21-3
押し寄せるファミリアたちのどこを斬っても、断末魔の絶叫と鮮血が噴き出す。
しかし奴らは、目の前で仲間たちが無残に斬り殺されようが、自分にその瞬間が迫ろうが、一切の迷いも無く突っ込んでくる。
ファミリアを突き動かしているのは、人間への殺意。それが、奴らの遺伝子に組み込まれている本能なんだ。
加えて、知能は低い。おそらく、死への恐怖なんて微塵も感じていないんだろう。
でなければ、たとえ肉体の一部を削ぎ落とされようが、貫かれようが、お構いなしに前進してくるわけがない。
……死を恐れぬ魔物。それがどれだけ厄介な連中なのかを、私は改めて知った。
刀身に深々と刺さったままのファミリアの死体を、剣を振って叩き落とす。
「うぇぇ……」
全身、べっとべとのギトギト。
顔にも、固まりかけて膜のようになった血液と脂が付着している。それをつまんで剥がしながら、周囲の惨状を眺める。
強烈な臭いが充満するその一帯は、すでに草原の面影を完全に失っていた。
地面にあるのは穏やかな草花ではなく、無残に斬り刻まれた、ファミリアたちの死体。
夥しい量の血液、脳漿、肉片、内臓……。この光景をどう表現すればいいのか、見当もつかない。
ただ一つ言えることは、最悪な気分ということだけだ。
「これより、15分間の休憩に入る! 次の解放までに、準備を整えておくこと!」
やや熱の入った試験官のセリフも、どこか事務的に聞こえた。そして、ここが戦場などではなく、ただの試験場だということを思い出す。
私は、彼女の姿を探した。
フランカは、どこ……?
「ティナさん」
呼ばれ、振り返ると、全身を赤黒く染め上げたテッサが私を見ていた。その顔には、楽しげとも嬉しげとも取れる笑みがあった。
「やればできるじゃない。私と同じくらいのファミリアを、斬ったんじゃないですか?」
「……覚えてないよ、そんなの」
そう言い捨て、周囲を見渡す。
何人かの受験者は、平然と、次の戦いへの準備を始めている。
だけど、多くの受験者は、気分悪そうに顔をしかめ、中には試験場の端まで行って嘔吐している者もいた。
私だって、吐きたい気分だよ。
気を抜けば、胃の内容物が喉をせり上がってきそうだ。
「……!」
そして、私はようやくフランカの姿を見つける。
累々と散らばる屍の中で膝を折り、地面に手をついている。彼女が何をしているのかは、考えなくてもわかるよ。
咳き込むフランカを、横で腕を組んで見下ろしていたリュシーは、突然しゃがんでフランカの腕を掴み、そのまま肉片まみれの地面を引きずって、緑が残る後方まで運んでいって乱暴に投げ飛ばした。
「あいつ!」
駆け出そうとした私の肩を、テッサががしっと掴む。
「離して!」
叫び、睨みつけると、テッサは「まぁ、待ちなよ」と諭すように言う。
「ここであなたが行ったらダメなんだって。おとなしくしてて下さいよ」
「何を言って……」
テッサは笑い声をこぼし、私の肩から手をどける。そして横に並び、持っている剣を動かして注目させる。
「とにかく、今あなたは私のパートナーなんだから、ほかの子のことは気にする必要ないでしょ。さ、汚れた剣をきれいにしましょう」
「……」
いつもなら、ここで何かしら文句を言うところなんだけど、私はおとなしくテッサに従うことにした。
理由は、……まだ、心にモヤモヤしたものを抱えているからだと思う。
あーあ。今日の試験が終わった後どうしよ。
こんなイライラした状態じゃあ、今まで通り笑い合うことなんてできないぞ……。
試験官が用意してくれた水やタオルで顔を拭いた後、剣の手入れに入る。
刃を柄から外し、べっとりと付着した血の脂を紙で丁寧に拭き取った後、油を付け直し、柄に戻す。慣れてないと結構手間がかかる作業だけど、この場に、不慣れな者はいない。
みんな、ささっと自分の剣をきれいにして、それぞれの立ち位置へ戻っていく。
「お、ティナ」
「イライザさん……」
細く長い刀身の剣を持ったイライザが、手を振って歩み寄ってきた。そのそばには、あの幅広の大きな剣を軽々と持ち歩くマリサの姿もある。
「どうだ、調子は。……って、あれ? あんた、テッサと組んでんのか。なんで? フランカはどうしたんだよ」
私は無言で、離れた場所でリュシーと一緒にいるフランカを指差す。
「……なんだよ。喧嘩でもしたのか?」
眉をひそめるイライザに、私は「知らないよ」とぶっきらぼうに返す。
「なんか知らないけど、リュシーさんと組みたいんだってさ」
むくれる私に、イライザは笑う。
「めっずらしいこともあるもんだな。あんなに仲良かったのに。でも、ま、これもいい経験になるかもな」
「どういうこと?」
これのどこが、いい経験なのか。ただの仲違いなのに。
「だってよぉ、あんたらずっと2人一緒に訓練とかしてきたんだろ? でもさ、傭兵になったらそうはいかねぇよ? あんたはフランカ以外と、フランカはあんた以外と組んで仕事しなくちゃいけない時が絶対に来る。だからさ、あんたらはお互いに、たまには違う相手とも組んどく必要があるってことだよ」
「! ……」
イライザの説明に、ハッとする。
そうだ。そんなの、今まで何度も考えてきたことじゃないか。
傭兵になったら、きっと私たちはずっと一緒にはいられない。そんなの、わかってたことだ。
それなのに、私は……。
自分の手を眺め、握り拳を作る。そしてそれを、力の限り自分の顔に打ちつけた。
「おっ、おい! 何してんだよ、ティナ!」
慌てるイライザに、私は「大丈夫」と一言。
自分の顔を殴った右手は、べったりと鼻血で赤くなっていた。鼻の中を、どろりと血が流れる感触、そして鼻の下を伝って口の中に入る血、その鉄臭さを味わいながら、私はテッサの方を振り返った。
「ごめん、テッサさん。私、目が覚めたよ」
そう言い放ってから思う。後でリュシーと、それとフランカにも、謝っておかなくちゃ、って。




