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それはきっと、試験官たちには予想通りの光景だったんだろう。
「……おいおい、またかよ」
前を通っていくものを目で追いながら、呆れ顔で言うイライザ。
そのそばにいるマリサは、施設の壁に背を預け、膝を抱えて座っている。
目を閉じて、一見、精神統一をしているように見えるけど、ただ退屈に感じているだけなんじゃないかと、私は思った。
彼女らのように、明らかに余裕に満ちた雰囲気を纏っている受験者は、ほかにも何人かいる。
少し離れた場所に並んで立っているヴェルレ姉妹も、そんな光景お構いなしで会話しているし。
で、その光景っていうのが、私やフランカを含む多くの受験者の顔色を悪くさせていた。
服も身体もズタボロ。血まみれになった状態で、力なく担架に乗せられて運ばれていく受験者。
今の子で、もう5人目だ。
平均して、5分くらいだろうか。壁の向こうから、悲痛な叫びが聞こえ始めるのは。
1人、また1人と、施設の中に入っては、担架に乗せられて出てくる。
35位の子から始まって、今運ばれていったのが31位の子。
そう。未だに、アサルトウルフとまともに戦える受験者が出ていないんだ。
果たして、これを試験と呼んでいいのだろうか。そんな疑問すら湧いてくる。
まるで、血まみれにされるために施設の中に入って行っているかのようだ。
「次! 30位の者、中へ!」
しかし、試験官たちに動揺は無い。淡々と、職務をこなしている……ようにしか見えない。
それに、倒れた受験者を運んでいく手際がやたらいいんだよね。
たぶん、慣れちゃってるんだろうな。
「ティナさん」
「ん?」
隣に立っていたフランカが、声をかけてきた。彼女の顔には、不安が色濃く浮かび上がっている。無理もない。
「なんだか、怖いですね」
受験者を飲み込んでいく扉を見ながら、彼女は呟いた。私は「そうだね」と応じる。
「中の様子が見えないから、余計にね」
そう言いながら、私も扉を見やる。と同時に閉ざされる扉。
……今度は? 今入っていった子は、大丈夫なのか?
扉の向こうから、「はじめっ!」という声が聞こえてくる。そして、すぐに戦いの音が届く。
分厚く高い壁だから、その音は小さい。加えて、こちら側で待機している受験者らが全員沈黙を守っているわけではないので、中の状況把握はほぼ不可能。
だけど、ああ、また聞こえてきた。
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
出せる限りの声を絞り出しているような、絶叫。受験者の誰かが、「またか」と漏らすのが聞こえる。
「いやぁ! やめっ! やめてぇぇぇっ!」
甲高い声だけが、壁を越えて耳朶に届く。それ以外の音は、ほぼ聞こえない。一体、何をされているのだろうか。
そして、そろそろ戦闘開始から5分が経つ。この頃になると、もう声は届かない。
私を含め、多くの受験者らの視線は、すでに扉に固定されている。
その扉が、ゆっくりと開いていく。中から出てくるのは、見慣れた光景だ。
担架に乗せられ、運ばれていく受験者。
彼女は、全身を震わせ、赤黒く染まった右肩を押さえながら、顔を歪めて泣いていた。
もちろん、怪我はそこだけではない。全身至る箇所に、痛々しい傷がある。
程度は様々だけど、鋭い何かで削られたような傷や、歯型のようなものまである。
つい数分前まで元気だった姿は、どこにもない。
その現実を目の当たりにするたびに、私たち受験者の顔は不安と恐怖に引きつった。
さすがに、泣いたり叫んだりする者はいなかったけど。
「次! 29位の者、中へ!」
呼ばれ、また1人扉の向こうへ消えていく。
……もう、聞きたくない。見たくない。お願いだから、最後まで戦って。
いつしか、そんなことを思うようになっていた。
やっぱり、順位は妥当ということなんだろうか。
上位に近づくにつれ、アサルトウルフとまともに戦える者が出てくるようになった。
けれど、怪我を負わずにアサルトウルフを倒せた受験者は、まだいない。
「次! 19位の者、中へ!」
試験官の声が、今戦い終わって出てきた20位の受験者の背中に当たる。
足取りは重く、蛇行していた。フラフラだ。そばにいた試験官らが駆け寄らなければ、あと数歩進んだところで倒れ込んでいただろう。
頭から流れる血は、頬から顎へと流れ、ボタボタと地面に落ちて跳ねる。服はところどころ破れ、そのほとんどの箇所が血で染まっていた。
ふらついているのは、単に体力を使い切っただけでなく、両足共に酷い怪我を負っているからだろう。
そして、たった今試験官の手に渡った彼女の剣は、刀身が半ばから折れていた。残っている刀身は、アサルトウルフの物であろう赤紫の血にまみれている。
彼女のように、自分の足で立って出てきたのは、23位の子からだ。そこからここまでの4人全員が、アサルトウルフを倒し切っている。
負ければそのまま担架で運ばれるだけだけど、勝てば試験官の「そこまで!」という声が聞こえてくるからわかる。
「もうすぐだね、フランカさん」
そう声をかけると、フランカは注意して見なければわからないほどの微笑を浮かべて、「そうですね」と呟いた。
……まずかったかな。今の一言で、彼女のプレッシャーを強めてしまったかもしれない。
だけどそれは、私も同じだ。フランカの番が終われば、次は私なのだから。
「……怖いです」
やや俯いているフランカは、そう漏らした。その声はおそらく、横にいた私にしか聞こえてない。見れば、彼女の身体は震えていた。
「フランカさん」
私は彼女の前に立ち、震えるその手を引っ張るように掴んで、両手で包み込んだ。
「大丈夫。落ち着こう、フランカさん。落ち着いて、思い出して。私たちが、今までやってきたことを。2人で、頑張ってきたことを」
じっと彼女の目を見て、私はさらに言い聞かせる。
「もう少しだよ。私たちは今、合格圏内にいる。このままの順位を維持できれば、合格できるの。傭兵になれるんだよ。……私たちなら、やれる。やろう。頑張ろう、フランカさん」
すぅっと、フランカの震えが治まっていく。だけど、まだ何かが震えていた。
「ティナさん……」
「!」
震えていたのは、私の手だ。私の身体だ。そっか。私も、震えてたんだ……。
そんな私の手を、今度はフランカが両手で包み込む。
そして、彼女の顔に浮かぶ、手の平以上に温かな微笑み。
私の震えも、止まる。自然と、笑みが浮かんだ。
壁の向こうで、「はじめっ!」という声が上がった。




