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そこは、とにかく人の多い場所だった。
「……」
汽車を降りた瞬間から、私たちは人ごみの中。あまりの驚きに、思わず言葉を失う。
「うくっ、……ふ、フランカさん!」
「こっちですよ! ティナさん!」
フランカたちとはぐれないようにするので精一杯だ。
「手を、離さないで下さいね!」
レオーネの言葉は、当然、フランカに対してのものだ。私は、大変不本意ながらも、はぐれるわけにはいかないので、レオーネの服を掴んでいる。
こんな状況でも、さすがに手は繋げないわという謎の意地が、意識の中に存在していた。
「あっ」
「お前も、ちゃんと掴まれ!」
しかしその意地は、レオーネが無理矢理私の手を握ったことで霧散する。
私の手をすっぽり覆うくらいの大きな手。しかし、突然手を握られたことによる驚きの後に残るのは、わずかな嫌悪感だけだった。
人の波の中を逆流しながら改札を出て、しばらく進んだ先に、ようやく開けた場所があった。
そこはまだ駅の構内のようだったけど、もうあんな苦しい思いをする心配は無さそうだ。
「離してよ」
はたと、まだ手を握られていることに気付き、力を込めて引き剥がす。
「なんだよ、その態度は。迷子にならないように、ここまで引っ張ってきてやったのに」
睨み合う私とレオーネ。……でも、正論を言っているのはレオーネの方だ。
私は、口を尖らせつつも、「ありがと」と目を逸らして言った。そんな私に、レオーネは「ったく」と不満げだ。
「ほらほら、2人共、喧嘩しないで」
そんな私たちの間に、フランカが割って入る。人ごみに揉まれたせいで、髪は乱れ、服はシワだらけだ。でもそれは、私も同じだろう。
「姫さ――」
「その呼び方はやめなさい」
レオーネの言葉を、ぴしゃりと厳しい口調で遮るフランカ。
注意されたレオーネは、「申し訳ありません」と動揺する。まるで、母親に言動を諌められた子供のようだ。
「では、何とお呼びすれば……」
「私は、フランカ・アルジェントよ。フランカとお呼びなさい」
レオーネに対しては、ホントにお姫様って感じだよね。人が違うみたい。
「承知しました。では、フランカ、さん」
そこで、フランカは噴き出した。レオーネは「えっ?」と困り顔。
「もぉ、何緊張してるの。もっと自然にしなさいよ」
「あ、はい。……善処します」
なんだかんだ言って、この2人、いい関係だよね。なんかちょっと、羨ましいな。
「……さて、それじゃあ、行きましょうか」
王女からフランカの顔に戻った彼女は、そう言って先に歩き出す。その後をレオーネと私が続く。
そして駅を出た先に広がっていた光景を見て、私は再び目を丸くして固まることとなる。
駅前広場も、その向こうにある通りも、どこを見ても、人、人、人。
視界に入る人々の中には、ちらほらと身なりの良い人たちがいる。
カランカには、オルトリンデ王国に暮らす貴族の半数以上が集まっていると聞いたことがあるし、おそらく彼らは、その貴族様なのだろう。
でも、それ以外の人たちも、モンテスみたいな田舎町の人間と比べたら、随分良い服を着ている。
そうして自分の服装を見下ろすと、やっぱり自分は田舎の人間なんだと思い知らされるんだ。
「ティナさん。こっちですよ」
先を行くフランカに呼ばれ、私は慌ててその後を追う。
……それにしても、建物も大きいなぁ。
大きな通りを挟んだ向こう側には、見上げるほどに背の高い建物が密集している。まるで、森のようだ。
森といえば、見たところ、緑が全くと言っていいほど無いな。駅前広場には植木がいくつかあるけど、木々の集まる場所や田畑なんてどこにも無く、ただ人工的な物ばかりでその光景は構成されていた。
見慣れてくると、落ち着かない場所だと感じるようになる。
街の喧騒は耳障りで、静寂の欠片も無いそこは、居心地が悪くて、こんなところには絶対に住みたくないなという思いだけが心に残る。
あまりの人の多さに辟易としながら歩いていると、フランカが立ち止まり、「あれを見て下さい」と、大通りのある方向を指差した。
おもむろにそちらに顔を向けた私は、驚愕に目を見開くこととなる。
「き、……汽車?」
見れば、広い通りの中央を分けるように線路のようなものが敷かれており、そして通りの向こう側からガタンゴトンとその上を走ってこちらに来るのは、汽車……のような形をした何かだった。
形は、明らかに汽車とは異なる。
まず、煙突が無い。運転席が前の方にあって、その後ろに窓が並んでいるけど、あそこは全て客室だろうか。そして、編成はその一両だけ。
その妙な乗り物が、両側に馬車が行き交う大通りの真ん中を、ゆっくりと移動していた。
「あれは、路面電車というもので、電気で動いているんですよ。ほら、上に黒い線がずーっとあるでしょ? あの線から電気を取り入れて走っているんです」
フランカは、得意げにその路面電車というものを説明して聞かせる。
……ああ、なんかそんな話を前に聞いたことがある。都会では、街なかを汽車が走ってるって。
あれは、このことだったんだ。
「すごい……」
率直な感想が、口から漏れ出た。それしか言えなかったというのが正しいかもしれない。
「でも、まだまだ試験段階で、行ける場所は限られています。それでも、あれに乗れば、馬車で行くよりは早く着けると思いますよ」
「え? あれに乗るの?」
フランカはにこりとして、「はい」と頷く。
「大丈夫ですよ。運賃はレオーネが払ってくれますから」
いやいや、そういう問題じゃない。私にとってあれは、未知の乗り物なんだ。この不安をわかってほしいなぁ。
「さ、並びましょ」
そう言って、フランカはレオーネの手を引っ張って、さっさと行ってしまう。こうなりゃ、覚悟を決めるしかない。
大通りを線路沿いまで横切った先に、少し高くなっている場所がある。どうやら、そこが路面電車ってやつの駅のようだ。
フランカたちに追いつき、順番待ちの列に加わる。今来たやつはすぐに満員になり、乗れなかった。
次はすぐに来るということなので、そのまま待つことに。
駅に停車する時や発車する時に、チンチンと鐘が鳴るのが、興味深かった。




