第25話 国王の息子
「そんな…黙って効果をかけるなど、反逆行為です…!私はできません…!」
「いいや、やるのだ、フリージア。もしお前がやらないというのであれば、お前を未来永劫、部屋に閉じ込める。二度と外になど出してやらぬ」
じりじりと歩み迫ってくる父シード公爵の威圧にフリージアは押され、後ろの壁にドン、とぶつかる。
「いいな、お前は私たちに従う他ないのだ。やるんだ」
シード公爵に詰め寄られ、フリージアは無言で見つめ返すしかできなかった。
「さあ、そうと決まれば、早くダリアの衣装を決めましょう。どんなドレスがいいかしら。セレス王子がとても豪華な外見でいらっしゃるから、隣にいても謙遜ない華やかなドレスにしましょう」
満面の笑みの母イザベラは、ダリアの肩を抱き、2人でこの場から離れていく。
「フリージア、曲を決めておきなさい。王族の前でも恥ずかしくない曲にするんだ。それから、ダリアが明日にでもすぐ弾ける曲を選ぶんだぞ、いいな」
父シード公爵はそう言い捨てると、イザベラとダリアの後を追って行った。
フリージアは壁に背中をつけたまま、深く息を吐き、暗い表情でその場で1人立ち尽くす。
(嫌だわ…弾きたくない…行きたくない…)
フリージアは、今回の演奏依頼で自分をいいように使おうとする、父のシード公爵と母のイザベラに心底嫌気がさした。
眉間に皺を寄せたフリージアは、両手をギュッと握りしめ、足元の床を見続けていた。
◇◇◇
「シード公爵家のご到着です。どうぞ、こちらへ」
馬車で王城へ着くなり、数十人に盛大に出迎えられたシード家。
フリージアは初めて王城へ来たが、その城の豪華さや、そびえ立つ高さ、広さなどが目にうつっても、それに心動かされる気持ちには全くならなかった。
(嫌だわ…本当に…今日これから、どうしたら弾かなくて済むのかしら…)
父のシード公爵、母のイザベラ、ダリア、そしてフリージアの順番で歩きながら、この後の演奏をどうすれば回避できるのかを、フリージアは暗い表情でずっと考えていた。
考えながら前を歩くダリア、そして母のイザベラを見る。2人は、今まで見たことがない、豪華で綺麗なドレスを着用していた。
フリージアはというと、過去の演奏依頼時に着たことのある水色のドレスだ。
(ドレスが破けて私だけ帰ることになるとかに、ならないかしら…あるいは、私は国王様にもセレス王子にあったことがないのだから、私をシード家のメイドだと勘違いして追い返したりしてくれないかしら…)
フリージアは、何がなんでもこの場で弾きたくなくて、理由さえできれば、今すぐ逃げ出したかった。
「こちらのお部屋で国王様、並びにセレス王子、他本日ご興味がありご来場された、王族の皆様がおいででございます」
馬車を降りてからずっと案内をしていた制服の男性が、静かな声で丁寧にフリージア達に向かって伝える。
父シード公爵、母イザベラ、ダリア、フリージアの順に扉の前で待機していると、男は深々とお辞儀をし扉に静かに触れる。
すると、扉が中から開かれ、ぱああぁっ!と明るい光がフリージア達を包み込み、思わずシード家全員が目が眩み、前に進めず扉の前で立ち尽くし動けなかった。
光に目が慣れてきて目を瞬しばたかせると、そこはとても大きなホールで、壁には大きな窓がいくつも取り付けられ、至る所に煌びやかな装飾が施されていた。大きな窓からは、多くの日の光が取り込まれていた。
そして、そのホールには数十人が椅子から立ち上がり、フリージア達の方を見てパチパチ!と盛大な拍手をしていた。
(えっ…!?こんなに、たくさんの王族の方が…!?)
昨日のシード公爵の口ぶりからは、国王に王子にあとは数人だろうと思っていたフリージアは、思っていた以上の聴衆の数に、圧倒され不安が一段と大きくなる。
(こんなに多くの王族の方々の前で、お父様は、本当に私に願いの効果をかけろというの…?)
フリージアは扉の前で固まっている、父シード公爵に不安げな視線を送る。
「いい?予定通りにね」
すると、ダリアが周囲に聞こえないくらいの小声で、フリージアにコソッと話す。
唾を飲み込み、口を閉じたまま深呼吸した父のシード公爵が、一歩部屋の中へ足を踏み入れ、ゆっくりと歩き始めた。母イザベラ、ダリアもその後に続き、フリージアも俯うつむきながら最後についていく。
大勢の王族の視線を感じるフリージアは、これから自分がすることの重大さに、手が震えるのを誤魔化すため、両手をギュッと前で握り合わせながら歩いて行く。
ホールの中央辺りに国王が座っており、国王の近くへ進むと、シード公爵が片膝をつき礼を始めたので、フリージア達3人も両手でドレスをつまみ、膝を曲げ腰を落とし国王にお辞儀をする。
「本日は演奏会にお呼びいただきまして、真にありがとうございます」
父シード公爵が緊張した声で、国王に挨拶をすると、国王はゆっくりと大きな声で言葉を返す。
「急に呼び立ててしまったため、準備等大変であっただろう。感謝する。さあ、皆頭をあげるといい」
フリージアは、父、母、ダリアと共に、ゆっくりと姿勢を戻し国王を見る。
初めて見る国王は、鋭い眼光ながらも澄んだグレーの瞳に、座っているので分かりにくいが体格もがっしりとしており、立つと背が高そうだった。
(なんだか、どこかで見たような雰囲気の人だわ)
フリージアは、ふんわりとそんなことを思いつつ、国王がまた話し出したため、国王の言葉に聞き入る。
「それでは早速演奏を、と言いたいところだが、まずは、演奏の前に簡単にこちらの紹介でもしようか。——そちらの水色のドレスのお嬢さんは、先日行った息子の初披露会には、来ていなかったようだからな」
フリージアは、突然自分のことを言われ、驚きのあまりビクッとしてしまう。
「ははっ。驚かせてしまったかな。まあそんなに怖がらずに聞いて欲しい。まず私の隣に座っているのは、私の妻で名前は…」
国王が自ら紹介をし始めたことにフリージアは驚き恐縮したが、そのまま静かに話を聞いていく。
「—そして、次に私の隣にいるのは…」
国王が視線を向けた方をフリージアは、緊張しながらも、なんとなく見つめる。
緊張しすぎてボヤボヤとしか最初見えていなかったその人は、
背が高く黒髪にグレーの瞳、体は鍛えてありつつも腰あたりにかけてはくびれており、端正な顔つきの——
「息子のセレスだ」
ずっとフリージアが会いたかった相手、ファビウスが立っていた。




