第94話 熱海から暴走族が来た
その日。
俺たちはいつもの岩場で、特に何をするでもなく過ごしていた。
「ん?」
キンメダイが沖の方を見た。
遠くから、魚の群れがものすごい勢いでこちらへ向かってくる。
「あれ、ソウダガツオじゃない?」
「ソウダガツオ?」
久しぶりに見た。
ソウダガツオやサバは、海の中を走り回って情報を伝えたり、出前の注文を運んだりしている。
「なんか情報か?」
「久しぶりだね」
「出前の注文かもしれないっすね」
群れはまっすぐこちらへ向かってくる。
「…………なんか速くない?」
キントキダイが目を細めた。
「情報を持ってきたようには見えないな」
「じゃあ何?」
先頭のソウダガツオが叫んだ。
「川奈ァァァァァァ!!!!!」
「…………」
その後ろからも続く。
「チカメって奴ァどいつだァ!!」
「熱海ナメてんじゃねえぞォ!!!」
キンメダイが言った。
「情報じゃないみたいだよー」
「見れば分かるよ!!!」
十数匹のソウダガツオが、俺たちの前で止まった。
先頭の一匹が前へ出る。
「お前がチカメか?」
「そうだけど」
「最近よォ……チカメ様とか呼ばれて、随分調子乗ってるらしいじゃねえか」
「俺の意思じゃねえよ!!!」
後ろのソウダガツオたちがざわつく。
「チカメ様だってよ」
「随分偉くなったじゃねえか」
「だから俺が呼ばせてるんじゃねえよ!!」
先頭のソウダガツオが俺に顔を近づけた。
「伊東市の!」
「はい」
「しかも川奈みたいな小せえ町が!」
「悪かったな!!」
「熱海より目立つとはどういうことだァ!!!」
「知らねえよ!!! 市役所に言えよ!!!」
「最近こっちじゃ随分景気がいいらしいじゃねえか」
「まあ……」
「仕事も増えてるらしいなァ?」
「勝手に増えたんだよ」
「魚まで集まってるって聞いたぞ!」
「勝手に来るんだよ!!」
先頭のソウダガツオが尾びれを振った。
「熱海ナメてんじゃねえぞ!!」
後ろの群れも一斉に声を上げる。
「ナメんなァ!!」
「熱海ナメんなァ!!」
「川奈ァ!!」
「なんで自治体で喧嘩売られてんだよ!!!」
そのときだった。
向こうから、聞き覚えのある歌が近づいてきた。
「小魚♪ 小魚♪ 小魚♪ 求人!」
「…………」
アオハタが泳いできた。
「底物、回遊♪ 高収入!」
ソウダガツオたちが黙った。
「…………」
アオハタがそのまま通り過ぎようとする。
「小魚♪ 小魚♪ 小魚♪ 求人!」
一匹のソウダガツオが振り返った。
「…………回遊?」
「おい」
アオハタが止まった。
「はい?」
「今、回遊って言った?」
「言いました」
「回遊でも働けんの?」
「食いつくな!!!!」
アオハタがソウダガツオを見る。
「回遊魚ですか?」
「そうだけど」
「歓迎です」
「マジで?」
「お前ら何しに来たんだよ!!!」
別のソウダガツオが前へ出た。
「俺、熱海で情報運んだりしてるんだけど」
「経験者ですね」
「出前の注文も運べる」
「即戦力です」
「職歴として出すな!!!」
後ろからもう一匹。
「俺も熱海じゃ顔広いっす」
「配送向いてますね」
「川奈までなら普通に来れます」
「いいですね」
「面接始めんな!!!!」
総長が振り返った。
「お前ら!! 俺たちは何しに来たと思ってんだ!!」
「総長、回遊魚優遇だって」
「知らねえよ!!」
「移動できる奴は仕事多いって」
「俺たちは熱海を背負って来てんだぞ!!」
アオハタが言った。
「移動距離が長い方は条件が変わります」
「…………」
総長がアオハタを見る。
「どれくらい?」
「お前も聞くな!!!!」
イトヨリダイが俺の横へ来た。
「チカメさん、この人たち就職しに来たんすか?」
「違うよ!! 俺をシメに来たんだよ!!」
「そうなんすか?」
「俺も途中から分かんなくなってきたけど!!!」
その間にも話は進んでいた。
「夜も泳げます」
「夜勤できますね」
「潮速くても平気です」
「助かります」
「俺、サバとも知り合い多いっす」
「連絡網にも使えますね」
「お前ら自己アピールやめろ!!!!」
総長が群れに突っ込んでいった。
「やめろ!! お前ら!!」
「でも総長、条件いいっすよ」
「俺たちは暴走族だぞ!!」
「仕事しちゃダメなんすか?」
「ダメじゃねえけど今じゃねえだろ!!!」
「総長が一番まともになってる!!!」
しばらくして。
なぜかソウダガツオたちは、アオハタから仕事の説明を受けていた。
「じゃあ、情報伝達の経験がある方はこちらで」
「はい!」
「配送経験がある方は?」
「俺あります!」
「出前は配送に入ります?」
「入ります」
「よっしゃ!」
「何がよっしゃだよ!!!」
話が終わる頃には、さっきまで殺気立っていたソウダガツオたちの顔がすっかり明るくなっていた。
「チカメ様! ありがとうございます!」
「俺何もしてねえよ!!!」
「川奈やべーな!」
「仕事も見つかったし、来てよかったな!」
「熱海帰ったらみんなに教えようぜ!」
「これ以上連れてくんな!!!」
ソウダガツオたちは、楽しそうに熱海方面へ泳ぎ始めた。
「お前らァ!! 待て!!」
総長が叫んだ。
「俺たちは川奈を潰しに来たんだぞ!!」
「じゃ、お疲れっしたー!」
「待てコラァァァァ!!!」
総長だけが残った。
「…………」
「…………」
総長が俺を睨む。
「……覚えとけよ」
「何をだよ」
「いいか。熱海にはな――」
総長が胸を張った。
「温泉がある」
「伊東にもあるよ」
「…………」
「海もある!」
「こっちにもあるよ」
「…………」
「花火大会もある!!」
「…………」
この前。
福音が来るというだけで魚が集まり。
アオハタがアナウンスを始め。
なぜか全員でカウントダウンまでした。
総長が俺を睨む。
「花火まで取るんじゃねえ!!」
「あれ福音だよ!!! コマセ撒かれてるだけだよ!!!」
「と、とにかく!!」
総長がさらに声を張り上げた。
「伊東市の! しかも川奈みたいな小せえ町が! 熱海より目立っていいと思ってんのかァ!!!」
「だから俺に言うなよ!!!!」
「熱海ナメんなァァァァァ!!!」
そのとき。
「静かにして」
「…………」
後ろから声がした。
振り返る。
マハタだった。
「あ」
この前、働いていないと言い張っていたマハタだ。
少し離れた岩陰では、アカハタが眠っている。
マハタが総長を見る。
「今、あいつ寝てるから静かにして」
「知るかよ!!」
「静かにして」
「俺は熱海を背負って――」
ぱくっ。
「…………」
総長が消えた。
「…………」
マハタが口を閉じる。
もぐ。
「…………」
ごくん。
そして岩陰を見る。
アカハタは眠ったままだった。
「静かにね」
マハタはそのままアカハタのところへ戻っていった。
「…………」
俺は、さっきまで総長がいた場所を見た。
何もいない。
「…………熱海」




