第12話 王子のお披露目会
翌朝、朝食室に向かうフリージアは、途中で同じく朝食に向かうダリアと会った。
「おはよう、ダリア。調子は…どう?」
昨日、ダリアに願いの効果をかけたフリージアは、始終テンションの高いダリアの様子に戸惑った。
今日もそうなのではないかと、気が気ではない。
「おはよう〜、フリージア!うぅ〜ん調子はとってもいいわよ!…んもぅ〜大丈夫よっ!昨日とそんなに変わらないけど、お父様とお母様に何か言われても内緒にしておくからっ、そんなに心配しないのっ」
フリージアの鼻をツンと軽く指で押すダリアに、フリージアは脱力する。
今朝も、普段のダリアとは様子が明らかに違っている…。
これから朝食室で、父母に何て言われるだろう、と不安が増す。
朝食室前に2人が着くと、使用人が扉を開けてくれ、中には父母が先に座って待っていた。
「おはようございます、お父様、お母様」
2人は挨拶をすると、席に着く。
父のシード公爵と母のイザベラも2人に挨拶を返し、いつものように食事が始まる。
食事は皆で揃いすることになっているが、会話が多いわけではない。
今日の体調を聞かれ、たわいもない話をしていると、
「うぅ〜んっ!この卵料理、最高ぉ〜!」
ダリアが頬を抑えて至福そうな顔で口を動かす様子を、皆が一斉に見つめる。
(まずいっ…!)
フリージアはスプーンを口に入れたまま固まりながら、全員の顔を目だけ動かして確認する。
「ダリア、その卵料理は毎日出ているが…今日のは何か特別に美味しく感じるのかい…?」
父のシード公爵が、怪訝そうに苦笑いしてダリアを見る。
フリージアは、口に含んでいた食べ物を急いで飲み込むと、口を開く。
「そういえば、お父様とお母様は昨日ドレスのお店へ行かれたそうですが、お母様はどんなドレスを買われたのですか?」
今度は、父のシード公爵と母のイザベラが、目を丸くしてフリージアを見る。
それもそのはず。食事会では、フリージアは3人の会話に入れられることもなければ、自ら話しかけることもないのだから。
母のイザベラが、驚きながらもゆっくりと話し出す。
「…最近はよく話すわね、フリージア。昨日は、私だけのドレスを購入したわけではないのよ。ね、あなた」
「あぁ、そうだ。実はだな、今日の午後、国王の息子である王子との初めての顔合わせ会が催される、との知らせが急遽届いてね。まぁ、言うなれば初お披露目会とも言おうか。なので、着ていく用のドレスを新調しようかと、店へ行ったのだよ」
「まぁ〜っ、王子様と!?そんな、今日の午後なんて、私なんの準備もできていないわっ!」
「まぁまぁ、ダリア落ち着きなさい。急遽開催なんだ、それは皆同じだろう。それに、食事を取った後に準備に取りかかれば、間に合うだろう」
フリージアは、話を聞きながらスプーンでスープをすくい口に含み、ゆっくりと飲み干す。
自分達がもう結婚しても良い年齢になっているのは分かっていたが、こんなにも早くこういうことが日常生活に舞い込んでくるとは。
まだまだ、演奏活動をしながらゆっくりと日常を送りたかったフリージアは、ダリアとは対照的にその知らせに気分が落ち込んだ。
「ごちそうさまでした。さぁ、急がなきゃ!」
ダリアが早々と食事を終わらせ、嬉しそうに立ちあがり食事室を出ていく。
それを見計らったかのように、父のシード公爵と母のイザベラが顔を見合わせ、フリージアに緊張した面持ちで話しかける。
「フリージア、先ほどの話なんだが、王子のお披露目会はな、遠くから王子に挨拶をする程度で特に大した接点をつくるわけでもなくてだね。それから、うちの馬車は最初は子どもはダリア1人だったこともあって、そんなに大きな馬車を購入していなくてな。今日はイザベラもダリアも、新調した大きめなドレスを着るんだ、それで馬車の中もそんなに余裕がなくてな…、申し訳ないのだが…」
(あぁ…私に一緒に行って欲しくないのね)
フリージアは歯切れの悪いシード公爵に、苦笑いする。
「分かっております、お父様。私は別に王子様に興味もありませんし、そういう場も苦手ですもの。うちで待っておりますわ」
「すまない、フリージア」
「3人で楽しんできてください。それでは、私は食事を終えましたので、失礼いたします」
父のシード公爵と妻のイザベラの何か言いたげな視線を感じだが、フリージアは声をかけられたくなくて、早歩きで食事会場を出ていく。
(今日は、この後にファビウスと会う約束があって良かった…)
フリージアは薄っすらと込み上げてくる涙を堪えながら自室へ行き、ファビウスに会いに行くために着替え始める。
着替えを終えエントランスホールへ向かうと、今日の午後の準備のためか、使用人達が慌ただしく動き回っていた。
その使用人達の目を掻い潜くぐって、屋敷を出ようと扉に向かう。
「今日も街でしょうか」
背後から優しく声をかけたのは、執事のセバスチャンだった。
「うん…そうよ…。行ってくるわ…」
「承知いたしました」
何か言われるのかと思ったが、すんなり受け入れられたことで、フリージアは悟った。
(午後、私は家族と同行しないことを知っているのね…)
フリージアはまたも涙が込み上げてきて、急いで扉を開けて屋敷を出て走っていく。
街には人が少なかった。そして、まだ午前中早い時間のため、開店前の店がほとんどだった。
(早く出て来ちゃったけど、ファビアスのお店は、こんなに早くから空いているのかしら…?)
