11-3
その部屋は、一言で言ってしまえば、狭い。
もう少し付け加えるのなら、とんでもなく質素で、ある意味無駄の無い、まさに身体を休めるためだけにあるような場所、という感じだった。
室内にあるのは、たった一つの窓を挟んで両側に設置されている二段ベッドと、使い古されたテーブルが一つに、椅子が四つ。壁際には、四つのロッカーが並んでいる。
明かりは、テーブルの上、天井から吊るされた白い電球一つのみ。
ほかには、何も無い。
こんな部屋で、15日間も過ごさなくちゃいけないのか。
いや、私は大丈夫。問題は、フランカだ。こんな場所に押し込められて、我慢できるものなのか?
だって、王族だし。お姫様だし。
しかし、室内を見ても、フランカは嫌な顔一つせずに、いつも通りに穏やかだった。気にしてないのだろうか。
「とりあえず、荷物を置きなよ。あたしとこの子で左の二つは使っちゃってるから、残りの二つを、どっちがどっちを使うか話し合って決めな」
紅褐色の髪の少女は、ロッカーを指差して言う。
私とフランカはそれに従い、右から二番目を私が、一番右をフランカが使うことを決め、荷物を入れた。
……ロッカーだけ、まるで新品のように綺麗だな。試験のたびに、いちいち取り替えるんだろうか。
「よっし。じゃあ、改めて自己紹介といこうじゃないか」
紅褐色の髪の少女は、場を盛り上げようとするがごとく、元気よく言い放って自分の胸にバシッと手の平を置いた。
「あたしは、イライザ・ヴィッカーズ。南西にある、オラーリャって街出身だ。よろしくな」
はきはきとそう言ってから、ニッと笑う。歯が、びっくりするくらい真っ白だ。
「ほれ。次はあんただよ」
紅褐色の髪の少女――イライザは、ベッドの縁に座って身動き一つしないでいる少女に声を掛ける。
すると、左右の高い位置でまとめた黒髪を揺らして、その少女は立ち上がった。静謐な光を宿す暗い青の瞳が、私たちを見据える。
「……マリサ・トレンス。ヘルムヴィーゲ出身。よろしく」
淡々と、必要最低限の言葉だけを発し、それきり黙り込んでしまう。もう何も言うことは無いと主張するかのように。
私たちがぽかんとしていると、イライザは「無口な奴だなぁ」と笑ってから、私たちに促す視線を送ってきた。
「あ、えと、……私は、ティナ・ロンベルクです。北のモンテスから来ました。よろしくお願いします」
「私は、フランカ・アルジェントと申します。エンシーナから来ました。よろしくお願い致します」
先の2人に倣って、短く自己紹介を終える。
イライザは、私たちに「おう。よろしくな!」と笑いかける。
一方私は、マリサの目がじっと私を凝視していることに気付いて息を呑んだ。その瞳には、さっきまでは無かった感情が宿っていたんだ。
それは多分、……興味、かな。そして、その白い面の中にある形の良い唇が、言葉を紡ぐ。
「あなた、ロンベルクって言ったよね。もしかして、クレイグ・ロンベルクの娘か何か?」
……なんか、ちょっと前にもこんなことあったな。やっぱり、父の名は知れ渡ってるんだね。
「え、そうなのか?」
マリサの言葉に、イライザも反応する。私はちょっと得意げに、「うん」と頷いた。
「クレイグ・ロンベルクは、私のお父さんだよ」
それを聞き、マリサはこちらに歩み寄ってきた。
背丈は、私とほぼ同じくらい。
きめ細かい綺麗な肌。つやのある綺麗な黒髪。目鼻立ちは整っていて、フランカに負けず劣らずの美少女だ。
だけど、私をじろじろと眺め回すその双眸だけは、相変わらず冷たい光を宿していた。
「……クレイグさんは、私の命の恩人なの。今でも、あの時の彼の勇姿は鮮明に覚えてる」
「そ、そうなんだ……」
傭兵時代の父が、多くの人々の命を救ったことは知っている。でもまさか、その中の1人にこんなところで出会えるなんて、思ってもみなかった。
「もしかして、お父さんに憧れて、マリサさんも傭兵を目指してるとか?」
もしそうなら、フランカと同じだ。まぁ、フランカの場合は、憧れだけじゃなかったわけだけど。
しかしマリサは、「違う」と首を振った。
「確かに、クレイグさんに憧れはある。だけど、私が傭兵を目指す理由は別にある」
そう言って、マリサは視線を伏せた。その理由というのが気になったものの、なんだか聞きづらい雰囲気で、私は「そうなんだ……」と呟くほかなかった。
「なんだ。あんた結構喋るんじゃん。さっきは、何話しても素っ気なかったのにさ」
そこへ、イライザが割り込んでくる。
……さっきドア越しに聞こえた話し声は、イライザが一方的に話していた声なのだろうと容易に想像できるな。
イライザに話しかけられた時にはすでに、マリサの瞳から感情は消えており、彼女は静かにベッドへと向かい、またその縁に腰掛けて黙り込んでしまった。
その様子に、イライザは不服そうに「む~」と口を尖らせたものの、文句を言うことはなかった。
「……まぁいっか。ところで、ティナ、フランカ。集合かかるまでさ、あたしの話し相手になってよ。いいでしょ?」
イライザが再び私たちの方を見る頃には、もうマリサの態度なんかすっかり忘れたかのように、パッと表情が変わっていた。
そこにあるのは、とにかく眩しい笑顔だ。フランカの穏やかな笑みとは、その明るさがまるで違う。フランカの笑みを癒しとするなら、イライザの笑みは活気とでも表すべきか。
とにかく、底抜けにキラキラした笑顔だった。
私はフランカと目を合わせ、……というか、とても断れない雰囲気で、「いいよ」と答えるしかなかった。
そうして私たちは、椅子に座って会話を始める。
会話と言っても、共通の話題は試験のことしか無いので、小試験を受けた時のこととかを互いに語り合った。
その中で、総合1位なのはマリサの方だと知り、私とフランカは、感嘆の声を発しつつ、羨望の眼差しを彼女へ送った。
しかし、彼女はぴくりとも反応しない。イライザが「照れてんのか?」と豪快に笑ったけど、多分、違うと思う。そんな気がする。
協会員による招集の声が届いたのは、1人を除いて会話が盛り上がり始めてから、しばらく経った頃だった。




