23-1
いよいよ最後の試験が迫る夜、しかし私は、ぐっすりと眠ることができた。
心臓はドキドキと激しく脈打ち、頭の中は明日のことでいっぱい。目が冴えて、ずっと薄暗い天井を見つめていたはず……だったんだけど、気付いたら私は眠っていて、翌日、とてもすっきりとした気持ちで起きることができたんだ。
今日で、最後。今日で、全てが決まる。
……まず、身体を支配するのは、心地良い緊張感。上体を起こし、深呼吸。
「おはようございます、ティナさん」
ベッドを下りようとした時、下から挨拶の声が上がってきた。私は「おはよー」と返しながらはしごを下りる。
そして、寝ぼけ眼のフランカと顔を合わせ、笑う。
お互いに、酷い寝癖だったからだ。
「ん~。……ん? あぁ、もう起きてたのか。おはよ」
続いて、イライザがごろりと寝返りを打つと共に目を覚ます。私が「おはよう。私も、今起きたとこだよ」と言うと、イライザは「そうかい」と言ってひょいっと身体を起こした。
「おはよう」
「! あ、おはよう。マリサさん」
相変わらず、まったく動いていないようなきれいな寝姿でいたマリサが、開いた目をこちらに向けていた。ちょっとびっくりした。
「……さぁて、いよいよだな」
そう言って、大きなあくびをするイライザ。フランカも、「そうですね」と言いつつあくびをする。うつったのかな。
「頑張ろう……」
「おぅおぅ、気合い入ってんなぁ、ティナ」
どうやら、思ったことを口にしていたらしい。
「ま、でも、そうだな。最後の試験だ。頑張ろうぜ、みんな」
イライザの掛け声に、私たちは「おー」と拳を振り上げた。
ちらっと見ると、まだ仰向けのままでいるマリサも、小さく手を上げていた。
身支度を整え、朝食を摂り、そして迫る、試験開始時刻。
私たちは宿舎を出て、試験を行う施設へ向かう。
あの草原での試験も、今日で最後。
そして、この試験場での試験は、今日で全て終わるんだ。そう思うと、より一層気合いが入る。
気合いが入りすぎて、身体が震えてくる。
「ん? なんだ? 扉が開いてねぇな」
いつもは開いている試験施設の扉が、今日は閉まっている。隣の男子の方も同じようだ。
「試験官、来てないのかな」
「いえ、あそこにいらっしゃいますよ?」
フランカが指差す先には、確かに試験官の姿がちらほらと。
試験官の周りには、受験者たちが集まっている。
ざわざわしているのは、何かの動揺の表れだろうか。
そして、その理由はすぐに明らかになった。
「本日の試験は、1名ずつ行う。説明するから、もう少し待っててくれ!」
施設の前に到着してすぐに、試験官の声が届く。
「1人ずつ?」
私たちは、互いに顔を見合わせた。そんなの、聞いてない。
父からも、最終試験はファミリアと戦うことになるっていう説明は受けていたけど、まさか、1人ずつ戦うことになるなんて……。
どうして教えてくれなかったんだろう。
……いや、もしかしたら、父が受験した時代には無かったのかもしれないな。
知ってたら教えるよね、普通。
困惑する受験者たち。どうやら、誰もそのことを知らなかったらしい。
試験官たちは、全ての受験者が集まるのを待って、ようやく説明を始めた。
「今から君たちには、1人ずつ中に入ってファミリアと戦ってもらう。現時点での順位で、最下位の者から始める。もちろん、順位の優劣によって、試験内容が変わることはない」
最下位からってことは、私は、えーっと、……20番目か。
「前回の傭兵採用試験までは、最終試験最終日も、2日目と同様、全員で一斉に行なっていた。が、今回からは、その部分のみが変更になっていたんだ。君たちに通達せずにいたのはすまないと思うが、気持ちを切り替えて、柔軟に対応してほしい」
やっぱり、今回からなんだ。
……それにしても、ホント突然だなぁ。こっちにだって、心の準備ってのがあるんだよ?
試験官は咳払いをして、説明を続ける。
「本日、君たちが戦うのは、アサルトウルフというファミリアだ。2日目に戦ったファミリアたちとはレベルが違う。傭兵のランクで表すなら、その強さはD以上C未満といったところか。今の君たちには相当キツイ相手だと思うが、戦うのはたったの1体だ。1対1なら、なんとかなるだろう」
……いや、なんとかなるのか?
DランクかCランクの傭兵と同等の強さってことでしょ?
キツイで済めばいいけど……。
「これは余談だが、アサルトウルフ程の強さともなると、捕獲も容易ではなくてね。今回は120体しか集められなかったんだ。事前に、二次試験通過者数を、男子83人、女子35人と決めていたから、足りなかったらどうしようと思っていたよ」
確かに余談だ。ていうか、言わなくてもいいんじゃない、それ。
でも、二次試験通過者118人に対して120体ってことは、2体余るよね。
残った2体はどうするんだろう。……まぁ、生かしておくことはないだろうけど。
「話を戻そう。……まぁ、アサルトウルフは強いファミリアだが、施設内には当然我々もいて、君たちの戦いぶりを見ている。もしも、本当に危ないと感じたら、助けを求めてくれて構わない。それに、こちらから見て、君たちが殺されてしまうと判断すれば、助けに入るよ。もちろん、どちらも減点になるがね」
……一応、身の安全は保証されてるってことか。点数と引き換えに。
「だが、万が一、我々の助けが間に合わずに命を落とすようなことになった場合は、わかってるね? 君たちがここに来た最初の日に説明したように、受験中の死亡は受験者の責任となる。その辺りも、改めて肝に銘じてほしい。自分たちがどのような戦い方をすれば良いのか、見えてくるはずだ」
……死なないように頑張れってことでしょ。やれやれ。
私たちのことを気遣ってるのかどうなのかわからないセリフだな。
一通り語り終えた試験官は、近くにいる試験官らに目配せをする。すると彼らは、施設の扉を開けるために移動を始めた。
「さて、ではそろそろ始めようか。君たちの健闘を祈るよ」
不穏な笑みを見せる試験官の背後で、重い音を立て、両開きの扉が開かれていく……。




