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第98話 ホウボウには毒がない

挿絵(By みてみん)



「おーっほっほっほっほ!」



朝から海底に、高笑いが響いていた。



「…………誰?」



俺たちは声のする方を見た。



岩の向こうから、一匹の魚が現れた。



赤い身体。


大きな頭。



そして――



スタスタスタスタ。



「…………」



スタスタスタスタ。



「…………歩いてる」



キンメダイが言った。



「歩いてるね」



キントキダイも言った。



「魚が?」



「魚が」



そいつは胸びれの下から伸びた脚のようなものを使って、海底を歩いてきた。



俺たちの前で止まる。



「ごきげんよう、庶民の皆様!」



バサァッ!!



巨大な胸びれが左右に開いた。


青緑色の鮮やかな模様が、海底いっぱいに広がる。



「おーっほっほっほ! ご覧なさい! この優雅で華麗な姿を!」



グー。



「…………」



「今なんか鳴った?」



「鳴ってませんわ」



グー。



「鳴ってるじゃん」



「鳴ってませんわ!」



グーグー。



「喋ってないのに鳴ってるぞ!!!!」



「お黙りなさい!」



「いや、お前から鳴ってるだろ」



「気のせいですわ!」



胸びれを広げたまま、そいつは得意げに顎を上げた。



「この海底で最も華やかで、高貴で、可憐な魚――それがわたくしですわ!」



「…………」



「なんですの?」



「というか、お前誰?」



「ホウボウですわ!」



「ホウボウね」



「おーっほっほっほっほ!」



グー。



「…………ミノカサゴとキャラ被ってない?」



「…………」



ホウボウの胸びれが止まった。



「…………被ってます?」



「え?」



「ミノカサゴ様と……わたくし、被ってます?」



「様!?」



イトヨリダイが顔を出した。



「知ってるんすか?」



「べ、別に! 憧れているわけではありませんわ!」



「まだ誰も憧れてるとは言ってないよ」



「…………」



グー。



「めちゃくちゃ憧れてんじゃん」



「違いますわ!!」




          ◇




「そもそも、どこが被っているとおっしゃいますの?」



ホウボウが俺に詰め寄ってきた。



「派手だし」



「これは生まれつきですわ!」



「胸びれ広げて自分で綺麗って言うし」



「事実ですもの!」



「偉そうだし」



「高貴ですの!」



「まあ、でも一番違うのは――」



「違うのは?」



「ミノカサゴは毒あるし」



「…………」



グー。



「お前は?」



「…………ありませんわ」



「ないんだ」



「ありませんわよ!!」



「そこ怒るところなの!?」



ホウボウは胸びれを閉じた。



「…………そこなんですの」



「何が?」



「ミノカサゴ様には、毒がありますわ」



「うん」



「美しく、華やかなヒレを持ちながら、その身には毒まで秘めている……」



うっとりしていた。



「綺麗な薔薇には棘がある、みたいな?」



「…………薔薇ってなんですの?」



「あ」



イトヨリダイがスマホを覗いた。



「えーっと……綺麗なイソギンチャクには毒がある、的なやつっす!」



「イソギンチャク……全然薔薇じゃねー!!!」



「じゃあサンゴとか?」



「サンゴには毒がありますの?」



「…………種類によるっす」



「例えがどんどん面倒になってる!!!!」



「とにかく!」



ホウボウが身を乗り出した。



「美しいのに毒がある! そこが素敵なんですの!」



「やっぱり憧れてんじゃん」



「…………少しだけですわ」



「認めた」



「わたくしだって、美しさなら負けていませんもの!」



「そこは一歩も引かないんだな」



「ですが……」



グー。



「わたくしには毒がない」



「うん」



「どれだけ美しくても、毒がなければミノカサゴ様のようにはなれませんわ」



「別にならなくてもいいだろ」



「嫌ですわ!」



「なんで!?」



「わたくしも毒のある女になりたいんですの!!」



「魚から初めて聞いたよ、その目標」



「ですから考えましたの」



ホウボウが顔を上げた。



「毒がないからといって、わたくしが華やかでないわけではありませんわ!」



バサァッ!!



巨大な胸びれが左右いっぱいに広がった。



「ご覧なさい! この優雅さ! この可憐さ! 海底に咲く大輪の花のような、この華麗なる姿をー! おーっほっほっほっほ!」



グーグー。



「…………」



さっきから何かに見えると思ったら。



二枚うちわ持って盆踊りに来た田舎の子だ。



「そして、わたくしに足りないものはただ一つ!」



「毒ね」



「そうですわ!」



胸びれを閉じ、ホウボウは得意げに顎を上げた。



「ですから、せめて性格だけでも毒を持とうと思いましたの!!」



「悪役令嬢、後天性だったの!?」



イトヨリダイが目を丸くした。



「毒ってそっちの毒だったんすか!?」



「努力の結果ですわ!」



「努力で性格悪くしようとするなよ!!!!」




          ◇




聞けば、かなり努力したらしい。



高笑い。


偉そうな言葉遣い。


庶民呼ばわり。


優雅な立ち振る舞い。



全部、毒のある女になるために身につけたものだった。



「歩き方一つにも気品が必要なんですの!」



スタスタスタスタ。



「魚なのに?」



「バタバタ泳いで登場してどうしますの!」



「魚だよ!?」



ホウボウがくるりと振り返った。



バサァッ!!



