05-3
それから、少しの間沈黙が続いた。
それを破るように父が、「院長さんは、今はいないのか?」と問いかける。
「はい。あの方は旅のお好きな方で、巡礼がてら各地を歩いて回られるそうです。ですから、いつお戻りになるのかは、分かりません」
特に興味も無さそうに、父は「へぇ」と発した。
「……お前が城を出た理由は分かった。だが、それについて1つだけ気になったことがある」
フランカは父を見つめ、「なんでしょう」と促す。
「お前は、父親にそのことを言ったのか? あんたの政治の道具にされるのはまっぴらごめんだと、自分の気持ちを面と向かって伝えたのか?」
父の口調は、厳しかった。その言葉を浴びたフランカは、唇を引き結んで俯いてしまう。
「……いいえ」
そう答えた直後、フランカは「でもっ」と勢いよく顔を上げる。
「申し上げたところできっと、……お父様は相手にしては下さいません。お父様は、私の気持ちよりもご自分のことの方が大切なのです。そういう方なのです」
……なんか、ちょっとわかる気がする。
私も、1年くらい父と距離を置いていたっていうか、「何を言っても無駄」って自分に言い聞かせて、逃げてたんだよね。それと同じだ。
フランカも、父親から逃げてる。だけど、それを私は指摘できない。
何しろ、私とフランカじゃあ、問題の大きさが違いすぎる。私の場合は、気持ちをぶつけてどうにかなったけど、彼女もそれでうまくいく保証がないもの。
「……そうか。じゃあ、全く何も言わずに飛び出してきたんだな」
「……はい」
口を閉じ、目を伏せた父に、フランカは不安げな表情を浮かべる。
「まさか、城に戻れと仰るおつもりですか?」
もし父がそう言ったところで、彼女に従う義務は無いんだけど、きっとこの子が不安に感じていることは、別にあるんだ。
「いや。そんなことは言わんさ。……ただ、お前の家族はどう思っているかを、考えて欲しいと思っただけだよ」
「家族……」
呟き、また俯くフランカ。そしてそのまま、口を動かす。
「……きっと、お母様やお兄様は心配しておられるでしょう。お二人には申し訳なく思います。ですが、お姉様や、……特にお父様は、道具を失ったことに落胆されるかお怒りになられるだけで、私が出て行ったことに対しては、何ら感慨を持たれてはいないでしょうね」
「そんなことは、無いと思うけどな」
父の優しい口調に、フランカはわずかに顔を上げた。
「娘が家出して、何とも思わない父親はいない」
しかしフランカは、大きく首を振ってそれを認めない。
「私は、そうは思いません。どうしても、お父様が私のことを大切に思って下さっているとは考えられないのです」
父は顎を触りながら、「なぜ?」と問う。
「……私は、お父様に笑いかけていただいたことが一度も無いのです。優しい言葉をかけていただいたり、手を繋いでいただいたり、抱き締めていただいた記憶も、ありません。お父様にとって私は、あくまで国のため、自分のための道具でしかないのです」
こりゃあ、私のとは比べちゃ駄目だわ。だって私は、父にたくさん愛されて育ったから。
……きっとこの問題は、私たちの手に余る。父も、そう感じてると思う。
「クレイグ様。その、……もうこの話は」
「わかった。……すまなかったな」
「いえ……」
退くしか、ないよね。
これ以上話しても、不毛なだけ。フランカの傷が広がるばかりだ。
「……」
部屋が沈黙で満たされてようやく、私は自分のティーカップが空になっていることに気がついた。
しばらくして、客間のドアがノックされた。フランカが返事をすると、ドアを開けて1人の青年が入ってきた。
長身で脚の長い、黒髪黒瞳の青年だ。
「どうしたの、レオーネ」
レオーネと呼ばれた青年は、フランカの質問には答えず、私たちの方へ歩み寄ってきた。
その顔には、怒りのようなものが見て取れる。
「あなたがクレイグ・ロンベルクか」
「ちょっと、レオーネ!」
ソファから立ち上がり、レオーネの腕を掴むフランカ。
そんな彼女に対し、「姫様は、黙っていて下さい」とレオーネ。彼もフランカの使用人かな。態度悪いけど。
「……そうだが、何か?」
父はそう答え、レオーネを見上げる。父がどんな顔をしているのかは見えないけど、きっと笑みを貼り付けていることだろう。口調も軽い。
「姫様に剣を教えると約束されたそうだが、撤回していただきたい。姫様は傭兵になどならん」
……面倒くさそうなのが来たな。
「何言ってるの、レオーネ! 言ったでしょう? あなたの指図は受けないと」
フランカは、慌てた様子で再度レオーネの腕を引っ張り、自分の方へ向けさせる。
「姫様がどう思われようと関係ありません。私は、絶対に反対です」
なんとはきはき喋る男だろうか。それに、妙な威圧感がある。
「あなたは、どうしてそんなに反対するの? ジゼルもキアラもロザリーも、みんな私を応援してくれるのに!」
怒っているフランカは、なんだか新鮮だった。
「危険だからです。剣を持って、ファミリアと戦うなど……。それだけじゃない。そもそも、あなたは逃亡中の身。外を出歩いて、もし城の者に見つかったらどうするのです。ジゼルさんも、キアラもロザリーも、本心では私と同意見のはずです」
……まぁ、彼の言い分も間違っちゃいないんだろうけど。
黙り込んでしまったフランカから、再度父に視線を戻したレオーネは、「とにかく、二度と姫様に近付かないでいただきたい」と言い捨て、「失礼しました」と部屋を出て行った。
一方的に言いたいことだけ言って去っていく。まるで嵐のような奴だな……。




