第10話 生クリームと甘い時間
ケーキと紅茶を運んできたのは、注文を取りにきたときと同じ女性の店員だった。
店員はケーキや紅茶をテーブルに置き終えると、ファビウスの方を熱い視線でじっと見つめる。しかし、ファビウスは気にも止めずフリージアに話しかける。
「いただきましょう。…うん。私の注文したケーキは美味しいですよ、よろしければ一口どうですか」
「えっ、そんな…!大丈夫で…」
しかし、ファビウスはフォークにケーキをさし、フリージアの口元へと近づける。
(そのフォーク、彼が一度口に入れてるのに…!私が口に入れてもいいのかしら)
間接キスになることにフリージアはドキドキするも、ファビウスはこれをどう捉えているのか分からず、どうしようか困ったがとりあえず流されてみる。
「…いただき、ます…」
顔が絶対赤くなっていると思いながら、控えめに口を開けファビウスのフォークを口に含む。
「うんうんうん…おいしいです」
ファビウスにずっと見つめられ、緊張で全身から汗が出そうだった。
「よかった」
満足そうな笑顔になるファビウスに、フリージアは初めて彼の少年っぽさを垣間見た気がした。
そして、そんな2人のやり取りを目の前で見ていた女性の店員は、涙目になり足早にいなくなった。
フリージアは女性を目で追い、その後ファビウスを見たが、彼はフリージアを見つめているだけで、女性の方は気にしていないようだった。
「今のように…きっと女性からモテるんでしょうね」
「気になりますか」
「えっ…と…、気に…は…なります…!」
「ははっ。あなたは正直ですね。そうですね、女性から手紙をもらったりなどはありますが、私は好きな女性以外は別に興味はありませんので」
(好きな女性いるんだ…)
フリージアは自分のした質問で勝手に傷つき、話題を変えようとする。
「…この、ケーキにのってるフルーツより、ファビアスのお店のマスターが出してくださった、フルーツ盛り合わせの方が美味しかったです」
「彼は一流のシェフですからね。フルーツも他の食事も、どこの店よりも美味しいと私は自信を持って言えます」
「シェフ…?マスターじゃなくて?」
「あぁ…言っていませんでしたが、マスターと私は知り合いでして…。実は、私の住んでいた家で、以前シェフ長をしていたんです」
「まぁ、そうなんですか!でも、今はシェフをやめられて?」
「夢である自分の店を出したいと、それで辞めました。私を含む私の家族全員が、彼の料理の腕前に惚れていましたので、やめて欲しくはなかったのですが、彼がどうしてもやりたいことならば、と父上が承諾したんです」
「お知り合いだったのですか。なので、ファビウスさんはあの店に来ていたのですね」
「そうです。店をオープンしたと聞きまして、応援をかねて時々通っていました。彼は大衆的な店にはしたくないとの思いがあったようで、フリージアさんもご存知の通り、外観は入りにくい一見さんお断りのような感じで…私も最初は入るのを躊躇いました」
「ふふっ、本当に見た目はそうですよね。でも、私はあの雰囲気が好きです。なんだか、秘密の隠れ家みたいな感じで」
「気が合いますね。私も好きです、フリージアさんと会える場所ですから」
「えっ…」
フリージアを真っ直ぐに見つめるファビウスに、フリージアはまた心臓がドキドキする。
「えっと、あの…でも、ファビアスのお店は…人がいっぱいで、2人で中で会えなく…なってしまいました…ね」
(お店に人が来るよう、願いの効果をかけた自分のせいなんだけどね…)
フリージアはマスターと店のために良かれとやったことが、まさか自分にとってマイナスに働くとは、とため息をつく。
「あの溢れかえるような人は、私も通い出してから初めて見ました。フリージアさんが演奏してから、急に人が集まりだしましたね。演奏が素晴らしいので、人が人を呼ぶのでしょうね。そういう私も、フリージアさんの演奏を聞いた次の日は、店に人を連れてきてしまいました」
「そうなんですか!どなたを連れて来られたのですか?」
「父上です。父もマスターに会いたがっていましたから、これを機にと声をかけました。ですが、フリージアさんが来られる前には帰ってしまいましたが」
ウィン公爵の屋敷の後に店ファビアスに向かい、行くのも帰るのも遅くなった日だ。
「せっかくなので、フリージアさんを紹介したかったのですが。前回はタイミングが合わず残念でしたが、またそういう機会を作れればいいなと、個人的に思っています」
「えっ…!?」
(それって…ただの知人としての紹介?!それとも…)
ファビウスの手が、フリージアの頰をそっと撫でる。
(それとも…私は…自惚れてもいいの…?)
