09-1
第132期・傭兵採用試験。総受験者数は、29124人。
内、オルトリンデ王国での受験者数は、男子4090人、女子1716人の、計5806人。
その数はオルトリンデ全土に加え、東のヴァルトラウテ王国の西部、西のゲルヒルデ王国の東部、南東のヘルムヴィーゲ王国の北部の、全4カ国の総計だ。
もちろん、オルトリンデ国内の受験者数が最も多い。
合格できるのは、100人に1人の割合と言われている。
私は、なんとしても、その1人にならなきゃいけない。
ミドルスクールには、事情を話し、ひと月の休学期間をもらった。
トレーニングは3日前に切り上げ、体力、体調共に万全。全身、異常無し。
やる気も充分、自信も満々。
「行ってきます!」
振り返り、玄関前に並んでいる家族の顔を見る。
「おう、行ってこい」
父は、ニッと笑う。その笑顔が、私の緊張を解してくれる。
「行ってらっしゃーい」
声を揃えるスヴェンとミリィは、なぜか難しい顔をしている。
「どうしたの、あんたたち。変な顔して」
すると、2人は顔を見合わせ、私のもとへ駆け寄ってきた。
「姉ちゃん。負けないで」
「私たち、応援してるからね」
二対の輝く双眸が、私の瞳を射抜く。私は笑い声を漏らし、2人の頭に手を乗せた。
「そんな心配そうな顔しないでよ。大丈夫、私は負けない。負けないように、お父さんに鍛えてもらったんだから。あの、凄腕傭兵のお父さんにね」
私が父を見ると、スヴェンたちもつられるように父の方へ顔を向ける。
「元だ、元。今はただのオヤジだよ」
照れ臭そうに笑う父。
……そんなことないよ。お父さんは、私たちにとっては、いつまでもあの頃のままだ。
「私、頑張るから」
「おう、その意気だ。だが、力みすぎんなよ? 平常心だ、平常心。今日の小試験は、まぁ、準備体操とでも思って受けてこい」
それは、この数日、まるで呪文のように父が繰り返してきた言葉だ。分かってるって何度言っても、父は繰り返した。
耳にたこができた、なんて言っちゃ駄目なんだろうけどさ、ちょっと鬱陶しいくらいだったんだ。
「もぉ、分かってるってば。大丈夫、私は冷静だよ。……今、お父さんの笑顔を見て、落ち着いた」
そう言って、私は身を翻す。
「じゃ、行ってくるからね!」
そうして、私はもう振り返ることなく、駆け出した。その背中に、家族の声援が届く。
……頑張る。絶対に、なってやるんだ。
傭兵に!
汽車に乗り、エンシーナが近づいてくるにつれ、また緊張して身体が硬くなるものだと思っていた。余計なことをごちゃごちゃ考えて、エンシーナに着く頃には取り返しのつかないことになっているんじゃないかと思っていた。
だけど、私の心は、まるで全く風の無い草原のように、静まり返っている。
何も感じないわけじゃない。試験のことは、そりゃ考える。けれど、いくら試験のことを考えようと、心を揺らす風は吹かないし、どこまでもしんとしている。
そして、そのことに違和感すら覚えない。これが普通、これが当たり前なんだと、なぜかそう思っているんだ。
「小試験に受かったら、次は本試験……」
窓外に流れていく景色を眺めながら、私は呟く。
「ここ、いいかな」
不意に声を掛けられ、静寂を守っていた草原が揺らぐ。そちらを見上げると、私より少しだけ年上と思しき少年が、微笑を浮かべて立っていた。
「……?」
少年は、私の向かいの席を指差している。私は首を捻る思いだった。
なぜなら、この車両はガラガラで、席なんかよりどりみどり状態。
なのにどうして、わざわざ私の向かいになんか座ろうと思うのか。
「……どうぞ」
不思議に思いながらも、しかし、向かいの席が空いているのも事実なわけで、断るのも変かなと思い、私は頷いていた。
少年は、「ありがと」と言って私の前に座った。
きれいな金の髪に、整った顔立ち。身なりも良く、いいとこのお坊ちゃんかなと思ったけど、私はすぐに、彼の異様さに気が付いた。
瞳が、暗い。深い深い緑の闇が棲みついているかのような、不気味な双眸。
その目がしっかりと、私を捉える。思わず、ぞっとした。
「さっき独り言言ってたけど、もしかして君、傭兵採用試験の受験者?」
その質問は耳に届いてはいたけれど、私はその瞳から目を離すことも意識を遠ざけることもできずにいて、「ねぇ」と声を浴びせかけられることで、ようやく我に返った。
「……あ、えっと、うん、そう。これから、エンシーナに小試験を受けに行くの」
私の返答に「やっぱり」と笑う不気味なそいつに、「あなたも?」と尋ねてみる。するとそいつは、「いいや」と首を振った。
「僕は違うよ。ちょっと用事があって、カランカまで行くんだ。エンシーナで乗り換えるから、そこまでは一緒だね」
「ふぅん、カランカね……」
あんな都会に用事なんて、……仕事かな。身なりもいいし。
「君が小試験を通過すれば、カランカでまた会えるかもね」
「?」
どういう意味?
怪訝な思いで視線を送ると、そいつは朗らかに笑った。誤魔化したのだろうか。
「まぁ、とにかく、エンシーナまでは一緒なんだ。ちょっと僕の話相手になってくれないかな」
心の隅っこに微小な不安を覚えながらも、断る理由も思いつかなかったので、私は仕方なく、「いいよ」と頷いた。




