第三話 静寂という名の盾
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第三話 静寂という名の盾
国立魔法騎士アカデミー。
その荘厳な門をくぐる時、私は改めて心に誓った。
「絶対に目立たず、適当な成績で卒業し、北方の領地で隠居生活を手に入れる」
これが、過酷な前世を駆け抜けた私が導き出した、今世のロードマップだ。
入学式当日、講堂は新入生たちの放つ熱気と魔力で満ちていた。
その中心にいたのは、やはり私の妹、ミレーヌだった。
彼女が歩くたびに、周囲の男子生徒たちは陶然とした表情で道を空ける。第二王子エドワール殿下と婚約したという噂も相まって、彼女は早くも「アカデミーの深紅の薔薇」などと呼ばれていた。
私はといえば、その数歩後ろを、気配を消して歩いていた。
地味な茶髪に結い上げ、視線を落とし、教科書を胸に抱える姿は、どこにでもいる「魔力の低い貴族の令嬢」そのものだ。
リリアーヌ様、こちらです。
案内役の生徒に促され、私は末席の席へと向かった。
ミレーヌの隣には、金髪をなびかせたエドワール王子が甲斐甲斐しく付き添っている。一方で、私の婚約者であるカイル・ド・ギルフォードの姿は、講堂の最果て、影が落ちる柱の影にあった。
彼は私に視線を向けることさえしなかった。
ただ、冷徹な氷のような瞳で壇上を見つめている。その周囲には、闇属性特有の拒絶の気配が漂い、誰も近寄ろうとしない。
(完璧だわ。彼も私に興味がない。これこそ理想の婚約関係ね)
私は心の中で小さくガッツポーズを作った。
入学後の実技演習でも、私は徹底して「無能」を装った。
最初の授業は、属性の出力を測定する「魔力球」の試験だ。
生徒が球体に手を触れ、どれだけの色と輝きを引き出せるかを競う。
ミレーヌの番が来ると、講堂は感嘆の溜息に包まれた。
球体は鮮やかな青と、深みのある茶色に染まり、眩い光を放った。
「素晴らしい! 水と土、両方の適性がこれほど高いとは!」
教師の絶賛に、ミレーヌは頬を染めて、チラリと私を見た。その瞳には、勝ち誇ったような光と、私への憐れみが混ざっている。
次は、リリアーヌ・ヴァルデール。
私の名前が呼ばれる。
私は緊張したふりをして、おずおずと球体に触れた。
脳内では、高度な演算を走らせる。
(全属性のうち、水だけを抽出。出力を全体の百分の一以下に抑制。輝度は平均よりやや低めに設定……)
瞬間、球体は弱々しい水色にボヤリと灯った。
「……水属性、適性ランクはC。次はカイル・ド・ギルフォード」
教師の声は事務的だった。
周囲からは「侯爵令嬢なのにあんなものか」「妹君とは雲泥の差だな」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
それだ。その評価でいい。
私は満足して列に戻った。
しかし、放課後の旧校舎裏。
そこが、私の唯一の「解放区」だった。
人気のない森の奥で、私は結界魔法を展開し、隠し持っている全魔力を解放する。
「……顕現せよ」
呟くと同時に、私の周囲に六つの魔力塊が浮かび上がった。
逆巻く炎、渦巻く激流、荒れ狂う旋風、隆起する岩、そして純白の光と底なしの闇。
それらを一本の指先で操り、幾何学的な模様を描かせる。
前世のプログラミング思考を応用し、複数の魔法を並列起動させ、最適化された術式を構築する。
一分間に消費する魔力量は、常人の一年分に相当するが、私の魔力タンクは底が見えない。
(ふぅ、やっぱり本気を出すのは気持ちがいいわね)
汗を拭い、魔法を霧散させる。
これだけの力があれば、その気になればこの学園を更地にするのも容易いだろう。
だが、そんな面倒なことは御免だ。
私はただ、静かに暮らしたいだけなのだから。
「……そこにいるのは、誰だ」
突然、背後から氷を削り出したような声が響いた。
心臓が跳ね上がる。
完璧に気配を遮断していたはずだ。結界も張っていた。
ゆっくりと振り返ると、そこには私の婚約者、カイルが立っていた。
彼の鋭い瞳が、私を射抜く。
先ほどまで私が魔法を放っていた空間には、まだ微かな魔力の残滓が漂っているはずだ。
彼は鼻をひくつかせ、蔑むような、あるいは奇妙なものを見るような目で私を見つめた。
「リリアーヌ。お前、さっきまで何をしていた」
「……あら、カイル様。散歩をしていただけですが?」
私は淑女の笑みを貼り付けた。
カイルは無言で私に歩み寄り、至近距離で足を止めた。
彼は私の手を取り、その手のひらをじっと見つめる。
「水属性Cランクの魔法使いが、なぜこれほどまでに濃密な魔力を纏っている。……お前、何か隠しているな」
「気のせいではございませんか? 私はただの、平凡な長女ですから」
「平凡な女は、俺の闇属性の気配を浴びて平然とはしていられない」
カイルの瞳に、初めて私への「興味」が宿ったのがわかった。
これは、マズい。
ミレーヌの魅了は防げても、この男の洞察力までは計算に入れていなかった。
「……もし私が何かを隠していたとして。北方の守護公であるあなたが、それを暴いて何の得があるのかしら?」
私は一瞬だけ、猫を被るのをやめて声を低くした。
カイルの眉が動く。
彼はフッと口角を上げ、初めて笑みらしきものを見せた。
「面白い。お前がただの人形なら、この婚約は破棄するつもりだったが……。どうやら、退屈せずに済みそうだ」
彼はそれだけ言うと、翻って闇の中に消えていった。
私は一人、森の入り口で頭を抱えた。
(目立たない計画、早くも黄色信号じゃない……!)
翌日から、カイルはなぜか私の周囲を徘徊するようになった。
一方で、ミレーヌは王子の取り巻きたちを引き連れ、着々と学園のヒロインとしての地位を固めている。
静寂を望む私の学園生活は、思わぬ方向に舵を切られようとしていた。
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