第14話 頭へのキス
「フリージアっ、ただいまぁっ!」
寝ようと自室でネグリジェに着替え終えた頃に、ダリアが扉を勢いよく開けて入ってきた。
新調した綺麗なドレスに、いつもよりは濃いめなメイク、豪華にセットされたヘアスタイル。
それでも、ダリアの美しさや品を損なわないよく考えられた全身スタイルだった。
「ねぇ、フリージア!今日なぜ来なかったの?もぉ、すっごかったわよ!」
興奮冷めやまない様子のダリアは、両手を胸元で合わせ、その場でくるくると回る。
ダリアが回転したときに、ふわりと広がるドレスの裾から見える綺麗にあしらわれた何重ものフリルが豪華で、このドレスでダンスでも踊れば周囲の注目を浴びるに違いない、それだけ細部にこだわったデザインだった。
フリルが多ければ多いほどドレスの金額は高くなるのが一般的で、父のシード公爵と母のイザベラは、ダリアのドレスに随分とお金をかけたようだった。
「そんなに、王城はすごかったの?」
「違うわよっ!確かにお城もすごかったけれど、それよりもセレス王子よ!あんなに眉目秀麗な方、私見たことないわ!それだけじゃないの、立ち姿も本当に凛々しくて…今日お城に来ていた何百人もの女性全員が王子に夢中だったわよ」
「そう、そんなに素敵な方だったの」
「そうなの〜!それにね、王子の前に行って順番にご挨拶する時間があったのだけどね、もう私ドキドキしちゃって、動きもぎこちなくなってしまうし、まともに目も合わせられなかったわ…!あんなに素敵な殿下と結婚できるのなら、私は全てを投げ打ってもいいわ…!」
(お父様は遠くから王子を見るだけだと仰っていたけど、やっぱり嘘だったのね…)
「あぁ〜っ…!もう〜、もっとご一緒の空間にいたかったわ!殿下を思い出すだけでも、もう本当に幸せっ!」
(シード家の家族として、私が王子に挨拶することすら許されないなんて…本当…家族としても、演奏活動の中でも、私はゴースト扱いだわ…)
「はぁ〜1つ残念だったのは、キスされることを期待してたんだけれど、されなかったことねぇ…」
「えっ!?キス!?」
「そうよ。今日来た女性全員が、それを期待して参加していたはずよっ」
「えっ、今日は、初めて王子にお会いする日なのよね?それなのに、もう…キス…??」
「きゃははっ、フリージアったら、なんだかちょっと勘違いしているわねっ。キスって言っても、口にするのじゃないのよ?ここ、頭の上にするの」
「頭の上…」
フリージアは今日の午前中に、ファビウスに頭の上にキスされたことを思い出し、ボッと顔が熱くなる。
「そうよっ。王族には昔からの慣例があって、気に入った女性の頭にまず1回キスをするの。それで、その女性と恋人になりたいと思ったら、2回目、もう一度その女性の頭にキスをするの。それで、その女性との結婚を決めたら、3回目っ、分かるわよね、女性の頭にキスをして、1、2、3回!3回頭にキスされれば、もう王子と永遠に結ばれることが決まるのよ!」
(頭にキス…ファビウスも私に2回していたわね…この王族ルールだとしたら、私と恋人になりたいってことよね)
頭の上から湯気が出そうなほど、顔が熱くなるフリージア。
「ねぇ、その慣例って、王族以外の人でもしたりするのかしら…?」
「ん〜〜、どうかしら。あんまり聞いたことはないけれど、憧れて真似する人はいそうよね」
(ファビウスも、知ってて真似したのかしら…)
「あぁ〜…セレス王子にキスされる女性は羨ましいわね…」
「王子は、今日誰かにキスをしたの?」
「それがね、だーれにもしなかったのよ。丁寧に1人1人に挨拶をするだけで。ちょっとだけ、王子とダンスをする時間もあったんだけれど、それでもキスはしなかったわね。聞いたところによると、こういう場で誰にもしないっていうのは珍しいことらしいわ。過去の王族の方々は、誰かしらにはキスしていたらしいから」
「そうなの。まぁ王子にとっても今日が初めての場でしょうし、緊張なさっていたのかもしれないわよ。それに、今日のダリアはとても素敵よ。この美貌なら、今日来ていた方々の中でも、きっと目をひいたんじゃない?次は、王子ともっと親しくなれるといいわね」
「ありがとう〜フリージア〜!フリージアは優しくて大好きっ!」
ダリアが、ネグリジェ姿のフリージアに抱きつく。
「さぁ、ダリア、今日は遅くまで疲れたでしょう。早く着替えて寝ないと。明後日は、ウィン公爵家の子どもの誕生日会よ。明日、最終確認と、最後の演奏の合わせ練習もしないといけないんだから、忙しいわよ」
