第99話 福音大食い選手権
朝の福音が終わったあと。
海底には、まだ食べ残された福音がぽつぽつ落ちていた。
俺、キンメダイ、キントキダイ。
その辺ではメジナやカワハギ、ブダイなんかも、残った福音を探している。
「あったー!」
キンメダイが岩の隙間から福音を見つけた。
パクッ。
「これで五個目ー」
「数えてたの?」
カワハギが振り向いた。
「うん!」
「僕、六個食べたよ」
「俺は七個」
ブダイが言った。
「七個?」
「うん」
「…………」
カワハギが岩の隙間を覗き込んだ。
「もう一個ないかな」
「なんで急に競ってるの?」
キントキダイが言った。
「俺は八個食べたよ」
少し離れたところからメジナが言った。
「八個?」
「朝から腹減ってたから」
「…………」
ブダイが海底を探し始めた。
カワハギも岩の裏を覗いている。
「もう食べ残しだぞ」
「まだあるかもしれないだろ」
「さっきまで普通に拾い食いしてただけなのに」
その様子を見ていたメスのメジナが笑った。
「八個も食べられるの? すごーい」
「え?」
「福音いっぱい食べられるオスって素敵だよね」
隣にいたメスも頷いた。
「強そう」
「…………」
ブダイが岩の裏まで探し始めた。
「何してんの?」
「もう一個ないかなと思って」
「急に必死になったな」
俺も砂の上を見回した。
「チカメ?」
「いや、落ちてるかなと思って」
キントキダイが俺たちを見た。
「もう夕方まで降ってこないよ」
「…………夕方」
ブダイが顔を上げた。
「夕方の福音で勝負する?」
「何個食えるか?」
「うん」
「いいよ」
メジナも寄ってきた。
「僕もやる」
カワハギも言った。
「僕もー!」
「キンメダイもやるの?」
ネンブツダイまで近づいてきた。
「何かやるの?」
「夕方、福音何個食えるか勝負するんだって」
「じゃあ俺もやる」
「参加者増えてない?」
誰も大会を開いた覚えはない。
でも大会になった。
◇
昼。
メジナがものすごい勢いで俺の前を通り過ぎた。
「…………」
しばらくすると、また通った。
「…………」
もう一度通った。
「何してんの?」
「運動」
「なんで?」
「夕方までに腹減らす」
「お前、普段から一日中泳いでるだろ」
「今日は多めに泳ぐ」
「魚の運動、泳ぐしかねえのかよ」
見ると、カワハギも岩の周りをぐるぐる回っている。
ネンブツダイたちも群れで行ったり来たりしていた。
「チカメさん、何なんすかこれ」
イトヨリダイがやってきた。
「夕方に福音大食いするから、みんな腹減らしてる」
「食べるために泳いでるんすか?」
「そう」
「で、食べたら?」
「知らない」
「何のために生きてるんすか?」
「魚にそこ聞くなよ」
その時。
「何してんの?」
鯖が通りかかった。
「夕方の福音で、何個食えるか勝負するんだって」
「大食い?」
「うん」
「俺もやる」
「今来たばっかりだろ」
鯖が沖を見た。
「じゃあ俺、熱海までランニングしてくる!!」
「お前のランニング泳ぐことだろ!!!」
「夕方までには戻る!!」
「熱海を練習コースにすんな!!!」
鯖はそのまま沖へ消えていった。
「…………」
イトヨリダイが見送った。
「本気っすね」
「今知った大会なのにな」
「チカメは運動しないの?」
キントキダイが聞いてきた。
「しないよ」
「勝負するんでしょ?」
「腹なんか夕方になれば勝手に減るだろ」
遠くから声がした。
「頑張ってー!」
さっきのメスたちが、泳いでいる連中を応援していた。
「…………」
俺は少し考えた。
「ちょっと川奈一周してくる」
「行くんだ」
「散歩だよ」
「泳いでるよ」
「うるせえ!!!」
◇
夕方。
朝より明らかに魚が増えていた。
「こいつら誰?」
「知らない」
スズメダイもいる。
ベラもいる。
朝はいなかった魚まで混ざっている。
「福音いっぱい食べるんだって?」
「何個食えば勝ち?」
「知らない」
「誰が数えるの?」
「自分」
「嘘ついたら?」
「知らない」
「何も決まってねえじゃん!!!」
朝、その辺で拾い食いしていただけだから当然だった。
「チカメー!」
キンメダイがやってきた。
「僕、お腹減った!」
「俺も」
「運動した?」
「したよー!」
「何したの?」
「いっぱい泳いだ!」
「やっぱりそれしかないんだな」
その時。
沖から何かが猛スピードで近づいてきた。
「間に合ったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
鯖だ。
「本当に帰ってきた!!」
「熱海往復してきた!!」
「どうだった?」
「腹ペコ!!!」
「熱海の感想それだけ!?」
……ん?
