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第96話 ソラスズメダイの憂鬱

挿絵(By みてみん)




次の日。


俺たちは、またイルカ浜に来ていた。



「いたー!」


「昨日の人たちだー!」



青い小さな魚たちが、岩の周りから一斉に出てきた。


ソラスズメダイだ。



「今日も遊ぼー!」


「遊ぼー!」


「何するー?」


「競争しようよー!」



キンメダイがすぐに群れへ混ざっていく。



「私もやるー!」


「あーしもやるっす!」



イトヨリダイも続いた。



「お前も行く?」


「私は見ている」


「だよな」



キントキダイと俺は残った。



「じゃあ、あの岩までね!」


「よーい!」


「スタート!」



青い群れが一斉に飛び出した。


その中に赤いキンメダイとイトヨリダイが混ざっている。



「目立つな……」



ソラスズメダイたちは小さい。


しかも速い。


岩の隙間を縫うように泳いでいく。



「待ってー!」


「キンメ遅ーい!」


「待ってよー!」



完全に子供の遊びだった。



「僕も遊ぶの仲間に入れてー!」



横から別の魚が入ってきた。


黄色と黒の縞模様。


オヤビッチャだ。



「いいよー!」


「やったー!」


「次こっちまで競争ね!」


「はーい!」



「…………」



「どうした?」



キントキダイが俺を見た。



「いや」



オヤビッチャがソラスズメダイの群れに混ざった。



「よーい!」


「スタート!」



また一斉に走り出す。



「こっちこっちー!」


「砂の方行こうよー!」


「キスいるよー!」


「見に行こー!」



青い群れが砂地へ向かった。


俺たちも後を追う。



「あ、いたー!」



砂の上をキスが泳いでいる。



「細ーい!」


「速ーい!」


「待ってー!」



キスが逃げた。



「追いかけるなよ!!」



今度は砂の中から大きな口が見えた。



「マゴチだー!」


「踏まないでねー!」


「踏んだら食べられるよー!」


「はーい!」



「教育番組みたいだな……」



俺は呟いた。



「何だ、それは?」


「いや、何でもない」



岩場へ戻ると、ネンブツダイの群れがいた。



「僕たちも入れてー!」


「いいよー!」


「みんなで遊ぼー!」



どんどん増えていく。



ブダイが横を通った。



「何してるの?」


「遊んでるー!」


「そっかー」



メジナも来た。



「楽しそうだね」


「一緒にやる?」


「やるー!」



「…………」



「まただな」



キントキダイが言った。



「何が?」


「お前の無言だ」


「…………」



「増えた」


「うるさい」




          ◇




「写真撮るっすよー!」



イトヨリダイがスマホを構えた。



「みんな集まるっす!」


「はーい!」



ソラスズメダイたちが集まる。


オヤビッチャも入る。


キンメダイも入る。



「私もー!」


「キンメさん、真ん中どうぞ!」


「やったー!」



「チカメさんも入るっすよ!」


「俺はいいよ」


「入ろうよー!」


「いいって」


「早くー!」



結局、俺も入った。



「撮るっすよー!」


「はーい!」



カシャ。



「もう一枚!」


「はーい!」



カシャ。



一匹のソラスズメダイが周囲を見回した。



「昨日のウミガメ来ない?」


「来る前に撮るっす!!」


「急げー!」


「もう一枚ー!」


「昨日何があったんだよ」


「撮影中に他の魚撮ったら怒られたっす」


「あの人、写真に厳しいよ」


「お前らも怒られたことあるの!?」



カシャ。



「撮れたっす!」


「見せて見せてー!」



ソラスズメダイたちがスマホの周りへ集まった。



「青い!」


「私たち青いよ!」


「知ってるよー!」



楽しそうだった。



「ここいいねー」



キンメダイが言った。



「でしょー?」


「ずっとここにいるの?」


「いるよー!」


「ここ好き!」


「僕も!」



オヤビッチャも笑った。



「ごはんあるし!」


「岩もいっぱいあるし!」


