09-2
その不気味な少年は、オルトリンデの北部から来たようだった。
結局、彼についてわかったのはそれだけで、来たようだ、というのも、私より先に汽車に乗ってたことから、モンテスよりも北のどこかから来たんじゃないかと、勝手に想像しただけの話だ。
そしてとにかく、そいつの話はよくわからなかった。
話し相手になってと頼んだくせに、結局、ずっとそいつが1人で喋っていた。話の内容は、あまりよく覚えていない。
なんかごちゃごちゃ、あーしなきゃこーしなきゃって誰かに対して言ってた気がする。
でも、1つだけはっきりと覚えている言葉がある。
――探していた人にようやく会えたんだ――
確かに、彼はそう言った。……なぜか、私を見つめながら。
「じゃあ、僕は乗り換えだから」
「あ、うん」
エンシーナの駅に到着し、ホームで彼と別れる。彼は2つ隣のホームへ、私は駅の外へ。
「ねぇ!」
しかし、その歩みは彼の声に止められる。振り返ると、彼は身体ごとこちらを向いていた。
「君の名前は?」
……そういえば、言ってなかったな。お互いに。
「ティナ・ロンベルク」
すると、彼は目を丸くした。
「ロンベルク? もしかして、クレイグ・ロンベルクの親戚か何か?」
「ううん、娘。私は、クレイグ・ロンベルクの娘だよ」
父の、知り合いかな?
「……そっか。娘か。……確かに、若い頃の彼に似ているかもしれない」
「えっ?」
なんだ? 何を、言ってる? 若い頃の、彼?
「ちょっと、どういう――」
問いかける前に、彼は踵を返した。私は「待って!」と声を張るけど、彼の歩みは止まらない。私は、構わず問いかける。
「あなたは誰? 誰なの?」
少年は、ぴたりと止まる。そして、顔を半分だけこちらに向けた。その口の端は、やや上向いているように見えた。
「神様」
「は?」
「……冗談だよ」
そう言ってまた前に向き直ると、彼の姿は行き交う人々の波と合流して、消えた。
私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。追おうと思えば、追える。彼が向かったホームは、わかっているんだから。
だけど私は、疑問を抱え込んだまま、駅の外へ歩き出した。
思い出したんだ。そんなことしてる時間は無いって。
駅前広場で、レオーネを伴ったフランカと会い、そのまま小試験場へ向かう。この待ち合わせの約束は、試験前、最後の休日に交わしたものだ。
「クレイグ様は、やっぱりいらっしゃらなかったのですね」
「うん。家で応援してるってさ。私と、フランカさんを」
そう言ってやると、フランカは「そうなんですかー」と嬉しそうに笑う。足取りも軽やか。軽やかになりすぎて、飛んでいってしまいそうなくらいだ。
……まぁ、嘘は言ってない。
小試験の準備をする私に父は、「フランカにもよろしく言っておいてくれ」と言っていた。だから、よろしい感じのことを言ったまでだ。
そしてそれは、効果てきめん。
……こんな言葉くらいで喜ぶレベルで、ずっといてくれればいいんだけどな。この子が傷つくところは、見たくないもんね。
「あれ? ティナさん、どうされたのです? なんだか、お顔の色がすぐれませんね」
いつの間にか私の顔を覗き込んでいたフランカに指摘され、私は「そうかな」と呟く。
その理由は、わかってるけどね。
「……汽車の中でさ、妙な男の子と乗り合わせたんだよ」
「妙な?」
「うん。そいつさ、変なこと言うんだ。私がクレイグ・ロンベルクの娘だと知ってさ、若い頃の彼にそっくりだって。ね? おかしいでしょ? あいつ、どう見たって私よりちょっと年上くらいな感じなのにさ、まるで昔っからお父さんのこと知ってるふうなこと言うんだよ? 絶対変だよ」
それを聞いたフランカは、「確かに、変ですね」と思案顔。
「もしかしたら、その方はお若く見えるだけで、実はクレイグ様の古いお知り合いの方とか、もしくは、お弟子さんだったとか」
フランカの意見に、私は「それは無いよ」と首を振る。
「お父さん、弟子を取ったこと無いんだ。強いて言うなら、私たちが初めての弟子ってことになるんじゃないかな」
私の言葉に、「初めての弟子?」と自分を指差すフランカ。首肯して見せると、「そうなんですかー」とまた嬉しそうにしだす。……駄目だこりゃ。
古い知り合いってことも、多分ない。
父は傭兵時代、親しい人間をすぐに家に連れてきたりしていたから、もしあいつがそうなら、私とも面識があるはずだ。だけど、彼の顔は今日初めて見た。
それに、あいつは若く見えるんじゃなくて、実際に若いんだ。確証なんて無いけど、私はそう思った。……あいつは、どこか子供っぽかった。
自分のことを「神様」って言っちゃうくらいだもん。もし大人なら相当痛い奴だ。いや、若くても充分痛いか。
もっと小さい子だったなら、まだ許せたかもしれないけど。
「ティナさん」
「!」
思考の波に飲まれかけたところで、意識を引き戻される。見ると、フランカがにこにこして私の顔を覗き込んでいた。
「そんなことより、今日の試験に集中しましょうよ」
……そんなことより、か。確かにそうだ。
私は下らない思考を頭の隅っこにしまい込み、「そうだね」と微笑む。
そうだ。そうだよ。そんなどうでもいいことを考えている場合じゃないんだ。
……どうでもいいこと? 本当に、そうなんだろうか。




