第十話 開拓の旋律と、新しい絆
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第十話 開拓の旋律と、新しい絆
アルベールが加わったことで、北方開拓のスピードは劇的に加速した。
彼はかつての傲慢さを完全に捨て去り、一人の魔導技師として泥にまみれることを厭わなかった。私の構築する理論は、前世の科学知識をベースにしているため、この世界の魔法使いにとっては理解しがたい部分も多い。だが、アルベールは持ち前の水と風の適性を駆使し、私の高度な要求に食らいついてきた。
「リリアーヌ様、第二地区の灌漑路、風の魔力による流体加速を組み込みました。これで冬場でも水が淀まず、凍結を防げるはずです」
作業着に身を包み、報告に来るアルベールの顔は、王都にいた頃よりも精悍で、どこか晴れ晴れとしていた。
「ええ、完璧です。アルベール、あなたは水の粘性を操作するのが上手いわ。その調子で、次は鉱山側の排気システムをお願いできるかしら」
「承知しました。……しかし、君の頭の中はどうなっているんだ。魔法を物理現象として捉えるなんて、学園の教授たちが聞いたら卒倒するよ」
兄は苦笑しながら、再び現場へと駆けていく。私はその背中を見送りながら、手元の台帳にペンを走らせた。
そんな中、カイルが私の執務室に現れた。彼は私に一通の親書を差し出した。
「リリアーヌ、王都からだ。……いや、修道院から、と言った方が正しいか」
それは、ミレーヌからの手紙だった。
封を切ると、そこにはかつての華やかな筆致ではなく、震えるような、弱々しい文字が並んでいた。
『お姉様、お許しくださいとは言いません。暗い部屋で一人、自分の犯した罪と向き合う毎日です。私の力は、人を操るためのものではなく、誰かを癒やすためにあるべきだった。今更気づいても、もう遅いのでしょうか』
手紙には、彼女が自らの魔力回路を封印し、修道院で孤児たちの世話をしながら贖罪の日々を送っていることが綴られていた。魅了という毒を失った彼女は、今、ようやく自分自身の足で立とうとしているのかもしれない。
私はその手紙をそっと閉じ、暖炉の火に投げ入れた。
「許す、許さないの問題ではないわ。彼女もまた、この世界の歪みに飲まれた犠牲者の一人だったのでしょう」
「お前は、本当に強いな。……あるいは、あまりにも先を見すぎている」
カイルが背後から私を抱きしめた。彼の体温が、北国の冷えた空気を溶かしていく。
「カイル様、私はただ、効率を求めているだけです。憎しみに魔力を使うのは、一番のエネルギーロスですから」
「ふっ、相変わらずだな。……だが、そんなお前の隣にいるのが、俺は誇らしいよ」
数ヶ月後、ギルフォード領は奇跡の変貌を遂げていた。
全属性魔法を動力源とした巨大な魔導炉が完成し、領都には街灯が灯り、冬の間も温室で新鮮な野菜が育つようになった。
「魔女」と恐れられた全属性の力は、今や「北方の女神」という称賛へと変わっていた。
ある晴れた冬の日。私はカイルと共に、高台から発展を続ける街を見下ろしていた。
隣には、誇らしげに胸を張るアルベール。そして、彼らを支える頼もしい領民たち。
「リリアーヌ、そろそろ式を挙げないか。領民たちも、お前の花嫁姿を待ち望んでいる」
カイルのプロポーズに、私は少しだけ頬を染めた。
前世では縁のなかった、ドレスと結婚式。
かつて落馬して前世を思い出したあの日、私はただ生き延びることだけを考えていた。でも、今の私の周りには、守るべき場所と、愛すべき人々がいる。
「ええ、喜んで。……でも、式の準備も効率的に進めさせていただきますわよ?」
「ははは! お前らしいな。手伝うぞ、俺の『最強の婚約者』殿」
笑い声が、澄み切った空に響く。
泥の中に根を張り、静かに力を蓄えていた蓮の花は、今、氷の地で誰よりも気高く、美しく咲き誇っていた。
もう、過去を振り返る必要はない。
全属性の魔法が描き出す未来は、どこまでも明るく、どこまでも自由だ。
私はカイルの手を強く握り返し、新しく始まる明日へと、一歩を踏み出した。
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