「みんないるし!」



「…………」



俺は青い群れを見た。



「チカメさん、また黙ってるっすよ」


「いや……」



何か引っかかる。



「お前らさ」


「なにー?」



「いつからここにいるの?」



一匹が考えた。



「夏!」


「僕も夏!」


「私も!」


「僕は夏の途中!」


「僕もそのくらい!」



「…………」



「どこから来た?」



「南!」


「南の方!」


「暖かいところ!」


「流されてきたー!」


「僕もー!」



「一緒だねー!」


「ねー!」



青い魚たちが笑った。



「………………」



「チカメ」



キンメダイが俺を見た。



「なに?」


「さっきから点々が増えてるよ」


「見えるの!?」



「何かあるの?」


「いや……」



俺はソラスズメダイを見る。



綺麗な青。


南から来た。


夏に来た。



オヤビッチャもいる。



「………………」



嫌な単語が頭に浮かんだ。



「冬もみんなで遊ぼうねー!」



キンメダイが言った。



「遊ぼー!」


「冬って何?」


「寒くなるんだよー!」


「へー!」


「楽しみ!」


「…………………」



「また増えたよ」


「分かってるよ!!!」



一匹のソラスズメダイが俺のところへ来た。



「チカメも冬遊ぼうね!」


「…………ああ」


「何して遊ぶ?」


「…………」


「雪見たい!」


「海の中じゃ見えねえよ!!」


「じゃあ春は?」


「…………」


「春も遊ぼうね!」


「………………」



もう駄目だ。



「イトヨリ」


「なんすか?」



俺は少し離れた。



「スマホで調べてくれ」


「何をっすか?」


「こいつら、川奈で冬越せるのか」



イトヨリダイがソラスズメダイたちを見る。



「冬っすか?」


「ああ」



スマホを操作する。



「ソラスズメダイ……伊豆……越冬……」



俺は横から画面を覗いた。



「あー……」



イトヨリダイの声が小さくなった。



「やっぱり?」


「最近は越冬する個体もいるみたいっすけど……」



「そうか」



少しだけ安心した。



「ただ、南から流されてきて、水温が下がると死んじゃう魚たちは……」



イトヨリダイが画面を見た。



「死滅回遊魚っていうらしいっす」



「その名前、本人たちに絶対言うなよ」


「了解っす」



「なになにー?」



真後ろから声がした。



「うわっ!!」



ソラスズメダイがスマホを覗き込んでいる。



「何調べてるの?」


「何でもないっす!」


「私たち?」


「違うっす!」


「なんて書いてあるの?」


「えっと……ソラスズメダイは、死滅回遊――」



「イトヨリ!!!!」



「あっ」



「死滅ってなに?」



「…………」



「何それ?」


「いや、これは……」


「私たちのこと?」


「…………」



他のソラスズメダイも集まってきた。



「死滅って何?」


「死ぬってこと?」


「…………」



「私たち死ぬの?」



「…………全部じゃない」



俺は答えた。



「ここで冬を越せるやつもいる」


「じゃあ大丈夫じゃん!」


「ただ、お前らが大丈夫かは分からない」



「…………」



さっきまで騒がしかった青い群れが静かになった。



「じゃあ」



一匹が言った。



「暖かいところに行けばいいんじゃない?」



「…………」



別の一匹が顔を上げた。



「そうだよ!」


「南に行こう!」


「暖かいところに行けばいいんでしょ?」


「なんだー!」


「びっくりしたー!」



あっという間に明るくなった。



「…………どうやって行くの?」



俺が聞いた。



「…………」



「お前ら、どうやってここまで来た?」



「潮!」



「潮に乗ってきた!」


「流されてたら着いた!」


「楽だったよ!」



「じゃあ南へ行く方法は?」



「…………」



青い群れが顔を見合わせた。



「…………」



「知らない」



「片道切符だった!!!!」




          ◇




「小笠原なら行けますよ」



声をかけてきたのは、ムロアジだった。



