第13話 告白
「フリージアさん…」
「…今日はね、色々と嫌なことが重なって辛かったんだけど、ファビウスさんに会う予定があって良かったなって…本当に心からそう思ったの…。ファビウスさんと話すと楽しいし、それに、こうやって抱きしめられると、落ち着くの…」
「それは私も同じです。フリージアさんに出会ったあの日から、毎日あなたに会いたいと思っているのですから。この店に毎日のように通うのは、フリージアさんあなたがいるからです」
フリージアはその言葉を聞き、ファビウスの抱かれる腕の中で、ふっと真顔に戻り、ゆっくりとファビウスの胸元を手で押し体を離す。
「フリージアさん…?」
「そうなの、それが私の演奏による願いの効果だから…」
「願いの効果?」
フリージアは小さく笑うと、視線を落とし膝の上に置いた自分の手を見る。
(彼が私に会いたくなるのは、私がかけた願いの効果のせい。私が彼に抱いているこの気持ちと彼の私への気持ちは、きっと違う…)
ファビウスに初めて会った日、それから次の日共に、店ファビアスへの集客を願いピアノを演奏し、ファビウス含め観客全員に願いの効果をかけた。
なので、彼がここに来たいと思うのは、効果を考えればごく当たり前のことだ。
人によって効果のかかっている時間は異なるのだが、独自で行った過去の統計によると、まだ効果中である可能性は高い。
(彼がここに来たいのも、効果がまだ持続しているから…ここに来たい気持ちを、私への気持ちと勘違いしてしまってるんだわ…。最悪ね…自分でかけた効果が、自分を苦しめることになるなんて…)
「フリージアさん、演奏の効果とはなんですか…?」
「ただの独り言よ…気にしないで…。それより、午後予定があるのでしょう…?そろそろ行った方がいいんじゃないかしら…?」
フリージアは顔を上げて、お得意のつくり笑顔をファビウスに向ける。
(…もう彼に願いの効果をかけなければ、ここに毎日来たいとも…私に会いたいとも思わなくなるわ…)
また涙が込み上げてきたが、目をわざと細くし笑っている顔をつくることで、なんとか誤魔化そうとする。
「…そうですね。そうします」
ファビウスの言葉に、胸がズキンと痛むフリージア。涙が溢れそうだったが、頑張ってつくった作り笑顔は崩さないように耐える。
立ち上がるファビウスを見て、フリージアは自分も立ち上がろうと椅子から腰を上げる。
(もう、これで彼とも終わりだわ…)
「と、でも言うと思いましたか?」
「えっ?」
立ち上がったフリージアをグイと引き寄せ、ファビウスにまたも抱きしめられる。今度は少し強引で、抱きしめる力も先ほどよりは強い。
「ファビウスさん、痛い…離して…」
「嫌です。今離したら、あなたはどこかへ消えてしまい、もう二度と会えない気がします…」
「……そんなこと…ないわ…」
「うそだ。それなら、どうして、急に私を帰らせようとしたんですか」
「だって、午後用事があるようだから、私のせいで遅れてはいけないって…そう思っただけです…」
「……。それを承知で、私は今日ここに来ています。午後予定がありますが、午前中だけでもと、マスターに貸し切りにしてもらってまで、今日ここであなたに会いたかったんです。…フリージアさんは知らないでしょう、私が…毎日、あなたのことが頭から離れず、あなたのことを考え、あなたに会いたいと思っていることを」
フリージアを真っ直ぐに見つめるファビウスの目に、フリージアは自分の気持ちがぐらつく。
(でも、これはきっと効果のせいだから…まともに受け取ってはだめよ、私…)
ファビウスの目を見つめ返しながらも、動揺と困惑で視線が泳ぐフリージアは、黙ったまま言葉を何も返せずにいた。
「…フリージアさんは、私のことが嫌いですか」
「そんなっ…!嫌いなわけないじゃないですか…っ!」
(それどころか、私は今ファビウスさんのことが、好きになりかけてる…)
言いたい言葉を、呑み込むフリージア。
「それなら、私にまた会ってくれますよね」
「それは……」
「会ってくれませんか…?」
フリージアは、ファビウスに抱きしめられたまま考える。
できることなら、またファビウスに会いたい。でも、もし次に会う日までの間に、かけた効果が切れてしまったら?会う約束をしていても、そのせいで彼が来なかったら?
(そうなったら、傷つくのはまた私…)
この能力があっても、どんなに周囲から演奏を褒められても、フリージアはいつも孤独を感じていた。
結局は、皆んな願いの効果にやられているだけなのだから。
でも、今はファビウスの存在が、フリージアにとって大きな心の拠り所なのだ。
相手から切られるより、自ら突き放して失うことの方が、よっぽど傷つかない気がしていた。
「…フリージアさん、私はあなたにまた会いたいです。心から、本当に…その…つまり、あなたのことを…」
ファビウスは緊張した顔つきで、フリージアを見つめる。
「フリージアさん、私はあなたのことが好きです」
ファビウスはそう言うと、フリージアの頭の上に優しくキスをする。
(…ふわぁっ!?)