鯖の後ろにも魚がいる。
しかも一匹じゃない。
「なんだ、あいつら?」
鯖が嬉しそうに振り返った。
「熱海のソウダガツオ!」
「連れてきたの!?」
数匹のソウダガツオが、そのまま俺たちのところまでやってきた。
「川奈で福音大食いするって聞いたんだけど」
「するけど……」
「俺らも混ぜてよ」
「いいけど……」
俺は鯖を見た。
「お前、熱海まで腹減らしに行って、参加者増やして帰ってきたの?」
「うん!」
「勝つ気ある!?」
「ある!!」
「じゃあなんでライバル連れてくるんだよ!!!」
「楽しそうだったから!」
「気が利く方向がおかしいんだよ!!!」
朝はその辺にいた数匹だった。
夕方には熱海勢までいた。
その時。
海面に見慣れた影が現れた。
「あっ」
海上レクサスだ。
教祖が来た。
「来たぞ!」
「福音だ!!」
魚たちが一斉に上を向いた。
しばらくして。
福音が海中を漂い始めた。
「来たあああああああ!!!!」
全員が一斉に飛び出した。
◇
「一個!!」
パクッ。
「二個!」
「三個!」
「それ俺の!!」
「海にお前の福音なんかねえよ!!」
目の前に一粒。
「四個!」
俺が突っ込んだ。
ドンッ。
「痛っ!!」
メジナの身体が横から入ってきた。
そのまま福音を食われた。
「お前、今わざとだろ!」
「たまたま」
「真正面から身体入れてきたじゃねえか!」
「妨害禁止って決めた?」
「決めてないけど!!!」
また福音が漂ってくる。
「五個!」
「六!」
「僕七個ー!」
「えっ、キンメダイもう七!?」
「うん!」
俺の少し前を福音が沈んでいく。
よし。
今度こそ――
パクッ。
キントキダイが食べた。
「…………」
「何?」
「今の俺が狙ってた」
「落ちてから追うから遅いんだよ」
「どういうこと?」
「上を見てれば、だいたいどこに来るか分かるよ」
「大食いに戦略持ち込んでる奴いる!!!」
「勝負なんでしょ?」
「そうだけど!!!」
横では、熱海のソウダガツオまで福音へ突っ込んでいた。
「八!」
「九!」
「熱海勢つええ!!!」
その間を鯖が抜けていく。
パクッ。
パクッ。
「九! 十!」
「鯖はええ!!!」
「腹ペコだああああ!!!」
◇
その時。
メジナが後ろを見た。
「おい!! 後ろにも福音落ちてきたぞ!!」
「どこ!?」
鯖が振り返った。
少し離れたところを、大きな福音が沈んでいる。
「でかい!!!」
鯖が一直線に飛び出した。
「待て、それ――」
パクッ。
ギュンッ!!
「うわああああああああ!!!!」
鯖が海面へ消えた。
「…………」
「…………」
俺はメジナを見た。
メジナは何事もなかったように福音を食べている。
「お前、分かってたろ」
「何が?」
「針ついてたぞ」
「…………」
パクッ。
「これで一匹減ったな」
「大食いでライバルを釣らせるな!!!!」
――ザバンッ!!
「ただいまぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「早っ!!!!」
鯖が戻ってきた。
しかも嬉しそうだ。
「時期外れの鯖はいらないってー!」
「嬉しそうに言うな!!!!」
「まだ福音ある!?」
「もう復帰するの!?」
「十一個目えええええ!!!!」
鯖が再び福音へ突っ込んでいった。
「妨害失敗してんじゃん」
カワハギが言った。
「…………」
メジナは黙って次の福音を追いかけた。
◇
そこからはもう、誰が何個食べたのか分からなかった。
「十二!」
「今の俺の!」
「十三!」
「数合ってる!?」
「知らない!」
「福音来たぞ!!」
「うおおおおおお!!!!」
全員が突っ込む。
押される。
押し返す。
横から食われる。
熱海勢まで突っ込んでくる。
「ここ川奈だぞ!!!」
「大食いに県境あんのかよ!!!」
「熱海も静岡だよ!!!」
「そうだった!!!」
「チカメさん!!」
イトヨリダイが少し離れたところから叫んだ。
「何個っすか!?」
「分かんねえ!!!」
「誰が勝ってるんすか!?」
「分かんねえ!!!」
「何を競ってるんすか!?」
「福音食ってる!!!!」
「それ普段と同じっす!!!!」
「また来たぞ!!」
「来たあああああ!!!!」
もう誰も数えていなかった。
◇
やがて、海上レクサスが帰っていった。
「…………」
誰も勝者を知らなかった。
「…………何個食った?」
「知らない……」
「俺も……」
「途中から数えてなかった……」
「僕いっぱい食べたー……」
「それは知ってる……」
腹が重い。
昼から馬鹿みたいに泳いで。
夕方は福音を追い回して。
食えるだけ食った。
「チカメー」
「んー?」
「お腹いっぱい」
「俺も」
「楽しかったねー」
「…………うん」
「…………」
「…………幸せ」
誰かが言った。
「…………分かる」
「…………」
「…………zzz」
「…………」
「…………zzz」
「…………zzz」
「…………zzz」
第99話 終




