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第91話 働いてないハタもいました


ハタの雇用が、ハタで循環している。


そんな恐ろしいものを見た俺たちは、岩礁を抜けて先へ進んでいた。


広告。

扉。

運搬。

送迎。

警備。

場所取り。


「…………やっぱりおかしいだろ」


イトヨリダイが振り返る。


「何がっすか?」


「ハタだよ!! さっきから会うハタ全部働いてるじゃん!!」


キントキダイが言う。


「需要があるんだろう」


「ハタに!?」


「大きいからな」


「理由がずっとそれなんだよ!!」


キンメダイが首を傾げる。


「働いてないハタもいると思いますよ」


「いるよな!?」


「たぶん」


「見たい!!」


「何を?」


「何もしてないハタ!!」


イトヨリダイが言う。


「だんだん目的がおかしくなってるっすよ」



*



少し泳ぐと、前方から小魚が何匹かやって来た。


その横に大きなハタが一匹。


「また働いてる!!」


「まだ何もしてないっすよ」


見ると、小魚たちの横を一定の距離を保って泳いでいる。


明らかに何かしている。


「何してんの?」


ハタが答えた。


「送迎です」


「やっぱり!!」


小魚が言う。


「この辺、大きい魚が出るので」


「護衛も兼ねてるの?」


「はい」


ハタがこちらを見る。


「僕、他の送迎車より高いですけどいいですか?」


「俺に営業すんな!!」


「キジハタなので」


「車種みたいに言うな!!!」


イトヨリダイがキジハタを見る。


「高級送迎っすか」


「そういう感じです」


「認めた!!」


俺はキジハタを見る。


ただ横を泳いでいる。


別に乗せてくれるわけじゃない。


「何が違うの?」


「安心感です」


「アルファードじゃねえか!!!」


小魚が言う。


「うちはいつもキジハタさんです」


「家族でアルファード使ってるみたいに言うな!!」


「帰りもお願いします」


「ありがとうございます」


「固定客までいる!!」


キジハタは小魚たちを連れて、悠々と泳いでいった。


俺はその背中を見送る。


「魚なのに送迎車の格まで出てきた……」


キントキダイが言う。


「大きい方が安心だろう」


「だから正論で車社会を作るな!!」



*



その先。


今度は大きなハタが、貝やら海藻やらを大量に運んでいた。


「あれは?」


イトヨリダイが言う。


「アオハタっすね」


俺たちの横をアオハタが通り過ぎる。


後ろにも一匹。


さらに向こうにも一匹。


全部、何か運んでいる。


「アオハタめっちゃ運んでる!!」


一匹に聞いてみる。


「何してるの?」


「配送です」


「やっぱりトラック!!」


「今日は岩場を三往復です」


「完全に運送業!!」


俺はアオハタを見る。


「お前ら、運ぶだけなの?」


「いや。歌も覚えなきゃいけないんだ」


「歌?」


アオハタが息を吸う。


「小魚♪ 小魚♪ 小魚♪ 求人!

