第七話 終焉の面会
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第七話 終焉の面会
属性再評価試験から数日。学園の貴賓室には、張り詰めた沈黙が流れていた。
豪華なソファに深く腰掛けるのは、ヴァルデール侯爵夫妻。かつて私を「水しか使えぬ無能」と切り捨て、ミレーヌばかりを慈しんだ両親だ。その向かい側には、私と、そして私の肩を抱くように座るカイルの姿があった。
「リリアーヌ……説明してくれないか。一体、どういうことなんだ」
父の言葉は震えていた。その瞳には、私への愛情ではなく、得体の知れない怪物を見るような恐怖と、それ以上に「至宝を他家に奪われる」という強烈な焦燥が渦巻いている。
「説明も何も、見た通りですよ、お父様。私は全属性の適性を持っていました。ただ、それを隠していた。それだけのことです」
私は紅茶を優雅に啜り、淡々と答えた。前世で理不尽な上司の叱責をさらりと受け流していた頃のように、心は凪いでいる。
「隠していただなんて……! 私たちはあなたのことを思って、ギルフォード家との縁談を整えたのよ! もし全属性だと分かっていれば、第一王子殿下との婚姻だって……」
母が縋るような声を上げる。その言葉に、私は思わず小さく吹き出した。
「お母様、それは本心ですか? ミレーヌに『聖女』の座を譲るために、私を北方の盾として差し出したのはどなただったかしら」
「それは……」
「ミレーヌの魅了に当てられていたとはいえ、あまりに現金な言い草ですね。私が無能であればゴミのように捨て、有能であれば王家に売り払う。ヴァルデール侯爵家にとって、娘とはその程度の価値しかないのでしょう?」
私の冷徹な指摘に、母は絶句して顔を伏せた。
「リリアーヌ、言葉が過ぎるぞ! 私たちは家族ではないか!」
父が机を叩いて立ち上がる。しかし、その威圧をカイルが冷たい眼光で霧散させた。
「家族、か。ならばなぜ、この六年間一度もリリアーヌの部屋を訪れなかった? 彼女が一人でどのような研鑽を積み、どのような孤独の中にいたか、想像したこともないだろう」
カイルの声は低く、そして闇属性の魔力が物理的な重圧となって父を椅子に押し戻した。
「彼女は今、ギルフォード伯爵家の庇護下にある。そして、彼女自身の意志で、ヴァルデール家との縁を切りたがっている。……違うか、リリアーヌ」
私は頷き、懐から一通の書類を取り出した。
「これは、廃嫡届と絶縁状です。すでに出生届の魔力登録を書き換える準備は整っています。これにサインをいただければ、私は二度と侯爵家の敷居を跨ぎません。もちろん、カイル様との婚約は継続します。ギルフォード家は、ヴァルデール家の後ろ盾を必要としていませんから」
「そんな……! 冗談ではない! 全属性の魔術師を、絶縁などさせるわけがないだろう!」
父が叫ぶ。だが、私はあらかじめ用意していた「最後の一手」を投じた。
「お父様。ミレーヌ様の魅了魔法が、学園で問題視されているのはご存知ですね? すでに騎士団が彼女の魔力侵食による被害調査に乗り出しています。このままでは、侯爵家は『王族を魔法で操ろうとした反逆罪』に問われる可能性がありますわ」
両親の顔が、一瞬で土気色になった。
「私が……いえ、私とギルフォード家が手を回せば、その罪を『個人の暴走』として処理することも可能です。その代わり、私の自由をください。これが最後の交渉です」
前世の交渉術。相手の退路を断ち、唯一の妥協案を提示する。
父は震える手でペンを取り、苦虫を噛み潰したような顔で書類に署名した。彼にとって、娘の愛よりも、家名の存続の方が遥かに重かったのだ。
「……これで、満足か」
「ええ。ありがとうございます、元お父様。お母様も、どうぞお元気で」
私は一度だけ完璧な淑女の礼をとり、振り返ることなく部屋を出た。
廊下に出ると、そこには壁に寄りかかって待っていたアルベール兄様の姿があった。彼は私とカイルを見ると、自嘲気味に笑った。
「リリアーヌ。……いや、リリアーヌ殿。君は最初から、僕たちのことなんて見ていなかったんだな」
「兄様。……いえ、アルベール様。あなたはミレーヌの毒に気づきながら、目を逸らし続けました。それは優しさではなく、怠慢ですわ」
私の言葉に、アルベールは一瞬だけ傷ついたような顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、その通りだ。……北へ行くんだろう? 寒冷地は水魔法の応用が効く。君なら、あんな荒れ地さえも楽園に変えてしまうんだろうな」
「そうするつもりです。……さようなら」
私はカイルの差し出した手を取った。彼の大きな掌は、驚くほど温かかった。
「終わったな、リリアーヌ」
「ええ。ようやく、私の本当の人生が始まります」
学園の校門を出ると、そこには北の地へ向かうための頑強な馬車が待っていた。
妹の叫びも、両親の計算も、もう私には届かない。
私はカイルと共に馬車に乗り込み、新しい世界へと走り出した。
全属性の魔法と、前世の知恵。それだけを鞄に詰め込んで、私は誰にも縛られない、最高の「自由」を掴み取るために。
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