第21話 さらばアネステリア、こんにちはお城暮らし!(第2部)
「プライドを捨てたのに、完全に無駄だったとは……」
「エドワード、お前あの花瓶の件がなくても、とっくにプライドなんて捨ててるだろ。それも、ずいぶん昔にな」
波乱に満ちた朝を終え、4人の悪友たちはようやく重い腰を上げ、給料に見合うだけの厳しい労働に就く時間となった。
その『厳しい労働』とは、アンネステリアの書店の店番である。
臨機応変な対応が求められ、店主であるアンネステリアが別の用事で忙しい時は、彼らが新規客の応対を任されることも多かった。
カランコロン。店のドアが開いた。
「スディスタ書店へようこそ――って、え!?」
足を踏み入れた人物の姿を目にしたサンズは、どう反応していいか分からず、言葉を途中で飲み込んだ。
「えっと、そこの若者よ。大丈夫かね?」
「エドワァァァド! 店に貴族様が来てるぞ!」
友の叫び声を聞きつけ、エドワードが狂犬のように猛ダッシュで駆けつけてきた。
「貴族だって? ああ、確かにその服はそれっぽいけど、どっちかっていうと執事か馬車引きじゃねえの……?」
「ば、馬車引き!? 執事だと!? 出過ぎた真似を許してほしいが、私は決してそのような身分に見えるはずが……。何か誤解をしているようだが、私は――」
「まあ、あんたが俺のことをただの平民だと思って見下してるみたいだから、忠告しといてやるよ。この村で『魔王の欠片』を倒したのはこの俺だからな。だから、そんな上から目線で話さないでくれる?」エドワードが言葉を遮るように、胸を張って偉そうに言い放った。
「いや、決して見下してなどいないのだが……」
謎の男は間違いなく最高級の豪華な衣服を身に纏っていた。だが、全体的に落ち着いた黒で統一されていたため、エドワードの節穴のような目には『高級な下働きの制服』にしか見えなかったのだ。
「エドワード、息を吐くように嘘をつくな! 『俺たち』が魔王の欠片を倒したんだろうが!」サンズが憤慨する。
「いや。お前はただの携帯用モバイルバッテリーだっただろ、サンズ」
「このクソ野郎! 自分じゃ『お前が世界を救うんだぞ!』とか熱いこと言ってた癖に、都合のいい時だけ手柄を独り占めしやがって!」
「え、俺そんなこと言ったっけ?」
「とぼけんな!」
豪華な服を着た男は、完全にただの観客と化していた。
言い争いに夢中な二人は、もはや彼に1ミリの関心も払っていない。
「この二人にはお気になさらず、お客様」
貴族の男は、その流暢で落ち着いた声の主へと視線を向けた。
「もし何かお探しのものがございましたら、俺がご案内いたしますよ」
その新顔は先ほどの二人よりも背が高く、その容姿にはどこか見覚えがあった。奇抜な髪型に、青緑色に輝くヘーゼルアイ……。
「お待ちください……。もしやあなたは、あのナンバー7を『取り逃がした』青年ではありませんか?」
店内に沈黙が落ちた。
それを破ったのは、エドワードとサンズのあからさまな「プククッ」という嘲笑だけだった。一方のマイクは、一切表情を崩さない。
「ええ、私です。しかし、誤解されていますね。彼女は私に対して為す術がなかったため、私は純粋な『慈悲』から彼女を見逃してあげたのですよ。何より、私が最強ですからね」
マイクは自信満々なドヤ顔のまま、滔々(とうとう)と嘘八百を語り続けた。
(((こいつ、息を吐くように嘘をつきやがる……! 目が胸に釘付けになって逃げられただけだろ!)))