 底物、回遊♪ 高収入!」


イトヨリダイが妙に納得する。


「トラックはトラックっすねぇ」


「選挙カーも混ざってるけどな!!!」


アオハタが続ける。


「小魚♪ 小魚♪」


「もういい!!」


「求人!」


「最後まで歌うな!!!」


アオハタは荷物を抱えたまま泳いでいった。


遠くから、まだ聞こえる。


「底物、回遊♪ 高収入!」


「仕事熱心すぎるだろ!!」


キンメダイが言う。


「ちゃんと覚えてますね」


「そこ評価すんな!!」


俺は遠ざかるアオハタを見る。


キジハタは送迎。


アオハタはトラック。


キントキダイが言う。


「適材適所だな」


「ハタの種類で車両区分すんな!!!」



*



そして。


ついに俺は見つけた。


岩陰に、大きなマハタが一匹。


寝ている。


何も背負っていない。

誰も送迎していない。

入口も塞いでいない。

荷物もない。


「いたあああああ!!!」


マハタが飛び起きた。


「何!?」


「働いてない!!!」


「は?」


「ついにいた!! 働いてないハタ!!」


「何でそんな嬉しそうなの?」


俺は周囲を確認する。


仕事らしきものは何もない。


完全に休んでいる。


「仕事は?」


「してないよ」


「よっしゃあああ!!!」


「何なの?」


イトヨリダイが言う。


「知らない人が見たら最悪っすよ」


「違うんだよ!! 俺はハタにも普通に暮らしてるやつがいるって確認したかったの!!」


マハタが欠伸をする。


「働くの嫌いだし」


「最高!!」


「そんな褒めるところっすか?」


「毎日何してるの?」


「別に。寝たり、食べたり」


「魚だ!!!」


「魚だけど」


「やっと魚に戻った!!!」



そこへ、マハタの相方らしいアカハタが泳いできた。


「ただいまー」


マハタが起き上がる。


「おかえり」


俺は二匹を見る。


「一緒に住んでるの?」


「うん」


相手の魚が言う。


「この子、だいたいここにいるよ」


俺はマハタを見る。


「仕事してない」


「うん」


「だいたいここにいる」


「うん」


「…………ヒモじゃねえか!!!」


マハタが首を傾げる。


「そうなの?」


「働かずに一緒に住んでるんだろ!?」


「まあ」


「いた!! 俺が探してたハタ!!」


イトヨリダイが言う。


「ヒモ探してたんすか?」


「違う!!」



*



相手の魚が餌を持ってきた。


少し大きめの魚だった。


マハタがそれを見る。


「あ、それちょっと待って」


「何?」


「そのまま食べる?」


「うん」


「喉につっかえるといけないから、頭だけ先に取っといたわー」


「ありがとー」


マハタが餌の頭を外し、食べやすくして渡す。


俺は見る。


「…………」


「何?」


「いや……」


相手の魚が嬉しそうに食べている。


マハタが言う。


「骨あるから気をつけて」


「うん」


「こっちから食べた方が楽だよ」


「ありがと」


「…………」


なんだろう。


思ってたヒモと違う。


相手の魚が食べ終わる。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


「うん」


「あとで福音も見に行こ」


「分かった」


相手の魚は泳いでいった。


マハタはまた岩陰へ戻る。


そして寝た。


「…………」


俺は安心した。


やっぱり働いてない。


「よし」


イトヨリダイが聞く。


「何がよしなんすか?」


「一個くらい気になるところはあったけど、こいつは無職だ」


「本人の前で言うことじゃないっすよ」


「ヒモだけどな」


「聞こえてるよ」


「起きてた!!」



*



その日の夕方。


海の中も少しずつ暗くなり始めた頃。


俺たちは、福音が来そうな岩礁の近くまで泳いできた。


「今日は来るかな」


キンメダイが上を見る。


「来るといいですね」


イトヨリダイも辺りを見回す。


「この時間なら、そろそろっすかね」


岩礁には、少しずつ魚が集まり始めていた。


まだ福音は来ていない。


なのに、潮通しのいい場所にはもう魚がいる。


何匹かは、その場から動こうともしない。


「…………みんな早くない?」


キントキダイが言う。


「いい場所から埋まるからな」


「何か既視感あるな……」


その時。


俺は見覚えのある大きな魚に気づいた。


岩場の一角。


周りより少し見晴らしがよく、上もよく見える場所に。


どっしり。


マハタが居座っている。


「…………あれ?」


近くには誰も入れない。


というか。


入ろうとしても、マハタがでかい。


「お前!!」


マハタが振り返る。


「あ。また会ったね」


「何してんの!?」


「場所取ってる」


「働いてるじゃねえか!!!」


マハタが首を傾げる。


「働いてないよ」


「昼間寝てただろ!!」


「うん」


「いつ来たの!?」


「ちょっと前」


「夕方になったら先に来て場所取ってんじゃねえよ!!」


マハタは動かない。


完全に体で場所を確保している。


後ろでは、魚がどんどん増えてきている。


「ここ、福音よく来るから」


「いい場所なの?」


「うん。上も見やすいし、流れもそんなに強くない」


「場所選びまで完璧!!」


キンメダイが周りを見る。


「混んできましたね」


「やめろ」


「何がですか?」


「なんか夏の夕方みたいになってきた!!」


イトヨリダイが言う。


「早めに来て正解だったかもしれないっすね」


「お前までその空気出すな!!」


マハタが言う。


「さっきまでここにも何匹かいたよ」


「いたの?」


「うん」


「どうしたの?」


「食べた」


