08-4
あれから数日、なかなか寝付けない日々が続いた。別に、運動不足で体力が有り余っているわけじゃなく、身体的には全く逆だ。
フランカとの訓練は終わったけど、父の課す日々のトレーニング量は、増えることはあっても減ることは決して無い。
だから私は、相変わらず毎日くたくただし、普通に考えれば、ベッドに寝転がった瞬間に眠りに落ちるのが当たり前だ。
だけど、寝られない。身体は石にでもなったかのように重たいんだけど、目が冴えてしまって仕方がない。
それもこれも、未だ心にあるわだかまりのせいだ。
「……」
やっぱり、ちゃんと話をしよう。寝不足を引きずったまま試験を迎えたくないし。
ゆっくりと上体を起こしてベッドを下り、静かに部屋のドアを開けて、暗い廊下に出た。
ダイニングの向かいにある父の部屋の前に立ち、意を決してドアをノックする。
「お父さん」
もう、寝てしまっただろうか。
「ティナか。どうした」
しかし、返答はすぐだった。よかった、まだ起きてた。
「えっと、……ちょっと話があるんだけど」
そう言って待っていると、返答は無く、代わりにドアが開いた。寝ぼけ眼ではない双眸が、私を捉える。どうやら、眠っていたわけではないようだ。
「入れ」
短く言ってさらにドアを開き、入室を促す。私は「うん」と答えて、父の部屋に足を踏み入れた。
父の部屋も、私や弟たちの部屋と広さは同じ。置いてある家具も、ほぼ一緒だ。
オイルランプの明かりに包まれた部屋の中、父は机の前にある椅子に腰を下ろし、私に「そこに座れ」とベッドを指差した。
それに従って座ると、父は微笑み、「ここで話をするのは、久しぶりだな」と呟いた。
私も口の端に笑みを浮かべ、「そだね」と応じる。
「で、話ってなんだ」
まるで、私がどんな話をしに来たのかを知っているかのように、父は真剣な眼差しで見つめてくる。
私は言葉をまとめてから、口を開いた。
「……お父さんは、フランカさんのことをどう思ってるの?」
私の言葉に、父は笑う。
「まぁ、そうだな、……自分の娘のように思ってるよ。お前と歳も近いしな」
聞きたいのは、そんな答えじゃない。
「ふざけないでよ。私が聞きたいこと、わかってるでしょ?」
父は頭を掻いて、「怒んなよ」と言う。
「お前が、何を聞きたいのかはわかるよ。そのことが、お前を悩ませてるってこともな」
「え……」
「気付いてないと思ったか? 俺は、娘に対して関心を持っている方だと自負しているんだがなぁ」
やや落胆したように言って、父は私を真っ直ぐに見つめる。
「1つだけ言っておくぞ。俺は、エリーゼを裏切るような真似は絶対にしない」
「……」
エリーゼは、私の母の名だ。それを聞いて、私の中のわだかまりが、蠢くのをやめた。
父は、そんな私の心の内を見抜いてか、口の端を上げる。
「……これで、すっきりしたか?」
確かに、安堵はある。だけど、まだ足りない。
「でも、じゃあ、どうしてあんなに仲良さそうにしてるの? 誤解されても仕方ないよ」
父は、思い返すように顔を上向ける。そして、再び笑みを浮かべて視線を私に戻した。
どちらかと言えば、悪い、笑みだった。
「そりゃお前、向こうは本気で俺に好意を寄せてるんだ。邪険にするわけにはいかんだろ。それに、俺の存在があの子のやる気を引き出すなら、会ってやるし、話もするし、笑ってみせるさ。なんなら、手を繋いでデートもしてやるよ。……つまり、そういうことだ」
そう言って、父は目を伏せた。
口元に残る笑みは、まるでそれらの行為を皮肉っているかのように歪んでいる。
「……それ、いつかあの子に言うの?」
心は、落ち着きを取り戻しつつあった。
「そうだな。あの子が、本気でそういうことを言ってきたらな」
それまでは、憧れの人を演じ続けるつもりってことか。
「……きっと、傷つくよ」
「お前、あの子を応援したいのかしたくないのか、どっちなんだ」
「……」
あの子に会ったばかりの頃の私なら、絶対に応援はしない。だけど今は、……もう、あの頃とは違っちゃってる。
フランカは、私の友達なんだ。
あの子はどう思っているのか知らないけど、私は、あの子に対して友情を感じてる。だから、あの子が傷つくのは見たくない。
「……まぁいいや。とにかく、そういうことだ。俺があの子の気持ちに答えることは、絶対に無い」
そう言って、父は立ち上がる。
「さぁ、もう部屋に戻って寝ろ。最近寝不足気味だろ。そんなんじゃ、試験までもたねぇぞ。ほれ、立て立て」
慌ててベッドから離れた私と入れ違いに、父はベッドにごろんと横になる。
「ランプの火、消してくれ」
「うん……」
オイルランプの火を消すと、部屋はすっと闇に包まれる。
ドアノブに手を掛けたところで、私はふと、もう1つだけ聞きたい、いや、言って欲しいことがあるのを思い出した。
「ねぇ、お父さん」
「んー?」
振り返らずに、言葉を続ける。
「……私のこと、どう思ってる?」
果たして、私が聞きたい言葉を、父は言ってくれるだろうか。
それは、杞憂に終わる。
「そりゃあ、可愛いに決まってる。特に、父親にとって娘ってのは、そういうもんだ。……聞きたいことは、それで全部か?」
「うん」
「ったく。恥ずかしいこと言わせんじゃねぇよ」
自然と、笑みが浮かぶ。
「ごめんね、お父さん。……ありがと」
そっとドアを開け、廊下に出て、後ろ手にドアを閉める。ホッと、一息。
……これでようやく眠れる。さっさと、部屋に戻ろう。