ファビウスの指が、フリージアの小さめの口元に、ゆっくりとおりてくる。
フリージアとファビウスは、互いに見つめ合ったまま、フリージアは呼吸の仕方を忘れたかのように息を止める。じっと見つめていると、ファビウスの綺麗な瞳に吸い込まれそうな気持ちになる。
ファビウスが、フリージアの口元を輪郭にそって優しく指でなぞる。そして、その後に指先をフリージアに見せる。
「つけたままでも可愛かったのですが。美味しそうな生クリームを取りました」
ファビウスは楽しそうな笑顔で、生クリームのついた指をペロリと舐める。
(生クリームがついてたの…!?私ってば勘違いして…恥ずかしいっ…!!)
フリージアは恥ずかしさのあまり、俯いて目をギュッとつぶる。
そんなフリージアの様子を見て、ファビウスはクスッと笑う。
「あ、ファビアスの店も先ほどより人が減りましたね。どうしますか、ここを出て行ってみますか?」
ファビウスに言われフリージアも店を見てみると、確かに人は減っていて2人だけならなんとか入れそうだった。
だが、既に日は落ちかけており、フリージアは家族との約束を思い出し、残念な気持ちになる。
「ごめんなさい。私も行きたいのですが、日が落ちる前に帰ることが、うちの家族との約束なので、今からは行けなさそうです。せっかく誘っていただいたのに、ごめんなさい」
「いえ、女性は暗くなってからは危険ですし、誘った私が悪かったです。フリージアさんとまだ一緒にいたくて、つい無理を言いました。すみません。そろそろ行きましょうか」
席を立とうとするファビウスに、フリージアは思わず口を開く。
「あの…わたしも…!私も……もっとファビウスさんと一緒に話したり、本当は…したいです…」
驚いて見つめるファビウスの視線を感じ、フリージアは顔を赤らめ視線を落とす。
「また明日、会えますか。ファビアスの店で。午後は私用があるので、私の都合で申し訳ないのですが午前中に会えればと思うのですが…ご都合はどうでしょうか」
「行けます…!でも、また人でいっぱいだったら…」
「マスターに言って、入れるようにしておきます。必ず」
ファビウスはフリージアの手を取り、優しく握る。
その後、フリージアの頰に手をあて、また唇の形に沿って指先で優しくなぞる。
彼の触れ方にまたもドキドキしていたが、彼にばかり主導権を握られて、自分だけ緊張するのもずるいと感じたフリージア。
「また、生クリームついてます?」
目を細めてイタズラっぽく笑うフリージアに、ファビウスは、ぶはっ、と思わず照れながら笑い出す。
「あはははっ!…ついてないです。ははっ。本当に、あなたは知れば知るほど魅力が増す人だ」
ファビウスは笑いながら、潤ませた瞳をフリージアに向ける。
「さぁ、行きましょう、途中まで送ります。今日も、馬車で来たのですか?」
ファビウスは先に席を立ち、フリージアの手を取りフリージアが席を立つのを手伝う。
「いえ、今日は徒歩で来ました。ありがとうございます」
「徒歩ですか。ここから、ご自宅は近いのですか?」
「うーん、そうですね、例えドレスと高いピンヒールを着ていても、歩くのに苦にならない程には近いです。ファビウスさんは?近いですか?」
「私は…そうですね、徒歩では難しいので、フリージアさんと同様馬車か、あるいは馬に乗ってくるか、ですね」
「馬にも乗れるのですか、すごいですね!」
「もし宜しければ、今度一緒に私の馬で散歩しませんか」
「わぁっ!ぜひ!楽しそうです!」
フリージアは目をキラキラさせ、思わずファビウスの両手を取り彼にぐっと近づいて、顔を見上げる。
すると、ファビウスの顔がどんどん赤くなっていき、顔をさっと横に背ける。
(…あれ?)
フリージアがキョトンとしていると、ファビウスはフリージアから片手だけ手を離し口元を隠したあと、サッと背を向ける。
「暗くなる前に早く出ましょう」
フリージアの手を引きながら前を歩くファビウスの耳は、真っ赤だった。
「ふふっ」
「…なんですか」
「なんでもないですっ」
日が沈んでいく中、2人は互いの顔を見ながら笑いながら街中を歩いていく。