「場所取りの方法が反社なんだよ!!!」



その時。


魚の群れの向こうから、昼間のアカハタがやって来た。


「あ、いたー!」


マハタがすぐに反応する。


「こっち」


「場所取れた?」


「取れたよ」


「ありがとー!」


「待ち合わせまでしてる!!!」


相手の魚がマハタの横に入る。


「いい場所じゃん」


「ここなら見やすいよ」


「ほんとだー」


俺は二匹を見る。


夕方。


混み始める岩礁。


先に来て場所を確保していたマハタ。


あとからやって来る相手。


キントキダイが聞く。


「どうした?」


「いや……」


俺は上を見る。


まだ、福音は来ていない。


「もうこれ、福音じゃなくて花火待ってるだろ!!!」



*



イトヨリダイがマハタに聞く。


「送迎とかもしてるんすか?」


「しない」


「護衛は?」


「しない」


「場所取りは?」


「しない」


俺は目の前を見る。


「じゃあ今やってるこれは何だよ!!!」


「待ってるだけ」


「自覚がないのか!!!」


マハタが首を傾げる。


「何の?」


「全部だよ!!」


相手の魚が言う。


「この子いつもこうだよ?」


「いつも!?」


「福音の時、先に場所取ってくれるし」


「…………」


「流れが速い日は楽なところ探してくれるし」


「…………」


「危ない魚いたら追い払ってくれるし」


「…………」


「餌もよく取ってきてくれる」


「…………」


「寝床も直してくれるよ」


「ちょっと待て」


俺はマハタを見る。


「仕事してないんだよな?」


「してないよ」


「送迎」


「しない」


「護衛」


「しない」


「場所取り」


「しない」


「全部やってるよ!!!」


マハタが驚く。


「やってないよ」


「やってることに自覚がない!!!」


イトヨリダイが言う。


「かなり有能なヒモっすね」


「有能すぎるだろ!!」


キントキダイもマハタを見る。


「生活能力が高いな」


「高すぎるよ!!」


キンメダイが言う。


「優しいですね」


「そうなんだよ!! ヒモの悪口が言いづらくなってきたんだよ!!」


相手の魚が首を傾げる。


「ヒモって何?」


「働かないで相手に養ってもらうやつ!」


「養ってないよ?」


「え?」


「餌、この子の方が取ってくるよ」


「…………」


マハタが言う。


「俺、大きいから」


「またそれか!!」


「大きい方が捕りやすいし」


「じゃあ何を養ってもらってんの!?」


マハタが少し考える。


「…………一緒にいてもらってる」


「思ってたヒモじゃない!!!」



*



俺は混乱していた。


仕事はしていない。


本人も働くのは嫌いだと言っている。


なのに。


餌を取る。

食べやすくする。

寝床を直す。

福音の場所を取る。

危ない魚を追い払う。

流れの外側に立つ。


「…………プロじゃん」


マハタが聞く。


「何の?」


「ヒモの!!!」


イトヨリダイが言う。


「ヒモにプロとかあるんすか?」


「知らねえよ!!」



その時。


遠くから声が聞こえてきた。



「まもなくー、福音がー、到着するー、予定です」



「…………」



聞き覚えのある声だった。


見ると。


アオハタが泳いでいる。



「船のエンジン音がー、聞こえてー、きましたー」



「お前、配送は!?」



アオハタは止まらない。



「現在ー、福音到着までー、もうしばらくー、お待ちくださーい」



イトヨリダイが言う。


「アナウンスもやるんすねぇ」


「トラックの業務範囲広すぎるだろ!!!」



周りの魚たちが、ざわざわし始める。


「来るって!」


「もうすぐだ!」


「見えるかな?」


「こっち詰めてー」


「やめろやめろ!! 完全に始まる前の会場になってる!!」



アオハタが岩礁の上をゆっくり泳いでいく。



「それではー、みなさまでー、カウントダウンをー」



「カウントダウン!?」



魚たちが一斉に上を見る。



「じゅーう!」



「やるの!?」



「きゅーう!」


「はーち!」


「何が打ち上がるんだよ!!!」


「なーな!」


「ろーく!」


「ごー!」



マハタの相手が嬉しそうに言う。


「もうすぐだね!」


「うん」


「お前らまで完全に花火待ちなんだよ!!」



「よーん!」


「さーん!」


「にーい!」


「いーち!」



その瞬間。


海面の向こうから。



ぶおおおおおおおおお。



船のエンジン音が響いた。



「来たあああああ!!!」



魚たちが一斉に上を向く。



「福音だー!!」


「始まったー!!」



「花火大会じゃねえか!!!!!」



アオハタが満足そうに泳ぎ去っていく。



「本日もー、福音をー、お楽しみくださーい」



「何でお前が主催者側なんだよ!!!」



マハタが相手の前へ出る。


「ちょっと流れ出てきたから、俺の後ろにいて」


「うん」


「…………」


完全に護衛。


完全に送迎。


完全に場所取り。


しかも無料。



俺は二匹を見る。


「…………働いてないハタ、いたな」


イトヨリダイが言う。


「いましたね」


「…………」


「満足っすか?」


「思ってたのと違う」


キントキダイが言う。


「本人が働いていると思っていないだけだな」


「それ一番働くやつじゃん!!」



俺は、福音を見上げるマハタを見る。


今日見たハタの中で。


唯一。


働いていないと言い張っていたやつが。



たぶん。



一番。



甲斐甲斐しかった。




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