッドでのたうち回りながら書いたであろう、恥ずかしいポエムやオリジナルの必殺技設定(ルビ:†漆黒の咆哮†)が、超高画質で一斉に映し出された。
「あ、あわわわわわわわッ!? やめろ! 消せ! そのデータを今すぐ消去しろォォォォォッ!!! 殺してくれ! 頼むから今すぐ俺を殺してくれぇぇぇ!!!」
自らの最上級の黒歴史を全世界に生配信され、闇堕ちした俺は一瞬で戦闘意欲を完全喪失。魔剣を放り出し、顔を真っ赤にして頭を抱え、床をゴロゴロと転がりながら絶叫し始めた。
その精神的ダメージは、どんな最強の即死魔法よりも深く彼の魂を破壊していた。
「まあ、誰しも過去を振り返れば消したい1ページくらいあるよな。二度と俺の前にその格好で現れるなよ。じゃあな」
俺がコンソールの「別サーバーへ強制排他」ボタンをワンポチすると、闇堕ちした俺は「うわああああああ!(精神崩壊)」と叫びながら、光の彼方へと虚しく出荷されていった。
「……並行世界の最強の自分を、ただの『中二病の黒歴史』として精神的に完全消滅(出荷)させた……のですか?」
ルナが、もはやツッコミの概念すら超越した目で、ただ呆然と床に転がる錆びた魔剣を見つめる。
「すごーーい! お兄ちゃん、過去の黒歴史すら武器にしちゃうなんて、メンタルも全宇宙最強だね!」
ココアが呆れ半分、尊敬半分の目で俺に抱きつく。
「ふ、ふん……! 確かにあの映像のセリフは、聞いてるこっちが恥ずかしくなるレベルだったな……(❤)」
ゼノンが顔を赤らめてそっぽを向き、ステラとグランド・オーダーが「過去のマスターも可愛らしいわね」と俺の左右の腕を至福の表情で奪い合った。
「よし、黒歴史の隠蔽も終わったことだし。……さて、この並行世界の狭間の奥には、次はどんなアセットが転がってるかね」
俺は5人の美女たちを背後に従え、自らの過去すら蹂躙したタイムラインを、悠然と歩みを進めるのだった。