突然のキスに、驚きと動揺でファビウスの腕の中で、ぎごちなく動くフリージア。
「フリージアさんは、私のことをどう思っていますか…?」
ファビウスが照れた顔で、フリージアの顔を見つめる。だんだんと、ファビウスの耳が赤くなっていくのが分かる。
「私…は…、その…えっと…」
フリージアが言い淀むのを、黙ったまま真剣にフリージアを見つめ聞こうとするファビウスの態度に、フリージアは心を動かさせる。
「…好き……です…」
「本当ですか!?」
目をキラキラさせて喜び笑顔になるファビウスを見て、フリージアは驚く。
「良かった!好きではない、と言われたらどうしようかと不安でした」
ファビウスが、はぁ〜っと深く息を吐くと、片手でフリージアの片方の頬を包み込む。
「嬉しいです。本当に。夢みたいです…」
潤んだ瞳で愛しいものを見るような、優しい眼差しをフリージアに向けるファビウス。
「そうなると、もっとお互いのことを知る必要がありますね」
「あっ、それは私も同感です。私たち、お互いのことを、あまりにも知らなさすぎですもの。私なんて、ファビウスさんのことはお名前しか分かっていないですわ」
「そうですね…。確かに、私はフリージアさんに話さなければいけないことがあります…。他にもたくさん…いや、まぁたくさんと言っても、一般的な人と同じくらいか…?」
「えぇっ、なに、まさか…スパイとかじゃないですよね?」
「それはどうでしょう。でも、名前しか知らないなか、私のことを好きになったんでしょう?私がどんな人物でも、受け入れてくれますよね?」
「ええっ…でも、さすがにスパイは…ちょっと…」
2人は、あははっと楽しそうに笑うと、またお互いに体を密着させ抱き合う。
「時間が足らないですね。ここで会うだけでは、私は満足できそうにないです。私の馬にフリージアさんを乗せたいですし、この前のように一緒に食事もしたい、それからフリージアさんのピアノをもっと聞きたい」
「ありがとうございます…。ピアノのことなんですが、私も、ファビウスさんに話さなければならないことがあります…。それを話したら、嫌われてしまうかもしれないけれど…」
「それは私も同じです。こうなる前に話すべきことを、私たちは後回しにし過ぎましたね…。そうですね、そうしたらこれから仲を深めるためにも、まずは第一歩として、私のことをファビウスと呼んでもらえませんか」
「それでしたら、私のことは、フリージア、と」
「…フリージア…」
「なぁに、ファビウス…」
2人は溶ろけるような顔で、互いをじっと見つめる。
徐々にファビウスが身を屈め、フリージアの顔へ近付いてくる。
お互いの浅い呼吸から繰り出される静かな吐息が、互いの唇にかかる。
「お取り込み中、申し訳ありません…」
マスターの声に、ファビウスとフリージアは慌てて離れる。
店奥に引っ込んだとはいえ、マスターが一応同じ店内にいたことをすっかり忘れていた。
「ファビウス様、そろそろお時間のようでございます…」
「…そうか、分かった。ありがとう」
ファビウスは恥ずかしそうに軽く咳払いをすると、目の前に立つフリージアを見つめる。
「明日、また会いたいのはやまやまなのですが、明日は一日中やらなければならないことがありまして…。その翌日の明後日に会うのはどうでしょうか?フリージアの予定は、どうですか?」
「ごめんなさい、明後日は、演奏活動がありまして、少しここから離れた場所から依頼を受けたものなので、おそらく一日かかってしまうと思います。会うのは難しいかもしれません…」
「それは、先日話していた隣領地のウィン公爵からの依頼ですか?」
「そうです。よく覚えていますね」
「フリージアの話したことなら、ほとんど覚えていますよ。例えば…」
「ファビウス様」
マスターとは違う声に、ファビウスとフリージアはバッと振り返る。
マスターの隣には、立派な制服を着た男性が立っていた。
「ファビウス様、お時間でございます。お話はつきぬようでございますが、約束の時間に遅れてはなりませぬ」
「いつからそこにいた?」
「今、店内に入ったばかりでございます」
「わかった。もう行くから、先に行っててくれ」
「承知いたしました」
制服を着た男性はファビウスに頭を下げ、規律の整った身のこなしで店内から外へ出て行った。
「今の方は…?」
「私のところの…使用人です。フリージア、馬車で帰り道がてら家まで送りましょう。明るい時間帯とはいえ、フリージアのような綺麗で可愛い女性が、1人で歩くのは危ないですから」
「ふふっ、そう言っていただけて嬉しいです。でも、私はそんなに遠くはないので大丈夫です。それより、使用人の方がお急ぎのようでしたわ、ファビウスはもう行って」
「次に会う日を決めましょう。3日後に、ここで会うのはどうですか?午前中に。その後、互いに予定が空いていれば、昼食を一緒にとりませんか」
「えぇ、3日後なら大丈夫です。昼食もご一緒したいです、嬉しいです!」
フリージアの笑顔を見て、ファビウスは嬉しそうな顔でフリージアの体に触れる。
「次は明後日ですか…。2日も会えないのは、私は気が狂いそうですが」
「ファビウス様!」
外から店内へ再度入ってきた制服の男性が、痺れを切らしたように声をかける。
「それじゃあ、フリージア。また明後日に」
ファビウスはフリージアの頭の上にもう一度キスをすると、愛しそうな眼差しでフリージアを見つめ抱きしめた後、店外へと出ていく。
フリージアは、ファビウスが出た後にマスターにお礼を言い、自分もゆっくりと店を後にする。
街の外は午前中とは違い、至る所に装飾や花が飾られ、王子の初お披露目を祝う華やかな街になっていた。




