第11話 家族への効果
フリージアは屋敷へ戻ると、そのままピアノの練習室へと向かう。
ファビウスとの過ごした時間が楽しかったので、その余韻をもう少し1人で味わっていたかったのだ。
ピアノの前に座ると同時に、簡単なワルツを弾く。
願う理由も相手もいないので、能力を使わずに、ただピアノを弾きながらワルツのメロディーを口ずさむ。
「ラララン〜ラーラーラー」
「ずいぶんご機嫌ね、フリージア」
練習室の壁によりかかるようにして、ダリアが立っていた。
「ダリア、いつからいたの…。気がつかなかったわ」
「少し前よ。ピアノに夢中だったものね」
ダリアはゆっくりとフリージアの方に近寄ると、ピアノに手を置きフリージアを見る。
「何かいいことでもあったの?」
いつものダリアとは違い、ピリピリしているような、言葉の端々に何か含みを感じる。
それに、フリージアに向けられた視線も心なしか冷たく感じる。
「特にないわよ…どうして?」
今のダリアに正直に話すべきではないかも、と思ったフリージアは言うのをやめておいた。
「街で何かいいことでもあった?」
「どうして、街に行ったことを…」
「知っているのか?セバスチャンに聞いたのよ。今朝、朝食室で依頼を受けたウィン公爵の子供の誕生日会の件で話したいことがあるって、フリージア言ってたじゃない。急遽マリア夫人の所へ行くことになったから話せなかったし、帰ってきたら疲れてるからフリージア休んだじゃない?眠りから覚めたら、改めてウィン公爵の件で話を聞こうと思って、部屋を尋ねたのにいないんだもの。セバスチャンはあまり言いたくなさそうだったけど、しつこく問い詰めたらフリージアが街に出て行ったことを教えてくれたわ」
(セバスチャン、すぐには話そうとしたかったのね)
フリージアは、セバスチャンに申し訳ない気持ちと感謝の気持ちと半々になる。
「ねぇ、フリージア、街で何してたの?」
「お店を見たりしていただけよ…なぜ?」
「なぜ、って、フリージアからウィン公爵の件で話があるって言ってきたのに、それより優先させるほどに、街で何か楽しみなことがあったのでしょう?しかもウィン公爵の依頼は急に今週末にって入った話で、本番まで時間がないのに。よっぽどのことでしょ?」
「ごめんなさい、そうだったわね…私から話を振っておいて悪かったわ、ごめんね」
「別にいいわ」
「そしたらダリア、当日ウィン公爵家で弾く曲を教えるから、夕食までにまだ時間があるし今から練習しない…?」
「えぇ、いいわよ」
(なんだか最近はダリアとの仲が、うまくいかない日ばかりだわ…)
フリージアは養女としてシード公爵家に引き取られてから最近まで、ダリアとは一度も喧嘩をしたこともなく、周りからも評判なほどに仲の良い2人だった。
(いつから、こんな関係になってしまったんだっけ…)
フリージアは自分に向けられるダリアの態度に、本当は寂しかったし、以前の様な仲に戻りたかった。
「そしたらダリア、ウィン公爵の誕生会の件だけれど、訪ねてみたらちょっと複雑だったの。ウィン公爵は再婚されていて、今回の依頼はそのお相手との間で生まれた子供の誕生会なの。でもね、その子以外に、前妻との子もいるんだけれど、ウィン公爵としては後妻との子だけをお祝いをしたいみたいなの」
「あら、真の兄弟じゃないって、なんだか私とフリージアに似てるわね」
「……そうね。でも前妻との子、長男のクラウス様は次男のロード様を可愛がってらして、兄弟仲は良さそうだったわ。それでね、ウィン公爵は下の子の成長だけを願われていたんだけれど、当日はクラウス様ロード様2人に向けて願いたいなって」
「気持ちは分かるけど、でも、それってウィン公爵の依頼内容に反するんじゃない?フリージアの気持ちだけでそうしたいって、それって良くないんじゃかいかしら」
「やっぱりそうかな…」
「自分と重なって、ウィン公爵家の長男に同情でもしちゃった?」
「そういうわけじゃないんだけど。…ねぇダリア、最近なんだかちょっと言い方が意地悪よ…。私、何かあなたの気に触ることでもした?」
「そう?私はいつも通りのつもりだけど。フリージアが、ちょっと敏感になり過ぎてるだけじゃない?」
「前のダリアは、そんな嫌な言い方はしなかったわ。私が何かしたんだったら教えて。謝るから…」
「じゃあ言うわ。ウィン公爵が依頼しに来たとき、公爵は私じゃ話にならないって態度だったの。私だって自分の知識が乏しいのは分かってるけど、私だって精一杯頑張ってるの。それなのに…この前のお母様だって、マリア夫人のお礼をフリージアに向けて言ってたし、フリージアは1人でコソコソ街に行って何か楽しんでいて…!皆んな、私のことちゃんと見えてるの!?なんだか、まるで…私がフリージアのただのお飾りみたいじゃない!フリージアが私のゴースト役で、私がシード公爵家の真の娘なのよ!」
