23-3
19位と18位の子も、アサルトウルフに勝利して、施設から出てきた。戦闘時間は、2人共20分程度。
自分の足で立って歩いて行くものの、やっぱりその身体には血の赤が目立つ。
表情も、その疲弊ぶりを如実に表していた。
「フランカさ――」
「フランカ!」
私が声を発するのとほぼ同時に、イライザが駆け寄ってきた。その後ろを、マリサが続く。
イライザは、やや緊張気味のフランカの肩をぽんと叩き、ニッと白い歯を見せた。
「ほれほれ、深呼吸しな。顔も身体もガチガチじゃねぇか」
言われた通りに、フランカは大きく深呼吸をした。
「大丈夫。あんたならやれるよ。自分の力を信じな」
……なんか、言いたいことを全部言われちゃったな。
私は小さく息を吐き、改めてフランカに声をかける。
「フランカさん。頑張って」
私の方へ振り返り、フランカは「はい」と笑った。
「次! 17位の者、中へ!」
呼ばれ、さすがに表情が強張るフランカ。だけど、もう一度深呼吸をし、表情を引き締めて、一歩を踏み出した。
その背中に、マリサが「頑張って」と声をかける。フランカは大きく頷き、返答とする。
私たちが見守る先で、フランカの姿は、左右から閉じられる扉の向こうに隠され、見えなくなった。
高い高い壁を見上げて、私は祈る。
どうか、フランカの悲鳴が聞こえませんように、と。
試験官の声で戦いが始まり、もうどのくらい経っただろう。
順調に戦えているのか、フランカの声は聞こえない。壁の近くで耳を澄ますと、わずかにではあるけど、戦いの音が聞こえる。
走る音、剣を振る音……。
壁から随分遠くにいるのか、時折、壁にくっついても音が届かないことがある。
施設内はものすごく広いから、それは仕方ないんだけど。
……心配だ。自分が戦っているわけでもないのに、鼓動が激しくなる。
握った拳には、わずかに汗が滲んでいるのを感じる。
「なんて顔してんだよ」
「! ……イライザさん」
腰に手を当てて私を見ているイライザが、そこにいた。隣にはマリサの姿も。
「ま、気持ちはわかるけどな。あたしだって、心配さ」
その言葉の後を継ぐように、マリサが口を開く。
「……でも、私たちがいくら心配しようと、今戦っているのはフランカさん自身。無事に戦いを切り抜けられるかは、彼女自身にかかってる。私たちは、信じて待つしかない」
そんなの、わかってるよ。そんな言葉は心の中だけに浮かべ、声にはしなかった。
私はゆっくりと壁から離れ、無言のままその場に座る。
イライザとマリサも何も言わず、私のそばにいてくれた。
……やけに、静かだ。
これまでの受験者の場合、そのほとんどが何かしら声を出し、それは壁を越えて届くほどに大きかった。
だけど、フランカの声は何一つ聞こえてこない。
戦い始めて、どのくらい経った? ……もう、20分くらい経ってる気がする。
声が聞こえてこないっていうのは、ある意味安心だ。
悲鳴を上げなくちゃいけない状況には、陥っていないってことなんだから。
だけどさすがに、これだけ時間が経つと不安は募る。
「……しっかし、とんでもない試験を用意してくれたもんだぜ」
沈黙に耐えかねるように、イライザが喋りだす。イライザもマリサも、私と向い合って座っている。
「1人ずつ戦わせてさ、ズタボロになって出てくる受験者を見せて、不安とか、恐怖を煽りやがる。正直、結構精神的にくるものがあるぜ」
……余裕があるように見えたけど、違ったんだな。
でも、イライザの言う通りだと思う。
「せめて別の場所に集めて、1人ずつここへ呼び出すとかさ、そういう形にしてほしかったよね……」
私の言葉に、イライザは「だよな」と頷いた。
「それじゃあ、意味が無い」
そこで、マリサが口を挟んでくる。イライザは、「なんでだよ」と横目でマリサを見た。
「これは試験だから、まだそんなことを言っていられるんだと思う。だけど、実際の戦場では、あんな光景は当たり前だから」
そういえば、マリサはファミリアとの戦闘経験が豊富なんだっけ。その言葉には、実戦を経験してきた者だけが出せる、重みのようなものがあった。
「……怪我を負っただけなら、運がいい。実戦では、試験官のように助けてくれる人もいないし、誰かと一緒に戦っていたとしても、互いを助ける余裕なんてほとんど無いよ。命を落とすことは充分にありえるし、実際、私はそんな人を何人も見てきた。だから、こんなことでいちいち動揺していたら、やっていけない」
イライザは、気を落ち着かせるように、一呼吸した。
「……そうだな。あんたが言ってることは正しいと思う。でもな、あたしやティナはさ、あんたみたいにいろいろ経験してきたわけじゃないんだぜ? あんなの見せられて、動揺すんなって言われても無理な話だ。それに、そんなことに慣れたくもねぇ……」
マリサの言葉を理解しつつも、イライザはそう言わずにはいられないといった様子だった。
そんなイライザに対し、マリサは目を伏せて、そして小さな声で、「慣れるよ」と呟いた。
それに対して、イライザが何か言い返すのかと思いきや、どこか諦観したような顔で、「まぁ、そうなんだろうけどさ」と呟き返す。
そして私は、何も言えなかった。
試験への不安や恐怖は、忘れていた。
その代わりに思考を支配しているのが、マリサが言った「実戦」について。
試験に合格したら、私は傭兵になる。そしたら、実戦を経験することになるんだ。
だけど、私はそれを経験したことがまだ無いから、いつか訪れるその未来を想像することもできない。
試験に対して覚えていた不安や恐怖は、今はそちらにシフトして、私の心を苛んでいた。
「そこまで!」
「――!」
壁の向こうから、試験官の声が上がる。それは、フランカがアサルトウルフを倒したことを伝えるものだった。
私たちは顔を見合わせ、一斉に立ち上がる。と同時に、鼓動が速くなる。
……次は、私だ。