店ファビアスの前に来ると、人気はなく、店の前には看板がかけられており、それには「closed」と記されていた。
外の小窓から店の中を見ると暗い。
「やっぱりね…」
フリージアは乾いた笑いをすると、また涙が込み上げてくる。
「どこで待とうかな…まぁ1人は得意だし…」
フリージアは店に背中を向けると、来た道を戻ろうとする。
「フリージア!」
手を掴まれ振り返ると、ファビウスが焦った顔でフリージアを見下ろしていた。
見上げて見たファビウスは、日の光もあいまって、あまりの格好良さにキラキラと光って見えた。
「店は空いています。中に入ってください」
「え、でもクローズって…」
「午前中だけは、マスターに言って貸し切りにしてもらったんです。なので、中には私とフリージアさんの2人だけです」
ファビウスに手を引かれ、店の中に入るフリージア。
午前中の明るいうちでも店内はいつもと同じ暗めの照明で、奥のカウンターにマスターが立っており、フリージアを見ると、にこやかな笑顔でお辞儀をしてくれた。
「座りましょう」
ファビウスに言われ、店内の円卓の席の1つに腰掛けると、ファビウスも隣の席に座る。
前も側に座ったが、今日は店内に2人だけなこともあり、フリージアは緊張して体が縮こまる。
それに、前回よりなぜか距離が近い。
マスターが2人の円卓に来てお水と紅茶とお菓子をそっと出すと、
「ごゆっくりとどうぞ」
と一言話し、店内の奥に引っ込んでしまった。
「何かあったのですか」
「えっ…?」
「泣いていたでしょう」
ファビウスが、フリージアの顔を覗き込みフリージアの頬に優しく手を当てる。
「大したことではないんです…ただ、色々なことが重なってしまって、ちょっと…」
フリージアはファビウスの手に自分の両手を重ると、頑張って笑顔をつくる。
しかし、頑張って笑おうとしたせいで、余計に涙が次から次へとこぼれ落ちる。
「ご家族と何かありましたか」
「……どうして…」
「先日、ご家族のことを話してくださったときに、随分と遠慮されているようでしたので、もしかして…と」
「…家族って、なんなんでしょうね…。私の今の家は、私の力が必要なときは私に協力を求めるのに、その必要がなければ、私とは一緒にいたくないみたいです…。家族にとって私は家を繁栄させるための都合のいい道具で、人としてはゴーストみたいなものです、きっと…」
フリージアは、ふふっと泣き顔で笑う。
「…ご家族に、あなたの味方をして下さる方はいないのですか」
「…同い年の女の子が…いるのですが、昔は仲良かったのです…でも、今は私が彼女の嫉妬の対象になってしまったみたいで、仲がギクシャクしてしまってて…」
「なぜ嫉妬されているのか…理由を聞いてもいいですか」
「原因は…ピアノの演奏です…。実は、彼女と一緒に演奏活動をしているんです。でも、なんていうか…私だけが注目を浴びてるように思えたようで、それでうまくいかなくなってしまいました…」
「そうですか…。近しい仲ほど余計に辛いですね。どうにか仲が戻ればいいのですが…何か私が手伝うことができれば…」
「いえいえ、そんなっ、ファビウスさんのお手を煩わすようなことは…!それに、今は…その…なんていうか訳あって一時的にギスギス感は失せてるので、まぁ…」
フリージアは、まだファビウスに能力のことは話せないと思い、隠して伝える。
「そうですか。それなら良かったのですが…。もし、また家族間のことでもそれ以外でも、困ったことがあれば私に話してください。フリージアさんが悲しむことがないよう、私がなんとかします」
ファビウスはフリージアの涙で濡れた頰を優しく拭い、温かい眼差しでフリージアを見つめる。
黙ったまま視線を落とし頷くフリージアは、急にファビウスに力強く引き寄せられ、抱きしめられる。力は強かったが、包み込む腕は優しかった。
フリージアは突然のことに心臓がドキドキしたが、ファビウスの広い胸元に抱きしめられている抱擁感に、気持ちが落ち着いていく。
(それに、いい匂い…)
香水でもなくファビウスの体から自然と香るようなその匂いに、フリージアはもっと匂いを嗅ぎたくなりファビウスの体に顔を埋め、ギュッとしがみ付く。