…………月が出た出た。



「おーっほっほっほ!」



グー。



「どどん、ととん」



「…………チカメさん?」



「…………いや、なんでもないっす」



「なんでチカメさんまであーしみたいになってるんすか」



「動揺したんだよ!!!!」




          ◇




イトヨリダイは、広げられた胸びれを眺めていた。



「でも、本当に綺麗っすね」



「…………まあ」



「写真撮っていいっすか?」



「しゃ、写真?」



「はいっす!」



「…………仕方ありませんわね」



イトヨリダイがスマホを構える。



カシャ。



「もうちょい右向いてほしいっす!」



「こうかしら?」



「いいっす! そのまま!」



カシャ。



「めっちゃかわいいっす!」



「…………」



「どうしたんすか?」



「…………かわいい?」



「かわいいっす!」



胸びれが、ほんの少しだけ開いた。



グーグー。



「喜んでるじゃん」



「喜んでませんわ!」



「もう一枚撮るっすか?」



「…………」



「…………」



「…………撮りますわ」



「撮るんじゃん」




          ◇




「ですが!」



撮影を終えると、ホウボウは急に表情を引き締めた。



「可愛いだけでは、毒のある女とは言えませんわ!」



「まだそこやってたんだ」



「実践ですわ!」



「何を?」



「わたくしの性格に、どれほどの毒が身についたのか確かめますの!」



「あ、チカメー!」



声がした。



キンメダイが福音をくわえて泳いできた。


その隣には、キビナゴもいる。



「チカメ様ー!」



「あれ、キビナゴも一緒だったの?」



「うん! 途中で会ったのー!」



キビナゴが俺の隣まで泳いできた。



「何してるのー?」



「悪役令嬢の練習」



「なにそれ?」



「俺もよく分からない」



「お待ちなさい!」



ホウボウの目が光った。



「なに?」



ホウボウがキンメダイの前に立ちはだかる。



バサァッ!!



「その福音――」



グー。



「すべて、わたくしがいただきますわ!」



「いいよー」



「…………」



キンメダイが全部渡した。



「はい」



「…………」



「どうしたの?」



「もっと……悔しがりなさいよ……」



「なんで?」



「わたくしが奪ったんですのよ!?」



「欲しかったんでしょ?」



「そういう問題ではありませんわ!」



キントキダイが首を傾げた。



「欲しかったなら最初から言えばいいのに」



「違いますの!!」



グーグー。



「わたくしが奪う!」



「うん」



「あなた方が悔しがる!」



「うん」



「そこで、わたくしが高笑いをするんですの!」



「悪役令嬢の演出指導まで始めたよ」



「もう一度やりますわ!」



「じゃあ福音返して」



「はいですわ!」



ホウボウが福音を返した。



「悪役向いてないよ!!!!」




          ◇




もう一度やってもダメだった。



キンメダイは奪われても怒らない。


キントキダイは、なぜ奪う必要があるのか聞いてくる。



誰も怖がらない。


誰も悔しがらない。



「…………」



グー。



ホウボウの胸びれが、ゆっくり閉じていった。



「もう……いいですわ……」



「え?」



「わたくしには……毒が足りませんの……」



「別に、毒なんかなくてもいいんじゃない?」



「…………」



ホウボウが俯いた。



「だって……ぐすん」



「ん?」



「わたしも……ぐすっ……ミノカサゴ様みたいに……なりたかったんだもん……」



「…………わたし?」



「毒があって……ぐすん……綺麗で……」



ぽろぽろと涙がこぼれた。



「華やかで……ひっく……」



グー。



「わたしも……あんなふうになりたくて……」



「うん」



「だから……毒がないなら……せめて性格だけでもって……ぐすっ……」



「…………」



「いっぱい練習したのに……」



声がどんどん震えていく。



「わたしには……毒……ないんだもぉぉぉぉぉぉん!!!!」



「うわっ!」



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」



グー!



グーグー!



「毒ほしかったぁぁぁぁぁぁ!!!!」



グーグーグー!



「めちゃくちゃ泣くじゃん!!!!」



「ミノカサゴ様みたいになりたかったのぉぉぉぉぉ!!!!」



グーグーグーグー!



イトヨリダイが慌てて近づいた。



「でもホウボウさん、めっちゃ綺麗っすよ!」



「ほんとぉ……? ひっく……ひっく……」



「胸びれもめちゃくちゃかわいいっす!」



「かわいい……? ぐすっ……」



「かわいいっす!」



「うぅ……ありがとぉ……ひっく……」



グー。



ずっと隣で見ていたキビナゴも、ホウボウのそばへ寄った。



「僕もホウボウちゃん、かわいいと思うよ」



「ほんとぉ……? ひっく……」



「うん!」



「…………ありがとぉ……」



グー。



「…………」



グーグー。



「…………?」



グーグーグーグー。



パクッ。



「…………」



ホウボウがキビナゴを飲み込んだ。



「…………」



グー。



「やっぱお腹の音なの!?」




挿絵(By みてみん)

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