「小笠原?」



ソラスズメダイたちが集まる。



「暖かい?」


「暖かいですよ」


「私たち住める?」


「ソラスズメダイなら大丈夫だと思います」


「連れてってくれるの!?」


「いいですよ」



青い群れが沸いた。



「やったー!」


「新しいところ行ける!」


「助かったー!」



ムロアジが続けた。



「ただ、生存確率はだいたい40%です」



「40%!?」



青い群れが止まった。


俺も止まった。



「何の統計だよ!?」


「私の感覚です」



一匹のソラスズメダイが恐る恐る聞いた。



「私たちが、ムロアジさんの速さについていけないからですか?」



「いえ」



ムロアジは首を振った。



「私、よくカンパチに食べられるんですよね」



「お前が!?」



「はい」



「運ぶ側が!?」



「なので、小笠原には群れ自体は着くと思います」



「群れ自体は?」



「あなたも私も、生存確率40%くらいです」



「添乗員も同じ確率で死ぬの!?」



「自然ですからね」


「便利な言葉にするな!!!!」



ソラスズメダイたちがざわめく。



「40%……」


「怖いよ……」


「他の方法ないの?」



「高くてもいいならキハダ便がありますよ」



「キハダ便?」



「キハダの口の中に入って運んでもらいます」


「口の中!?」


「はい。泳がなくていいので楽です」


「そっちがいい!」



「たまに間違えて食べてしまいますけど」



「誰が!?」



「キハダが」



「客と餌を分けろ!!!!」



「でも快適ですよ」


「安全なの?」


「快適です」


「安全とは言わねえんだな!!!」



「いくら?」


「一匹250福音です」



「高っ!!!」



「…………」



俺は止まった。



「待て」


「はい?」



「いつの間に福音が通貨になったんだよ!!!!」



「だいたい皆さん福音でやり取りしてますよ?」



「宗教から経済圏が生まれてる!!!!」



ソラスズメダイたちが顔を見合わせる。



「福音持ってる?」


「持ってない」


「私も」


「僕もない」



「そうだろうな!!!」



ムロアジが少し考えた。



「最近はLCCもありますよ」


「LCCまであるの!?」



「伊東港から出てるシイラ便です」


「安い?」


「かなり安いです」



青い群れがまた明るくなった。



「じゃあそれにしよう!」


「それがいい!」



「ただ……」



ムロアジが言った。



「到着した後の魚の話を、一切聞いたことがないんですよね」



「…………」



「…………」



「それ本当に着いてる!?」



「でも評判はいいですよ」


「いいの!?」



「星5です」



「めちゃくちゃ高評価じゃん!!!」



「サバが口コミを運んでました」


「なんて?」



「『安くて速い! 小笠原ならシイラ便!』」


「いいじゃん!」


「シイラさんから聞いたそうです」


「本人じゃねえか!!!!」



「『安心して乗れる。また利用したい』」


「それは誰?」


「シイラの妻です」


「家族!!!!」



「『伊東港からなら絶対シイラ便!』」


「誰!?」


「シイラの群れです」


「関係者しかいねえ!!!!」



ムロアジは頷いた。



「ただ、星は5です」



「そこだけは揺るがねえな!!!!」




          ◇




しばらく相談した。



「ムロアジ便にする」



ソラスズメダイたちが決めた。



「40%だぞ?」


「キハダ便は高いし」


「シイラ便は怖いし」


「ムロアジさんが一番安心できる」



「生存率40%が一番まともだった!!!!」



ムロアジが言った。



「ちょうど明日、小笠原方面へ向かう群れが通ります」


「明日!?」


「はい」


「急だな……」



ソラスズメダイたちは、さっきまで遊んでいた岩場を見た。



一匹がネンブツダイのところへ泳いでいった。



「僕、明日行くことになった」


「どこ?」


「小笠原」


「遠い?」


「分かんない」


「そっか」



「今日もう一回遊ぼ」


「いいよー!」



オヤビッチャも来た。



「僕も!」


「みんなでやろー!」



