第26話 王子の妃にと願いの効果を
(えっ、なんで…?!なんで、ファビウスがここに…!?)
フリージアは、驚きの表情でファビウスを見つめる。表情は固まり、視線も彼から外せなかった。
(どういうこと…??ファビウスが王子?でも、紹介された名前は、セレス王子じゃなかった——?)
フリージアは、ファビウスとしばらくの間目が合っていたが、ファビウスが自分に向かって笑いかけたり話しかけたりする、というような特別なことが起こるわけでもなく、国王から紹介を受けたファビウスは丁寧にシード家に頭を下げ挨拶をしただけだった。
国王は次から次へと名前を紹介していくが、フリージアはそれどころではなく、ファビウスをじっと見つめながら、このことについて様々な疑問が頭の中を駆け巡り、国王の話など全く頭に入らなかった。
「さて、とりあえず紹介は全て終わったが、お嬢さん方、少しは緊張は取れたかな?」
国王がダリアとフリージアに笑顔を向け、フリージアは、やっとハッとし我にかえる。
(国王様は、私達が緊張していると思って、それで皆様の名前を紹介して、少し落ち着く時間をつくって下さっていたのね…)
フリージアは、国のトップでありながら、下の身分の自分に対し、気遣ってくれた国王の優しさに心が温まり、思わず笑みが溢こぼれる。
そんなフリージアの様子を、ファビウスはじっと見つめていた。
「さてさて、聞いた通りの演奏スタイルに整えてあるが、これでどうかな」
ホールにはグランドピアノが1台、そしてそのすぐ側には、豪華で煌びやかで、所々本物の花が括り付けられた大きなパーテーションが置かれており、そのパーテーションの裏にもう1台グランドピアノが置いてあった。
(なんだか、ホールに置いてあるグランドピアノより、パーテーションの方が豪華ね…)
まるでパーテーションの方がメインかと見間違えるほどで、フリージアは、自分の能力のことが王族にバレているのでは、と一瞬不安が頭をよぎる。
(まさか、そんなはずはないわ…)
フリージアは、自分の馬鹿げた考えをやめ、すぐに深呼吸して気持ちを整えた。
「ダリア、フリージア、さあピアノの前へ行きなさい」
父のシード公爵に言われ、2人はグランドピアノの方へと移動する。
ダリアは歩きながらフリージアの横に体を寄せ、
「ちょっと、パーテーションの裏に来て」
と小声で囁いた。
フリージアはダリアと共にパーテーションの裏へ行くと、そこにはセッティング通りグランドピアノが1台あったが、ホールに出ているダリア用のグランドピアノより新しそうで、艶が出ており手入れがされている様子だった。
ダリアもそれに気がついたようで、目の前のグランドピアノを見ながら顔を引き攣らせていたが、すぐにフリージアの方へ向き直ると、真剣な顔で懇願する。
「フリージア、分かってるわね、セレス王子に私を妃にするよう願いの効果をかけるのよ」
「ダリア、そのことだけど、私できないわ…私…やっぱり…」
(ファビウスとダリアが結婚するように、なんて、祈れるわけない…)
フリージアは、首を振ってダリアから一歩離れる。
「フリージア…!どうしても彼が欲しいの。お願いだから、これが最後でいいから…私を手伝って…!」
ダリアはフリージアの手をギュッと握ると、潤んだ瞳で見つめる。
「私は……」
「祈らないで帰ったら、あなたはこの先ずっと幽閉生活なのよ」
「………」
フリージアは、ダリアから目を逸らし小さくため息をつく。
「わかったわ…これで最後よ、約束してね」
フリージアは力のない声でそう答えると、ダリアの手をそっと放す。
「約束するわ。もし上手くやってくれたら、フリージアの能力を私欲に使うことは禁止にしてって、私がお父様に言うわ!」
「…約束よ……」
(大丈夫よ、フリージア。この能力をこんなことに使うのも今日で最後だから。そう、最後だから…)
フリージアは、パーテーションからダリアと共に出て、ホールにいる王族全員に向かい深くお辞儀をする。
そして、椅子に座るファビウスの顔を見つめ胸をいためる…。
(ファビウス…!)
お辞儀から顔を上げたフリージアは、ファビウスとしばらくの間、見つめ合っていた。
その時間は実際は数秒だったが、フリージアはまるで時が止まったかのような、その瞬間だけは2人だけしかこの空間にいないような、お互いしか目にうつっていない、そんな雰囲気になった気がした。
フリージアは、ファビウスとずっと見つめ合っていたかったが、体を捻り後ろを振り返ると、パーテーションの奥へと引っ込む。
そして、ダリアはホールのグランドピアノの方へと進んでいった。
ダリアが、消音装置をさり気なくピアノにつけたのを確認したフリージアは、ダリアの呼吸と手と指の動きに合わせて、曲を弾き出す。
曲は、有名な英雄の舞踏の曲だ。力強く勇壮な曲調で、演奏は格好良く、聞いている側も鼓舞される気持ちになる曲だ。
王族の前での演奏ならば、この曲は外せないとフリージアは昨日すぐに決めたのだが、フリージア自身も気に入っている曲であり、演奏は楽しかった。
そして、幸か不幸か、自分のお気に入りの曲をファビウスに聞かせることができて、この場がどうであれ嬉しかった。
フリージアは、気持ちよく曲を演奏しながらも、まだ心の中で迷う。
(祈らなきゃ…でも、本当にやるの…??ファビウスとダリアが結婚なんて、絶対に嫌…!でも、生涯幽閉も嫌…)
曲は既に3分の1を弾き終えているが、まだフリージアは決断できず、祈っていなかった。
(どうするの、私…!……どっちを選んでも、私を待ち受けるのは不幸…でも…でも…私は…)
この曲の見せ場である、右手が鍵盤端から中央まで素早く転がるように音が降りてくる小節にきた。
(私は…ファビウスに二度と会えないのは、もう嫌だわ…!)
フリージアは、鍵盤の上からピアノの先端へと視線をうつし、真剣な眼差しで深く息を吸いゆっくりと吐き出す。
(ダリアが、セレス王子の妃となれますように…)
願いをかけ始めたフリージアは胸がズキッと傷んだが、それには構わず、残りの演奏中ずっと願いを祈り続けた。




