10-3
首都カランカまで、エンシーナから約1時間半の汽車の旅。
車内で、フランカと2人きりで楽しくお喋りしようかと思っていたのに、そうはいかない状態になっていた。
揺れる車内、向かいに座るフランカの隣には、キリッといつも以上に表情を引き締めたレオーネの姿があるんだもの。
私が目で、「なんであんたまでついてきてんだよ」と訴えてみると、それが伝わったのかなんなのか、レオーネは鬱陶しそうに私を睨めつけてきた。
相変わらず、この男は好かない。
汽車に乗る直前になって現れやがったこいつは、自分も同行すると言い出した。
そこで言い争っていたら汽車が出てしまうという、腹立たしいほどに絶妙なタイミングだったものだから、フランカは渋々承諾するしかなかった。
しかも、ちゃんと自分の荷物までまとめているという用意周到っぷり。
こりゃあ、直前になって行く事を決めたわけじゃなく、前々から計画してたな。
しかもしかも、宿は自腹で取って、試験が終わるまで首都に滞在するつもりときたもんだ。
……まぁ、一応レオーネはフランカの護衛なわけで、常にそばにいるのが普通なのかもしれない。でも、それならさぁ、ちゃんと話し合っておきなよと思う。
「事前に申し上げれば、必ず断られると思っておりましたので」
「当たり前でしょう。城の者全てとは言わないけど、カランカには、あなたの顔を知っている者が大勢いる。エンシーナやバラルトにはいなくても、カランカにはいるの。そんなところへあなたを連れて行ったら、危険が増すでしょう?」
話し合っておかないから、こうなる。
「ちょっとちょっと、そんな大きな声で喧嘩してたらまずいんじゃないの」
どこで誰が聞いているか分かったもんじゃないんだよ? この車両はガラガラだから、そこまで心配する必要は無いと思うけどさ。
「……そうですね」
フランカは開きかけた口を閉じ、レオーネもそれに倣う。
「いい? レオーネ。カランカに着いたら、目立つ行動はしないように。分かった?」
「ご心配には及びません。静かに目立たずに、姫様をお守りしますので」
目を細め、レオーネをじと~っと睨むフランカ。当のレオーネは、前に向き直って素知らぬ顔だ。やれやれ。
レオーネとの一悶着を終えたフランカは、すでに外を流れる景色に意識を向けて、はしゃいでいる……ように見える。
さっき、危険がどうのって言ってたけど、こう見えてやっぱり、心の中では不安に思っているんだろうな。だって、首都カランカには、あれがあるもんね。
オルトリンデ城――フランカがつい数ヶ月前まで暮らしていた場所が。
「? ティナさん、どうされました?」
「え?」
「私の顔をじっと見て、一体何をお考えになっていたのです?」
フランカは、わざとらしく照れて見せた。レオーネの目がこっちを向いている気配を感じる。
それは置いといて、……いい機会だし、ちょっと気になることを聞いてみようかな。
「……これからカランカに行くけどさ、やっぱ、いろいろ考えちゃう?」
声のボリュームを落として、問いかける。フランカは笑みを口元のみに抑え、「そうですね」と語り始めた。
「まず、やっぱり怖いですね。すんなり試験場まで行けるならいいんですけど、駅で誰かが張り込んでいたり、試験場に行くまでの間に見つかったりという可能性は、充分にあるわけじゃないですか。そういうことを考え出すと、不安になります」
「そっか……」
不安にならない方が、どうかしてるもんね。
バラルトやエンシーナには捜索の手が伸びていなくても、カランカにはあるかもしれないし。
王女が行方不明だなんて、騒ぎになりそうなことは内密にして、実はこそこそと捜索をしているのかもしれない。フランカが言ったように、駅に着いた途端に発見されて捕らえられるなんてことも起きるかもしれないんだ。
それに、試験は1日では終わらない。何日間も、そういった不安に晒され続けなくちゃいけないんだ。
……それでも行くってんだから、度胸、据わってるよね。
「でも、それでも私は、カランカに行き、試験を受けたいんです。傭兵になるために。そして、クレイグ様やティナさんとの訓練の日々を無駄にしないように」
「フランカさん……」
にっこり笑うフランカに、私はある覚悟を固めた。そして、彼女の隣にいる男へと視線を移す。
何か言いたげだったレオーネは、結局口を開くことなく、静かに目を伏せた。
そういえば、フランカが傭兵を目指すことについて、いつの間にか文句を言わなくなってるな。
フランカの頑張りが、彼の心境を変化させたのだろうか。
「レオーネさん」
呼ぶと、レオーネは「なんだ」と目だけを動かして、私を見た。
「試験場の中でのことは、私に任せて。私が、フランカさんとずっと一緒にいるから」
レオーネのことは苦手だけど、フランカの件について協力することはやぶさかではない。
その意思を言葉に乗せて送る。……ちゃんと、伝わるか?
するとレオーネは、今度はちゃんと顔ごとこちらを向いて、私の目をじっと見つめた後、「ああ。頼む」と呟いて目を逸らした。
それだけ? 素直じゃないなぁ。
まぁいいや。私の意思は伝わったようだし。
「ティナさん。ありがとうございます。でも、あまりお気を煩わせるわけには……」
「いいのいいの。別に、レオーネさんみたいに警戒心丸出しで護衛するつもりはないし」
笑って言う私に、レオーネは不服そうな視線を送ってくるけど、無視無視。
「ただ、ちょうど部屋も一緒なんだし、自然と行動も一緒になるんじゃないかなって思っただけ」
それを聞いて、フランカは「そうですか」と微笑んだ。
……これから何が起きるかなんて、誰にも分からない。だけど、私は思う。
私たちが心配するようなことは、きっと起きないって。
何の根拠も無い、無責任な考えだってのは自覚してるけど、なんとなく、そう思うんだよね。
ま、最低限の注意を払う必要は、あるんだろうけどさ。
いつしか汽車は、首都カランカを視界に捉えられる位置まで来ていた。
その中心にそびえるそれは、まだ随分距離のあるここからでも、はっきりと確認することができる。
ふとフランカを見やると、彼女はその光景を見ようともせず、ただじっと、わずかに俯いたまま座っている。
彼女の腿の上で重ねられた手。
左手に隠された右手が固く握られているのを、私は見逃さなかった。