キンメダイが俺を見た。



「チカメもやろうよ」


「…………」



「最後だよ?」



「…………やる」



「やったー!」



青い群れが走り出した。



俺も追いかけた。




          ◇




翌日。



イルカ浜には、たくさんの魚が集まっていた。



ソラスズメダイ。


オヤビッチャ。


ネンブツダイ。


ブダイ。


メジナ。



沖からムロアジの群れが近づいてくる。



「小笠原方面、出ますよー」



ソラスズメダイたちが集まった。



昨日まで一緒に遊んでいた青い群れだ。



「元気でねー!」



キンメダイが手を振る。



「元気でー!」


「またねー!」



「また川奈来る?」


「分かんない!」


「来れたら来るー!」



イトヨリダイがスマホを構えた。



「最後に撮るっすよー!」



ソラスズメダイたちが並んだ。



その横で、オヤビッチャは見送る側にいた。



「あれ? お前は行かないの?」



「うん。僕はここで冬を越す方に賭けるよ」



「えっ……」



「ムロアジ便、言葉にしたら生存率40%もないと思うんですよね」



「…………」



オヤビッチャは、これから出発する群れを見た。



「小笠原に着いたら、群れの……」



「…………」



「中に誰もいませんよ」



「…………………」



「じゃ、写真撮るっすよー!」



カシャ。



「撮れたっす!」



ムロアジが前へ出た。



「では、出発します」



ソラスズメダイたちがムロアジの群れへ入っていく。



「途中ではぐれた場合、戻れません」


「はい!」



「無理についてこなくても大丈夫です」


「はい!」



「カンパチが出た場合、全員散ってください」


「はい!」



「私が食べられている間に逃げてください」



「はい!」



「待て待て待て!!!!」



俺は止めた。



「最後の避難手順おかしいだろ!!!」



ムロアジが俺を見る。



「その方が皆さん逃げられますから」


「お前は!?」


「食べられます」



「駄目じゃねえか!!!」



ムロアジは静かに俺を見た。



「私たちムロアジには、個体という概念や境界線がありません」



「…………は?」



「私は一人であり、同時にすべてである」



「何言ってんの?」



「よって私たちの死とは、消滅ではなく『全体への融解』である」



「怖い怖い怖い!!!!」



ムロアジが沖を見た。



「あぁ、泳ぎ出そう! まだ見ぬ地へ」



「何この子!?」



ムロアジの群れが動き始めた。



「あ、ちょっと待って!」



「はい?」



俺はキンメダイたちを見る。



「あれ、まだ残ってたよな」


「あるよー!」



キンメダイが持ってきた。



俺たちが今まで少しずつ貯めていた福音。



五百福音。



「これ、持ってけ」



ソラスズメダイたちが目を丸くした。



「いいの?」


「餞別だ。途中で食ってくれ」


「ありがとう!」


「みんなで食べよう!」



青い魚たちが嬉しそうに集まる。



ムロアジも覗き込んだ。



「私も食べていいですか?」


「お前が一番食え」


「なぜです?」



「40%を少しでも上げろ!!!!」



「分かりました」



ムロアジが群れへ戻った。



「じゃあねー!」



「またねー!」



「元気でねー!」



「小笠原でも遊ぶからねー!」



ムロアジの群れが泳ぎ出した。



その後ろを、小さな青い魚たちがついていく。



最初はゆっくり。



やがて速度を上げて、川奈の沖へ。



伊豆七島の先へ。



その先の、まだ見たことのない世界へ。



「元気でねー!!」



キンメダイがいつまでも手を振っていた。



ソラスズメダイたちも、小さくなりながら振り返る。



昨日まで岩場を走り回っていた青い群れが、少しずつ遠くなる。



やがて青い色も見えなくなった。



俺たちは、それまでずっと手を振っていた。



「しかし総じて、キハダ便もシイラ便もムロアジ便も、小笠原に着くと中に誰もいませんよ、なんすねぇ。メモメモっと」



「メモるな!!!!」





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