07-1
一次試験まで、ちょうど1ヶ月。訓練も追い込みに入る。
だけど、その前にやっておかなければならないことがあるんだ。
それは、傭兵採用試験の受験申請。
今日から試験2週間前までが、その受付期間となっている。これをやっておかないと、試験を受けられない。
私と父は、フランカの待つエンシーナへと向かった。
汽車に揺られ、エンシーナに到着したのは昼前。
駅前で私たちを待っていたフランカと共に、受験申請を受け付けている傭兵支援協会支部へと向かおうとしてすぐに、父は「あ」と言って足を止めた。
「どうしたの?」
問うと、父は何やら複雑な表情を作って視線を上向けた。
「クレイグ様?」
心配そうに父に歩み寄るフランカを見て、父は「ちょっと準備が要るかもなぁ」と呟く。
「準備?」
首を傾げる私に、父は「ああ」と頷いた。
「……まぁ、とりあえず修道院に行こうじゃねぇか」
父はそう言って、協会支部とは別の道、ゴルドベルグ修道院へ続く道へ進路を変更した。
修道院に到着し、とりあえず客間に入る。父に促されてソファに腰掛けたところで、レオーネとジゼル、それと若い修道女2人が、まるで引き寄せられるようにぞろぞろと部屋に入ってきた。
「姫様。受験申請に行かれたのでは?」
ジゼルの問いかけに、フランカは「ええ」と困り顔で父を見やる。レオーネが私を睨むように見てくるけど、私だって知らないよ。そんな目で見んな。
「お父さん。どういうこと? 準備って何?」
全員の視線を一身に浴びた父は、「ああ……」とフランカを見る。見られたフランカは、わずかに頬を赤らめて、恥ずかしそうにもじもじしだす。
「受験申請に行くと、ついでに写真を撮るんだよ。胸から上の証明写真をな」
「写真……?」
聞き返しつつ、ふと周囲に目をやると、レオーネたちも、フランカも、父の言葉に何を感じたのか、顔を強張らせていた。
え? ……何?
「まぁ、無いとは思うが、もしフランカの写真を城の関係者が目にすることがあったら、マズいんじゃねぇかと思ってな」
「あっ……」
そこでようやく、フランカたちの表情の意味を理解した。
そっか。その可能性はゼロじゃない。
……いや、ちょっと待て。
「お父さん! どうしてそんな大切なことを黙ってたの?」
「いや、黙ってたわけじゃない。ついさっきまで忘れてただけだ。何しろ、自分が受験申請したのなんて、20何年も前の記憶だからな。今までは、お前らの訓練で頭が一杯だったし。……まぁ、なんというか、……すまん」
フランカは、「いえ、謝らないで下さい」と少し笑みを浮かべた。
「でも、じゃあ、どうしよう。どうすればいいの、お父さん」
すると父は、私に「落ち着け」と言ってから、少しの間黙った後、「顔を変えられりゃあいいんだがなぁ……」と呟いた。
「何を言っているんです。そんなことできるわけがない」
すぐに噛み付いてきたのは、レオーネだ。
「そうです。顔を変えるなんて、そんな……」
ジゼルも続く。その後ろに並んで立っている若い修道女たちも、うんうんと頷いている。
私だって、彼らと同じことを言いたいよ。
だけど、父がなぜかそれほど悩んでいるようには見えないから、黙っているだけだ。
黙って、父の言葉を待つ。
「……そうだな。顔を変えるのは難しい。だが、髪型ならどうだ?」
全員の視線が、フランカの髪に向かう。視線の束に射抜かれたフランカは、「髪型、ですか?」と戸惑う。
「ああ。髪をばっさり切るだけでも、だいぶ印象が変わるはずだろ」
「ばっさり……?」
呟き、肩に垂れる髪に触れるフランカ。ふわりとしていて、滑らかで、輝くような、綺麗な茶色の髪の毛。
今まであれだけ激しい訓練をしてきたのにもかかわらず、その美しさが損なわれることはなかった。それはきっと、よほど丁寧に、そして大切に、フランカが手入れを欠かさなかったからだろう。
それを、切るなんて……。
「……まとめて上げるとか、髪型を変えるだけでは駄目なのでしょうか」
黙り込んでしまったフランカの代わりに、ジゼルが父に詰め寄る。
しかし父は、「そんな曖昧なことをするなら切った方がよっぽどいい」と、頑として譲らない。
そりゃあ、確かにそうかもしれないけど、でも、いきなりばっさり切れって言われてもなぁ……。
私はいつも短いけどさ、もしフランカくらい髪が長かったとしたら、やっぱり同じように躊躇すると思うよ。
「なんなら、俺がやってやろうか。片腕でも、人の髪を切るくらいならできるぜ? その代わり、男みてぇな髪型になっちまうかもな」
「お父さ――」
「冗談じゃないっ!」
私が割って入るよりも先に、レオーネがジゼルを突き飛ばして父の横に立ち、父を見下ろす。今にも手を出しそうな様子のレオーネとは対照的に、父は表情をぴくりとも動かさない。
「……なら、どうすんだ? ほかに何かいい案でもあんのか? 無いだろ? ばっさりやっちまうのが一番いいんだ。違うか?」
レオーネは、怒りと困惑をないまぜにした表情で歯噛みする。
父は冷静な表情を崩さぬまま、フランカに目を移す。
「俺だって、女にとって髪がどれだけ大切なものかは理解しているつもりだ。だからフランカ。これはな、覚悟の話だ。……わかるよな?」
レオーネは、ゆっくりと父からフランカへ視線を移す。ジゼル達や、そして私も、再びフランカに顔を向け、言葉を待った。
やがて、フランカは髪から手を離し、顔を上げる。そこに、もう迷いは無かった。
「わかりました。……ジゼル、私の髪を切って。ばっさりとね」
その言葉を聞いた父は、口元に薄っすらと笑みを浮かべて、「さてと」と立ち上がる。
「お父さん、どこに行くの?」
ドアノブに手を掛けた父は、「ちょっと買い物」と言ってドアを開ける。
そしてジゼルを振り返り、「きれいに切ってやってくれな」と言い残して客間を出て行った。




