05-4
レオーネ・オルドイーニ。フランカより3つ年上の、19歳の青年。
城では、フランカ専属の護衛を務めていたらしい。
「レオーネのこと、どうかお許し下さい」
「んー? いや、許すも何も、別に怒ってないし」
私とフランカは、修道院の庭にある噴水の縁に並んで腰掛けている。水は止められているようなので、このままうっかり後ろに倒れても濡れることはない。
あの後、外の空気でも吸いに行こうと父が提案し、私たちはそれに乗った。その父は、修道院から出る前にジゼルに呼び止められ、彼女と共にどこかへ行ってしまったけど。
「でも、びっくりしたよ。いきなりだったからさ」
「……ごめんなさい」
「いいって。あの人の言ったこと、結構正しいと思うし」
そう言ってフランカを見ると、そこには不満げな顔があった。
「……私は、傭兵を目指すのをやめたりはしません」
「ああ、ごめん。そうじゃなくて、あの人の立場だったら、ああいうのが当然なんだろうなって思っただけ。私個人としては、このままフランカさんと試験に向けて特訓したいし、一緒に傭兵を目指したいと思ってるよ」
フランカの顔から不満の色が消え、いつもの微笑みが帰ってきた。
「……レオーネが、私のことを思ってああ言ってくれたのはわかっているんです。でも、私はそれをそのまま受け入れるわけにはいかなくて、いつも衝突してしまうんです」
そこで言葉を切り、フランカは周囲を見渡す。
さっきまで見かけなかった修道女たちが、今は庭のあちこちにいる。フランカを見つけて、彼女に手を振る修道女も何人かいた。
「あの人たちは、フランカさんのことを知っているの?」
手を振り返してから、フランカは「いいえ」と首を振る。
「私の素性を知っているのは、院長と、あとは私の使用人だけです。ほかの方々には、ファミリアの襲撃で家を失い、院長を頼ってここに来た、院長の知り合いということになっています」
「ふぅん」
なるほど。あの嘘は使い慣れたものだったわけね。
「……あ、そういえばさ、まだフランカさんが傭兵を目指す理由を聞いてなかったね」
さっきは、邪魔が入っちゃったし。
「気になりますか?」
そう問うフランカに対し、私は「まぁね」と笑う。
そりゃ気になるよ。今は逃走中の身とはいえ、ずっと王女として暮らしていた人が、いきなり傭兵だよ? どうしてそんな発想に至ったのかが謎すぎるでしょ。
まさか、……いや、とりあえず話を聞いてみよう。
「……クレイグ様に、話しますか?」
「え? まぁ、そのつもりだけど」
するとフランカは、私から視線を外して俯く。頬は、赤い。
こりゃあ、私の予想通りかもな。
「もしかしてさ、私のお父さんに憧れたから、とか? フランカさん、お父さんのことが書かれた新聞記事とか集めてたって言ってたし」
顔を覗き込みながら聞いてみると、フランカはもじもじしながら「……はい」と細い声を発した。
やっぱり、ね。
「そんなに照れることないじゃん。私、嬉しいよ。自分の父親に憧れて傭兵を目指す人がいるっていうのはさ、誇らしいもん。お父さんも、きっと喜ぶと思う」
フランカはバッと顔を上げ、まだちょっと照れ臭そうな顔で「本当ですか?」と聞いてきた。私が「うん」と頷くと、フランカは嬉しそうに微笑む。
……可愛いな、この人。
父に憧れて傭兵を目指した人は、今までも結構いたんだろう。
でも、父が引退してからはそういう話は聞かなくなり、父もあんなことになってたから、それでも変わらず父に憧れ続けてくれる人がいたっていう事実は、単純に嬉しい。
……まぁ、さすがに飲んだくれになってたということを知っているのは、一部の人だけだろうけどさ。
でもきっと、フランカにそのことを話しても、この子の気持ちは変わらない気がする。
なんとなくだけど、そんな気がするんだ。
「でも、傭兵を目指すとなるとさ、やっぱ人の多いところに行かなくちゃいけないし、その、……怖くないの? レオーネさんも言ってたじゃん。城の人に見つかったらどうするんだって」
フランカの顔から笑みが消え、再び不満が滲み出て、口が尖る。
「そんなに心配することないと思うんです。王女が行方不明になったら、すぐに王国騎士団が捜索に出るはずですし、新聞などでも大々的に報じられるはずでしょう? でも、あれから4ヶ月経った今でも、そのどちらも無いんですから」
……確かに、王女が城から脱走したなんてこと、今日まで全然知らなかった。
言われてみれば、妙だな。普通、子供が行方不明になったら、親は必死になって探すはず。だけど、そんな気配が全く無いってことは、……もしかして、探してない?
「やっぱりお父様は、私がいなくなったことをどうとも思われていないのです。好きにしろということなのでしょう」
そう言うフランカの横顔は、少し寂しげだった。
「ですから、私は好きにすることにしたのです」
そう言って噴水の縁から下りたフランカは、くるりとこちらに振り返る。ふわふわの髪が、優雅になびいた。
「私、必ずレオーネを説得します。いえ、説得できなくても、私は今まで通り、傭兵を目指し続けます」
父親に対し、意地を張っているように見えなくもない。だけど、それは彼女の決意。尊重するべきだと思う。
「ティナさん。これからも私と一緒に、訓練してくれますか?」
噴水の縁から下りた私は、フランカと向かい合う。その瞳を、じっと見つめる。
「もちろん。これからも頑張ろう、フランカさん」
そう言って、右手を差し出す。その手を、フランカはそっと握ってきた。
「ありがとう。……よろしくお願いします、ティナさん」
「こちらこそ、よろしくね。フランカさん」
そうして私達は、笑い合った。




