第二話 盤上の駒と毒入りの蜜
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第二話 盤上の駒と毒入りの蜜
落馬の事故から数年、私は完璧な「平凡」を演じ続けてきた。
魔力測定の儀では、意図的に魔力の出力を絞り、ごく標準的な水属性の反応だけを見せた。父様や母様は「やはり水だけか」と溜息をつき、その関心のすべてを、日ごとに魔力を増大させ、周囲を虜にしていくミレーヌへと注いだ。
十歳になったある日、応接室に呼び出された私を待っていたのは、侯爵家の家格に相応しい重苦しい空気と、一枚の書状だった。
「リリアーヌ、お前とミレーヌ、二人の婚約が内定した」
父様の言葉に、私は淑女の礼を取って耳を傾ける。隣に座るミレーヌは、すでに知っていたのか、余裕のある笑みを浮かべていた。彼女の周囲には、無意識に漏れ出る桃色の魔力が霧のように漂い、部屋に控える侍女たちの視線を熱っぽくさせている。
「ミレーヌは第二王子であるエドワール殿下と。そしてリリアーヌ、お前は……ギルフォード伯爵家の嫡男、カイル殿とだ」
カイル・ド・ギルフォード。
その名を聞いた瞬間、私の脳内にある前世のデータベースが警告を鳴らした。
ギルフォード伯爵家は北方領土を守護する武門の家系だが、カイル本人は「冷酷な剣鬼」と噂される男だ。魔力適性は氷と闇。その禍々しい属性のせいで、社交界では忌避されている。
つまり、私は厄介払いされたのだ。
王家との縁を繋ぐのは愛らしいミレーヌ。そして、扱いにくい武闘派の貴族を繋ぎ止めるための「生贄」が、水属性しか持たない長女の私。
「お姉様、おめでとうございます。ギルフォード様はとてもお強い方だとお聞きしていますわ」
ミレーヌが私の手を取り、うっとりと目を細める。その瞬間、彼女の魅了の魔力が一段と強く私の肌を叩いた。
『自分は王子妃になり、姉は格下の、しかも気味の悪い男に嫁ぐ』
そんな優越感が、彼女の魔力を増幅させているのが手に取るようにわかる。
「ありがとう、ミレーヌ。あなたこそ、第二王子殿下という素晴らしい方とのご縁、心からお祝い申し上げるわ」
私は無感動に、しかし完璧な微笑みで返した。
ミレーヌの瞳の奥に、一瞬だけ苛立ちが走った。彼女にとって、私は自分の美しさと魔力に跪くべき下僕でなければならない。なのに、私が一切動じないことが、彼女のプライドを密かに逆撫でしているのだ。
「……ええ。エドワール殿下は、私の魔法を『聖女のようだ』と褒めてくださるの。お姉様も、カイル様に嫌われないように、精一杯お仕えしなくてはいけませんね」
嫌われないように、という言葉に棘を込めて彼女は笑う。
案じる必要はない。私にとって、この婚約は願ってもない好機だった。
王都から遠く離れた北方の地。そこならば、家族の目を盗んで全属性魔法の鍛錬に打ち込める。それに、カイルという男が噂通りの冷徹な人物なら、お互いに干渉せず、契約通りの関係を築けるはずだ。
「リリアーヌ。ギルフォード家は実力主義だ。水しか使えぬお前が軽んじられぬよう、精々、侯爵家の娘としての体裁を保つ努力をせよ」
父様の冷ややかな声が突き刺さる。
二歳上のアルベール兄様も、ミレーヌの肩を抱き寄せながら、私には同情とも蔑みとも取れる視線を向けていた。
「大丈夫だよ、父上。リリアーヌも学校に入れば、少しは実力の差を自覚するだろう。ミレーヌのような天賦の才がない分、礼儀作法だけでも磨けばいい」
兄様の言葉に、家族が揃って頷く。
彼らは気づいていない。魅了という毒に当てられ、思考を誘導されていることに。そして、彼らが「無能」と切り捨てた長女が、今この瞬間にも部屋中の湿気を操作し、彼らの会話をすべて録音し、魔力の流れを完全に把握していることに。
私は心の中で、静かに毒を吐いた。
ええ、わかっていますわ。私はただの、水属性の長女。
ですが、水はあらゆる形に変化し、時には岩をも穿ち、すべてを飲み込む。
婚約が決まったことで、私の魔法学校入学までのスケジュールは一気に加速した。
入学式は二ヶ月後。そこには、私の婚約者となるカイルも、ミレーヌの婚約者となるエドワール王子も集う。
学校という閉鎖空間は、ミレーヌにとって最大の狩場になるだろう。彼女の魅了は、思春期の少年たちを容易く奴隷へと変える。
しかし、全属性を隠し持つ私にとって、そこは実験場に他ならない。
自室に戻った私は、窓から見える月を見上げた。
指先を鳴らすと、小さな水の球体が宙に浮かび、その中で火が燃え、風が渦を巻き、土が凝固し、光と闇が混ざり合う。
六属性すべてが、完璧な均衡を保って私の掌中で踊っていた。
「さあ、始めましょうか。泥沼の家族ごっこは、もうおしまい」
私は婚約通知の書面を、無造作に机に放り投げた。
鏡の中に映る私は、家族に見せている「おとなしい人形」の顔を脱ぎ捨て、前世の社畜時代に培った、獲物を逃さないビジネスライクな冷徹さを宿していた。
魔法学校。
そこで私がどれだけの「異常」を見せることになるのか。
ミレーヌ、あなたの愛の魔法が、私の全属性魔法を前にしてどこまで通じるか、楽しみにしていて。
一ヶ月後、私は馬車に乗り込み、王都にある国立魔法騎士アカデミーへと向かった。
そこが、私の真の覚醒の地となる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
誤字脱字のご連絡ありがとうございます。
感想もいつも励みになっております。
少しでも楽しんでいただけたなら、
評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




