第五話 崩落の旋律
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第五話 崩落の旋律
中庭での騒動は、学園内に決定的な亀裂を生んだ。
あれほどミレーヌを囲んでいた男子生徒たちの輪は目に見えて細くなり、代わりに彼女を遠巻きに観察する冷ややかな視線が増えた。一方で、私の周囲には奇妙な静寂が訪れていた。これまでの「無能な長女」というラベルが剥がれ、正体不明の不気味な実力者という新たなレッテルが貼られたのだ。
「……計算外だわ」
放課後の図書室、私はこめかみを押さえていた。
隣ではカイルが、楽しげにページをめくる音を立てている。
「何がだ。自業自得だろう。あの状況で、溺れかかっている連中を助けないほどお前は冷徹になれなかった。それだけのことだ」
「助けたかったわけではありません。これ以上騒ぎを大きくしたくなかっただけです」
「結果として、お前の『浄化』の魔法は教師たちの耳にも入った。全属性を隠し通すのは、もう限界じゃないか?」
カイルの指摘は鋭かった。
あの時、私が使ったのは単なる水魔法ではない。光属性を混ぜ込み、精神干渉を解呪する複合魔術だ。魔法の真髄を知る教師が見れば、それがただのCランクの出力ではないことなど一目瞭然だった。
その日の夜。寮の自室で休んでいた私の元へ、予期せぬ来客があった。
ノックの音は荒く、焦燥に駆られているのがわかる。
「お姉様! 開けてちょうだい! お姉様!」
ドアを開けると、そこには髪を振り乱したミレーヌが立っていた。
かつての愛くるしい面影はどこへやら、その瞳は血走り、指先は小刻みに震えている。彼女は室内になだれ込むなり、私に掴みかかった。
「どういうことなの!? 私の魔法が、みんなに効かないのよ! エドワール殿下まで、私を見て『少し頭を冷やしたい』なんて……あんなに私に夢中だったのに!」
「それは、あなたが無理に魔力を注ぎ込みすぎたからよ。人の心は器のようなもの。溢れさせれば、あとは不快感しか残らないわ」
私が冷静に諭すと、ミレーヌは顔を歪めて叫んだ。
「嘘よ! お姉様が何かしたんでしょう!? あの時、変な魔法でお節介を焼いたから! あなた、本当は水だけじゃないのね? あの時、私には見えたわ。あなたの指先から、あり得ないほどの魔力が流れ出すのが!」
彼女の直感は、追い詰められたことで逆に冴え渡っていた。
ミレーヌは私の机に置かれた未完成の魔導論文——前世の物理法則を組み込んだ術式展開図——に目を留めた。
「これ……何、この複雑な陣……。お姉様、あなた、お父様たちを騙していたのね! 無能なふりをして、私を影で笑っていたのね!」
「笑ってなどいないわ。私はただ、平穏に生きたかっただけ」
「平穏!? 私からすべてを奪っておいて、よくそんなことが言えるわね!」
ミレーヌの体から、どす黒い魔力が噴き出した。
水と土。二つの属性が混ざり合い、泥濘のような重苦しい圧力が部屋を支配する。彼女は嫉妬と恐怖に突き動かされ、本能的に私を排除しようと魔力を練り上げた。
「土よ、拘束せよ! 水よ、すべてを押し流せ!」
部屋の床がうねり、鋭い岩の棘が突き出す。同時に大量の濁流が私を飲み込もうと迫る。
侯爵邸でなら通用したかもしれないその攻撃を、私は一歩も動かずに見つめた。
「……ミレーヌ。魔法はね、出力ではなく『理』なのよ」
私は右手を軽くかざした。
「乾燥」
瞬間、部屋を満たしていた濁流は一瞬で蒸発し、床から生えた岩の棘は砂となって崩れ落ちた。火と風の複合による急速乾燥。対象の魔力構造を直接分解する、精密な制御だ。
「な……っ」
「そして、次はこれ。……静止」
私の指先から放たれた透明な波動が、ミレーヌの喉と魔力回路を一時的に封鎖した。
彼女は声を出せず、崩れ落ちるように膝をついた。
「驚いた? 私は水も、火も、風も、土も使える。光も闇もね。あなたが一生懸命に磨いていたその『愛されるための力』よりも、私は遥かに強くなってしまったの」
私は床に伏伏す妹を見下ろした。
残酷なようだが、これが現実だ。前世で理不尽な競争社会を生き抜き、今世で血の滲むような隠密鍛錬を重ねた私と、生まれ持った才能だけで周囲を傅かせてきた彼女とでは、積み上げてきたものの重さが違う。
「私はあなたを害するつもりはないわ。でも、これ以上私の静寂を乱すなら、容赦はしない。……わかったら、今日は帰りなさい」
魔法を解くと、ミレーヌは震えながら立ち上がり、一度も振り返ることなく部屋を飛び出していった。
その背中を見送りながら、私は深い溜息をついた。
これで、彼女との決別は決定的になった。
同時に、この騒動は影で見ていた「何者か」にも伝わったはずだ。
「……いつまでそこにいるつもり? カイル様」
窓の外、バルコニーの影から、カイルがひらりと飛び込んできた。
彼は感銘を受けたように拍手をしていた。
「素晴らしいな。妹相手に全属性を披露するとは。おまけにあの術式……物理法則の応用か。リリアーヌ、お前、一体何者だ?」
「ただの、目立ちたくない女子生徒ですよ」
「無理だな。今のを見せられて、見逃すほど俺は物分かりが良くない」
カイルの瞳に、狩人のような光が宿る。
婚約者という建前を超えて、彼は私の「力」そのものに執着し始めていた。
事態は、当初の計画から大きく逸脱しつつある。
目立たない存在を貫くはずが、いつの間にか私は、学園のパワーバランスを握る中心へと引きずり出されていた。
翌朝。
学園の掲示板には、驚くべき告知が出された。
「属性適性再評価試験の実施」。
対象者は全生徒。そしてその裏には、王家からの直接の要請があるという。
ミレーヌの失墜と、私の覚醒。
それは、穏やかな学園生活の終焉と、血生臭い権力争いの幕開けを告げる鐘の音だった。
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