と、仲間たちは心の中で激しく突っ込んだ。
「なるほど。確かにあなたが彼女を相手に善戦したという噂は聞いています。しかし、あなたが担ったのはほんの囮の一部に過ぎず、彼女を大幅に弱体化させたのは大魔術師マクスウェル殿だそうですが?」
「フェイクニュースですね」
「はい?」
「フェイクニュースです。大魔術師マクスウェルは何もしていません。正直に言えば、私の介入がなければ彼らは全員死んでいましたよ。なにせ、あのジジイにはもう魔力すら残っていませんでしたからね」
「しかし、あなたにも魔力はないはずですが? 現場にいたエルフの一人が、あなたを治療した際に気づいたそうです。あなたからは『一滴の魔力も感じられなかった』と。だからこそ、ナンバー7にあれほど激しくオモチャのように吹き飛ばされたのでしょう?」
男は絶対的な事実で容赦なく反論した。
マイクの偽りの余裕が、パラパラと音を立てて剥がれ落ちていく。
その激しく泳ぐ視線は、なんとか体裁を保つための言い訳を脳内でフル回転させて探している(そして見つかっていない)証拠だった。
「……今日の空は、やけに青いな」
マイクは唐突に、現実から逃避するように遠い目をして天井を見上げ、無駄に詩的な口調で呟いた。
「ちょっと男子たち、なんで仕事もしないで油を売ってるの……って」
その時、アンネステリアが顔を出した。おそらく受付業務を代わり、この3人のバカに雑用を押し付けようとしたのだろう。まさか彼らが、スディスタ領の領主その人と気さくに(そして無礼に)雑談を交わしているとは露知らず。
(((領主!?)))
「よ、ようこそ、私の質素な書店へ! ゴプテン・フォン・ナハトヴァルト領主様ぁぁっ!!」
アンネステリアは突如として裏返った甲高い声で叫び、勢いよく深々とお辞儀をした。
(((りょ、領主様ァァァ!?)))
男たちは心の中で、飲んでもいない水を盛大に吹き出した。
4人は目玉がこぼれ落ちそうになるほど目を丸くし、こんな高位の貴族がなぜこんな平凡な本屋に来たのかと首を傾げた。ひとつだけ確かなのは、アンネステリアが普段の「怒れる姉御」の姿からは想像もつかないほど緊張し、ガチガチに畏まっているということだ……。
この前代未聞の事態に、ナハトヴァルト領主は奥の席へ案内され、お茶を振る舞われることになった。少年たちは、アンネステリアがこの時のためにわざわざ戸棚の奥から引っ張り出してきた最高級のティーセットに釘付けになっていた。
この世界に来てからというもの、彼らは四六時中お茶ばかり飲んでいた。しかし今回ばかりは、アンネステリアから「あんたたちは絶対に飲むな」と殺気を込めて固く禁じられていたのだ。
彼女は大切なお客様のためだけに、この貴重な飲み物を出し惜しみしていた。その訪問の理由は、すぐに明らかになる。
「それで、ゴプテン・フォン・ナハトヴァルト領主様。本日はどのようなご用件で、私の書店まで足を運ばれたのでしょうか?」
「そんな堅苦しい挨拶は不要ですよ、アンネステリア嬢。なにしろ、我々の『家族』はとても親密で、良好な関係を築いているのですから」
(((……家族!? 待てよ、こんな辺境の小さな店を切り盛りしてるただの平民が、どうして貴族の家柄とそんな深い繋がりを持てるんだ……? おのれ、この隠れお嬢様め……!)))
「おいアンネステリア、どういうことだよこれ」エドワードが獲物を見つけた猛禽類のように口を挟んだ。「お前の家族が領主様の家族と繋がりがあるって、一体どういう意味だ?」
エドワードはこの状況を最大限に利用する(ゆする)つもりだった。アンネステリアの肩がビクッと跳ね、ティーポットを持つ手が微かに震えているのを見て、花瓶の件と制服の件の『借り』を何百倍にもして返させる絶好のチャンスだと確信したのだ。
アンネステリアは、ギギギ……と錆びた機械のような音を立てて顔をエドワードに向けた。顔には引きつった愛想笑いが張り付いていたが、そのこめかみにはすでに滝のような冷や汗が流れている。
「お願いだから、今はやめて、エドワード……」
彼女は歯を食いしばりながら、腹話術のように小声で懇願した。
一方、イツロウはアンネステリアに「ちょっとこっちへ」と手招きをした。彼女はエドワードの尋問のような視線から逃れるように、縋る思いで慌ててイツロウの方へ身を乗り出した。
「なあ、あんたの『本当の苗字』って……何なんだ?」
イツロウは、弱みを握った悪魔のようなねっとりとした声色で、アンネステリアの耳元で囁いた。
その質問と同時に、エドワードの「ククク……」という邪悪な笑い声が響き渡る。
彼女は完全に、最悪の悪党二人にチェックメイトを宣告されたのだ!
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