「ダリア…」
捲し立てるように話した後、涙を浮かべるダリア。
「私の能力のせいで、そこまでダリアを追い詰めてるとは思わなかったわ…気が付かなくてごめんね」
「…いいの…別に自分でも分かってるの…私は、フリージアの能力に嫉妬してるだけだって…」
「……」
「ねぇ、フリージア…お願いがあるの。今、私に演奏で願いの効果をかけてくれない?私は才能があって、家族からも愛されてるって」
「ダリア、何を…そんな願いをかけなくても、家族からは愛されているし、本番では音無しで弾いているけど、本来はピアノも上手だわ…!」
「ありがと、でも今は自信がないの。こんな状態じゃ、フリージアと今後うまく演奏できるか分からないわ…お願い」
「でもっ…、分かってると思うけど、効果は長くは続かないわよ、効果が解けたときに、また嫌な思いにとらわれたりするかもしれないし、それにお父様お母様に、あなたに効果をかけたことが知れたら、きっと激怒するわ…」
「いいの。今のこの気持ちのままじゃ、私フリージアと演奏を続けられないかもしれない。でも、依頼は入っているしそれをもし断れば、シード家の威厳に関わるわ…。だから、効果をかけて!それで、私の調子が良さそうなら私にウィン公爵の件を話してみて、お願い」
「…分かったわ…それじゃ、いくわよ…」
ダリアが頷うなずき目を閉じたのを見て、フリージアはピアノを弾き始める。
切ない旋律から鋭い音に変わっていき半音階ですすむその旋律は、フリージアの葛藤する今の気持ちを表しているようだった。
(才能豊かなダリア…これからも、家族から深く愛され続けますように…そして、自信を取り戻せますように…)
フリージアは、ダリアからの願いに加え、もう1つ願いを付け、願いをこめて演奏する。
フリージアの願いは音に込められ、ダリアへと届いていく。
通常どおり10分ほどで演奏を終えると、ダリアはそっと目を開けた。
「どうかしら…効果はかかってる感じする…?」
ぼーっと1点を見つめているダリアに、フリージアは恐る恐る尋ねる。
「効果がかかると、こんな感じになるのね…」
「変な感じ…?」
「…何言ってるのよっ…!!最、高よっ!!私、こんなに幸せで魅力溢れる存在なのに、さっきまでなんであんなにネガティブだったのかしら!?もうっ、あんなウジウジ泣いて私ったら、本当良くないわね!」
「気持ちが上向きになったのなら良かったわ。ダリア、ウィン公爵の件だけれど、約束通り、早速話すわね」
「もちろんっ!いいわっ!あなたの言う通りをなんでもきくわっ!」
テンション高めのダリアに、フリージアは大丈夫なのかと心配になる。
「そしたら、まず何の願いをかけるか、なんだけれど、兄弟2人が健やかに仲良く暮らして行けますように、あとは、家族全員が仲良く幸せでありますように。こうしようと思うんだけれど、どうかしら…?」
「いいんじゃない!素敵な願いっ!フリージアは本当優しいわねえ」
「…ねぇ、ダリア。本当に真剣にそう思ってる?さっきまで、私の考える願いに反対だったのに…、なんだか私がかけた効果のせいで、ちょっと興奮気味でなんでも良くなってるんじゃない?」
「何言ってるの、フリージア!私は大丈夫よ〜」
ずっと笑顔のダリアに、フリージアはこの後の夕食の場がとてつもなく不安になる。
「ねぇ、ダリア。効果をかけたこと、お父様達には言った方がいいんじゃないかしら」
「だめっ!言ったら、きっと怒られるわ!」
「でも、その感じ…絶対不審に思われるわよ…」
「いいのっ!フリージアったら、ほんと心配性なんだからぁ」
コンコン
練習室のドアが叩かれた音がする。
「はーい。どなたかしらぁ?」
「セバスチャンでございます。ご夕食のご準備ができました」
「わかったわぁ、今から行くわぁ」
「そちらに、フリージア様もいらっしゃいますか?」
「いるわよぉ」
「お2人に、お伝えしたいことがございます。旦那様と奥様お2人とも、先ほどドレス専門店へ向かわれました。そのため、本日の夕食はお2人のみになります。それでは、食事室でお待ちしております」
セバスチャンが去った頃合いを見計らい、2人は喜びの声をあげ、安堵し笑顔になる。
「良かった〜!!これで、問題なくなったわね!」
「でもなんでこんな遅い時間に、急にドレス専門店に行ったのかしら??」
フリージアとダリアは顔を見合わせる。




