第九話 凍土の再会
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第九話 凍土の再会
ギルフォード領での生活が始まって一ヶ月。私は北方の厳しい冬を逆手に取り、火属性と水属性を掛け合わせた熱水供給システムを城下に構築していた。前世のインフラ知識を魔法で具現化する作業は、この上なく充実していた。
そんなある日、城の跳ね橋を一台の馬車が渡ってきた。
ヴァルデール侯爵家の紋章が刻まれた、しかしどこか薄汚れた馬車。そこから降りてきたのは、かつての輝きを失った私の兄、アルベールだった。
「リリアーヌ……」
謁見の間で対面した彼は、ひどくやつれていた。水と風の適性を持ち、将来を嘱望されていたはずの兄の面影は薄く、その瞳には深い後悔が張り付いている。
「お久しぶりです、アルベール様。……いえ、元兄上とお呼びすべきでしょうか。王都の騒乱から逃げてきたわけではありますまい?」
私の傍らで、カイルが鋭い視線をアルベールに突き刺す。アルベールは力なく首を振った。
「……父上と母上は、爵位を返上し、隠居することになった。ミレーヌは……彼女の魅了に当てられていた貴族たちの正気が戻り、その怒りの矛先を一身に受けている。修道院への幽閉が決まったよ」
「そうですか」
私は淡々と答えた。ミレーヌの力は、周囲の愛を吸い上げて成り立つ砂上の楼閣だった。一度崩れれば、残るのは虚無と恨みだけだ。それは、彼女自身が選んだ道の結末だった。
「……リリアーヌ。君に謝りたくて、ここまで来たんだ。僕は君が馬から落ちたあの日、君の中に何かが芽生えたことに気づいていた。なのに、ミレーヌの輝きの影に君を押し込める方が楽だと思ってしまった。兄として、君の孤独を、君の真実を、見ようとしなかった」
アルベールは床に膝をつき、拳を握りしめた。
「君が全属性の魔法で領地を救っているという噂を聞いた時、僕は自分がどれほど愚かだったかを知った。……君という太陽を、僕は石ころだと信じ込もうとしていたんだ」
私は領主の座の隣から立ち上がり、ゆっくりとアルベールの前に歩み寄った。
かつて見上げた兄の背中は、今の私にはとても小さく見えた。
「顔を上げてください、アルベール様。私はあなたを恨んでなどいません。……恨むほど、あなたたちに執着していないのです」
私の言葉に、アルベールが息を呑む。
「今の私にあるのは、この北の地を豊かにするという目的と、私を信じてくれるカイル様、そして領民たちとの絆だけ。過去のヴァルデール家の物語は、あの魔法学校の演習場で完結しました」
私は右手を差し出し、小さな氷の結晶を掌に生み出した。それは風の魔力を纏ってキラキラと輝き、アルベールの頬を撫でるように溶けていった。
「もし、あなたが本当に悔いているというのなら。その水と風の力を、私怨ではなく、未来のために使いなさい。王都で腐っている暇があるなら、この北方の開拓を手伝う覚悟はありますか?」
アルベールは驚愕に目を見開いた。
「僕が……手伝う? 君を裏切ったこの僕を、受け入れるというのか?」
「『兄』としてではありません。一人の魔法使いとして、私の指示に従う労働力としてです。社畜……いえ、私のやり方は厳しいですよ?」
私は不敵に微笑んだ。
アルベールは一瞬呆気に取られた後、その瞳に初めて生きた光を宿し、深く、深く頭を下げた。
「……謹んで、お受けします。リリアーヌ様。この命、あなたの理想とする領造りのために捧げよう」
カイルが隣で「また厄介な身内が増えたな」と苦笑しながらも、どこか満足げに頷いた。
こうして、かつての家族は形を変え、私の「駒」として再編された。
ミレーヌの毒に侵された過去を浄化し、私たちは真っ白な雪原に新しい地図を描き始める。
私の全属性魔法が、この凍てついた地に真の春を呼び込む日は、もうすぐそこまで来ていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
誤字脱字のご連絡ありがとうございます。
感想もいつも励みになっております。
少しでも楽しんでいただけたなら、
評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




