第六話 仮面の粉砕
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第六話 仮面の粉砕
属性適性再評価試験。
表向きは全生徒の魔力向上を確認するための行事だが、実態は「変質したミレーヌの魔力の調査」と「私の正体の炙り出し」であることは明白だった。
試験当日、演習場には異様な緊張感が漂っていた。
観覧席には学園関係者だけでなく、王家の紋章をつけた馬車が並び、我が家からは父様とアルベール兄様も姿を見せていた。ミレーヌが第二王子の婚約者として「不適格」ではないかという疑念を払拭するため、そして私の「疑惑」を確認するために。
「お姉様……今日で、すべてがはっきりしますわ」
隣に並ぶミレーヌが、耳元で毒を吐くように囁いた。
彼女の肌は青白く、瞳には狂気にも似た執着が宿っている。あの日、自室で私が見せた「全属性」を、彼女はまだ幻覚だと思い込もうとしているようだった。あるいは、公の場で私が無能であることを証明し、自分の地位を盤石にしたいのか。
「ええ、そうね。すべてが終わるわ」
私は短く答えた。
もう、隠し通す段階は過ぎた。カイルに見られ、ミレーヌに知られ、教師たちに疑われている。ならば、下手に隠して「底の知れない脅威」と思われるより、圧倒的な「力」を提示して交渉のテーブルに引きずり出す方が、前世のビジネス経験上、生存戦略としては正しい。
試験の内容は、巨大な魔力感応石に向けた魔法投射だ。
属性、出力、そして制御の精密さが数値化され、空中に投影される。
「次、ミレーヌ・ヴァルデール」
ミレーヌが前に出る。彼女は必死に魔力を絞り出した。
石は激しく反応し、水と土の二属性を示す光を放つ。しかし、その輝きは濁っていた。出力は高いが、制御が乱れている。
「……出力ランクA、属性は水・土。だが魔力波形に乱れあり」
教師の冷淡な判定に、観覧席のエドワール王子が顔を伏せた。父様の表情も苦渋に満ちている。かつての「完璧な天才美少女」の面影は、そこにはなかった。
「次、リリアーヌ・ヴァルデール」
名前が呼ばれた瞬間、会場が静まり返った。
カイルが腕を組み、不敵な笑みを浮かべて私を見ている。私はゆっくりと石の前に立った。
(さて、どう料理しましょうか)
私は石に手を触れず、その数センチ手前で指を止めた。
脳内で、前世の記憶にある「プリズム」の構造を再現する。光を分散させ、すべての色を等しく抽出する回路。
「……全属性、同時展開」
呟きは、誰の耳にも届かないほど小さかった。
しかし、結果は会場全体を震撼させた。
感応石が、悲鳴を上げるような音を立てて発光した。
最初は鮮やかな赤(火)、次に深い青(水)、爽快な緑(風)、重厚な茶(土)。
それだけではない。
眩いばかりの純白(光)と、すべてを飲み込む漆黒(闇)。
六つの色が幾何学的な模様を描きながら石の中で渦を巻き、やがてそれらが混ざり合い、神々しいまでの銀色の輝きへと収束していった。
数値化されたモニターには、測定不能を意味するエラー表示が点滅し、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
「ぜ……全属性……? 馬鹿な、そんな伝説上の……」
「しかもあの魔力密度……一人で軍隊に匹敵するぞ……!」
教師たちの震える声が響く中、私は静かに手を下ろした。
観覧席では、父様が立ち上がったまま石のように固まっている。アルベール兄様は、信じられないものを見るかのように私を凝視していた。
「お姉様……嘘よ、嘘よ嘘よ嘘よ!!」
ミレーヌが叫びながら私に掴みかかろうとした。
だが、その手は私に触れる前に、影から伸びた黒い鎖によって制止された。
「見苦しいぞ、ミレーヌ」
いつの間にか私の背後に立っていたカイルが、冷ややかに言い放った。彼の闇魔法が、ミレーヌの動きを完全に封じている。
「カイル様……! なぜリリアーヌを……! そいつは、家族を騙していた裏切り者なのよ!」
「騙されていたのは、お前たちの目が節穴だったからだ。……リリアーヌ、これでもう『平凡』を気取るのは無理だな」
カイルは私の肩を抱き寄せ、周囲を威圧するように視線を巡らせた。
その瞳には、婚約者としての独占欲と、強者に対する敬意が混ざり合っていた。
私は一つ、大きなため息をついた。
もう、猫を被る必要はない。
「ええ、そうですね。……父様、兄様。そしてミレーヌ。私は今日まで、ヴァルデール侯爵家の『無能な長女』として、皆さんの期待通りに振る舞ってきました」
私は観覧席を仰ぎ見、凛とした声で告げた。
その声には、魔力を乗せて会場の隅々まで届かせる。
「ですが、私は今日、この瞬間を以てその役目を辞させていただきます。私の力は、誰かの引き立て役になるためのものでも、政争の道具になるためのものでもありません」
「リ、リリアーヌ……待ちなさい、話し合おう!」
父様が慌てて声を上げるが、その言葉にはもはや、かつての威厳はなかった。ただ、強大な力を手放したくないという卑俗な焦りだけが透けて見えた。
「話し合いは、私の代理人とお願いします。……そうですよね、カイル様?」
「ああ。これからはギルフォード伯爵家が、彼女の正当な権利を保護する。文句があるなら、王家を介して正式に申し入れろ」
カイルの宣言は、事実上の「侯爵家からの強奪」だった。
本来なら許されない暴挙だが、今の私が見せた「全属性」という価値の前では、誰も異を唱えられない。力こそが正義。この世界の残酷なまでの真理を、私は逆に利用してやったのだ。
崩れ落ちるミレーヌ。呆然とする家族。
驚愕に揺れる学園。
私は、前世の社畜時代には決して手に入らなかった「真の主導権」を握り、カイルと共に堂々と演習場を後にした。
「……カイル様、一つ確認してもよろしいですか?」
歩きながら、私は隣の男に問いかけた。
「何だ」
「北方の領地では、静かに暮らせるのですよね?」
カイルは一瞬驚いたように私を見つめ、やがて腹の底から楽しそうに笑った。
「ああ、約束しよう。ただし、俺の魔法の特訓に付き合ってもらうのが条件だがな」
「……ふふ。それくらいなら、お安い御用ですわ」
私は空を見上げた。
そこには、かつて落馬した日に見たのと同じ、澄み渡るような青空が広がっていた。
私の本当の物語は、ここから始まるのだ。
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