「あ〜そうだったわ!セレス王子のことで頭がいっぱいで、依頼の件をすっかり忘れていたわ!フリージア、おやすみなさい、また明日ね!」
ダリアが部屋から出ていくと、フリージアは息を吐きベッドに寝転がる。
「ファビウスに会うのは、3日後…。長いわね…」
フリージアは、ファビウスの匂いと引き締まった大きな身体、大きくて優しい手に真っ直ぐな澄んだ瞳を思い出す。幸せな時間に浸っていると、だんだんと目が閉じていき、いつの間にか眠りについていた。
◇◇◇◇
「今日は快晴で良かったわね、フリージアっ」
馬車に揺られながら、ダリアとフリージアはウィン公爵家に向かう。
「えぇ。きっとウィン公爵家も天気に恵まれて、喜んでおられるでしょうね」
ダリアは、効果をかけた初日に比べれば、今は多少落ち着き気味にはなってきた。
けれど、相変わらず高いテンションのダリアもまだ出てくることがあり、フリージアは改めて、自分のかける願いの効果のすごさを実感する。
(ファビウスも、そろそろ効果が少しずつ薄れてきている頃かしら…)
効果が完全に切れてしまえば、ファビウスは約束である明日、店に訪れない可能性はある。
その理由は、フリージアは、ファビウスが自分に向ける好きだという気持ちが、効果による影響を大きく受けている可能性をまだ捨て切れていなかったからだ。
「フリージア、どうしたの?表情が冴えないわね。何か悩みごとでもあるの?」
「えっ…そう?大丈夫よ、心配しないで。ほらダリア、ウィン公爵家が見えてきたわ」
フリージアは屋敷が見えてくると共に、前回のことを思い出して少し気が重くなる。
ウィン公爵の長男ウラウスへの冷たい態度、それから、自分への気持ち悪い視線や触り方だ。
(女性全員にああいったことをする人かもしれないし、ダリアにも注意をするよう伝えておいた方がいいかしら)
「あのね、ダリア…」
「ねぇっ、フリージア!あれは誰…?!」
屋敷の前に近づくと、クラウスが前回と同様立って待っていてくれていた。
「あの方は、ウィン公爵家のご長男であられるクラウス卿よ。ほら…ご長男はウィン公爵からは冷遇されているって伝えたでしょ…あの方がそうなの…」
「えぇっ!あんなに、かっこいいのに…!?」
ダリアは馬車の窓から、目を輝かせ、うっとりした表情でクラウスを見ている。
馬車が止まると御者が扉を開ける。すると、クラウスがスッと手を差し出してくれた。
ダリアは真っ先にクラウスの手を取ると馬車を降り、降りた後もずっとクラウスの顔を見つめていた。
「フリージア嬢、お元気でしたか」
クラウスは今度はフリージアに手を伸ばすと、フリージアに優しい笑みを向け、フリージアが馬車から降りるのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます、クラウス卿。私は元気にしております。クラウス卿は、お変わりありませんか?」
「私の方は、いつもと変わりません。前回フリージア嬢が見た通りの日々です」
クラウス卿は、フリージアと向かい合い苦笑する。
そんな2人の様子を側から見ていたダリアは、クラウス卿にサッと近寄り、ドレスをつかみ膝を曲げお辞儀をする。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はシード家の娘、ダリアと申します。本日は、精一杯、心を込めて演奏をさせていただきますわ。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
金髪の2人が並ぶと華やかで、良い意味で目を引く2人が一緒にいると、それだけで場が映えるとフリージアは思った。
「父上の所まで案内いたします」
クラウスに案内され入った部屋には、正装し身なりをきっちり整えたウィン公爵が立っていた。
「父上、シード公爵家からダリア嬢、フリージア嬢がお着きになられました」
「ウィン公爵様、お初にお目にかかります…」
先にダリアが公爵の前に進み出て挨拶をしていると、後ろに立つフリージアの横から、クラウス卿が小声で話しかけてきた。
「さすがに本日はないかと思いますが、もしまた前回同様、父から不快なことをされましたら、すぐに私に助けを求めてください」
「はい。お気遣いをいただき、ありがとうございます」
「それから…、今日のドレスもとてもお似合いです」
突然の言葉に、思わず横にいたクラウス卿を振り向くと、クラウス卿はフリージアに笑顔を向ける。




