↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/156

第90話 ハタ、働きすぎじゃない?


事務所を出た俺たちは、再び岩礁の間を泳いでいた。


さっきまで家の二重契約だの、ウニを食った石鯛の強制労働だの、とんでもないものを見ていたはずなのに。


今、俺の頭を占めているのは別の魚だった。


ハタ。


求人を背負って泳ぐハタ。

入口を塞いで自動ドアをやるハタ。

そして交代勤務にやって来るハタ。


「…………ハタ、働きすぎじゃない?」


イトヨリダイが答える。


「需要あるんじゃないっすか?」


「何の需要だよ」


「デカい魚の」


「ざっくりしてんな!!」


キントキダイが言う。


「大きくて力もある。仕事には向いているだろう」


「だからって扉になる!?」


キンメダイが振り返った。


「でも、さっきの扉よかったですよ」


「レビューすんな!!」



*



少し泳ぐと、前方から魚の群れがやって来た。


その群れの横に。


またいた。


ハタ。


今度は数匹の小魚を引き連れて泳いでいる。


「またハタだ!!」


俺が指を差すと、イトヨリダイが見る。


「送迎じゃないっすか?」


「送迎!?」


近づいてみる。


小魚たちはハタの周りにぴったり集まり、そのまま一緒に泳いでいた。


「何してんの?」


ハタが答える。


「送りです」


「本当に送迎だった!!」


小魚が言う。


「大きい魚と一緒なら食べられにくいので」


「警備兼送迎!!」


別の小魚が言う。


「帰りもお願いします」


「往復契約!!」


ハタは何事もなかったように、小魚たちを連れて泳いでいった。


俺はその背中を見送る。


「ハタって何なの?」


キントキダイが答える。


「ハタだ」


「それは知ってるよ!!!」



*



さらに進む。


岩陰に、またハタがいた。


「いる!!」


「何で見つけるたびに驚くんすか」


「さっきから全部働いてるからだよ!!」


そのハタの前には、小魚が何匹か並んでいる。


一匹ずつ前へ出る。


ハタが大きな口を開ける。


小魚が入る。


「食った!!」


しばらくすると、小魚が出てきた。


「出た!!」


次の小魚が入る。


「何これ!?」


イトヨリダイが答える。


「クリーニングじゃないっすか?」


「ハタの!?」


見ると、小魚たちはハタの口の中や体表をつついている。


「逆だった!! ハタが客だった!!」


ハタがこちらを見る。


「休憩中です」


「休憩ちゃんと取ってる!!」


キンメダイが感心した。


「働いたあとのお掃除ですね」


「メンテナンスみたいに言うな!!」


ハタが言う。


「このあと夜勤です」


「休めよ!!!」



*



もう嫌な予感しかしない。


少し先に、また大きな魚影が見えた。


「ハタじゃないよね?」


イトヨリダイが目を細める。


「ハタっすね」


「やっぱり!!」


今度のハタは岩の前にいる。


何もしていない。


ただ、じっとしている。


「よかった……」


「何がっすか?」


「働いてないハタいた……」


俺は少し安心した。


魚だ。


普通の魚だ。


ハタだって、ただ岩陰でぼーっとしている時くらいある。


俺が近づく。


「こんにちは」


「はい」


「今日は休み?」


「いえ」


「…………」


「…………」


「何してるの?」


「場所取りです」


「働いてた!!!」



後ろから魚がやって来た。


「ご苦労」


「交代します」


ハタが場所を空ける。


別の魚がそこへ入る。


俺は目を疑った。


「何の場所取ってたの!?」


「潮待ちです」


「潮待ちに場所取り必要なの!?」


「人気なので」


「海なのに!?」


イトヨリダイが言う。


「並ばなくて済むサービスっすね」


「代行業まで始めてる!!」


キントキダイが頷く。


「自分の体だけでできる仕事が多いな」


「そこなんだよ!!」


ハタには手がない。


道具もない。


資格もない。


なのにデカい。


それだけで仕事が生まれている。


「海の隙間産業を全部ハタが埋めてる!!」



*



ふと後ろを見ると、オニカサゴがこちらへ泳いできていた。


「まだいたの!?」


「ここは私の管理区域だ」


「あ、そうか」


普通に納得してしまった。


怖い不動産屋への適応が始まっている。


オニカサゴは俺たちの横を通り、そのまま岩の先へ向かう。


そこにも。


二匹のハタがいた。


入口を塞いでいる。


「また扉!!」


さっきとは別の場所だ。


オニカサゴが前に立つ。


「私だ!」


すっ。


二匹のハタが左右へ開いた。


「便利すぎるだろ!!」


オニカサゴはそのまま中へ入っていく。


俺はハタを見る。


さっきから気になっていた。


本当に。


それだけで開くのか。



俺も前へ出た。


胸を張る。


少し低い声を作る。


「私だ!」


「どなたですか?」


「なんでだよ!!!!!」


後ろでイトヨリダイが吹き出した。


「顔認証されてないっす」


「同じ言葉言っただろ!!」


「顔が違う」


「認証ちゃんとしてる!!!」



中からオニカサゴが戻ってきた。


「何をしている」


「いや、俺も『私だ!』で入れるのかなって」


「入れるわけないだろう」


「だったらあんたも名乗れよ!!」


「私だ!」


すっ。


開く。


「見せつけんな!!!」



キンメダイが前へ出た。


「私だ!」


「どなたですか?」


「キンメダイです」


「どうぞ」


すっ。


開く。


「普通に名乗れば入れるの!?」



キントキダイも前へ出る。


「キントキダイだ」


「どうぞ」


すっ。



イトヨリダイも。


「イトヨリダイっす」


「どうぞ」


すっ。



俺の番。


「…………チカメキントキです」


「どうぞ」


すっ。


「俺だけ余計なことしたみたいになってる!!!」



オニカサゴが言う。


「余計なことをしたんだ」


「そうだけど!!!」



*



俺たちは入口を抜ける。


二匹のハタが、また元の位置へ戻った。


俺は振り返った。


「なあ」


「はい」


「これ、ずっとやってるの?」


「交代までです」


「次の仕事とか決まってる?」


「今日はこのあと運搬です」


「あるんだ……」


隣のハタが言う。


「私は明日、広告です」


「ハタトラックになるんだ!!」


「空きが出たので」


「求人広告で求人してた仕事にハタが応募してんの!?」


「はい」


「ハタの雇用がハタで循環してる!!!」



イトヨリダイが言う。


「ハタ専門で仕事紹介したら儲かりそうっすね」


俺は止まった。


「やめろ」


「え?」


「それ以上言うな」


「なんでっすか?」


「この海、その程度の思いつきなら明日には会社になる」


全員が黙った。



遠くを、求人を背負ったハタが泳いでいく。


その横を、小魚を送迎するハタが通る。


後ろでは、二匹のハタが入口を塞いでいる。



誰も、ハタを働かせようなんて決めていない。


ただ。


大きいから便利。


それだけだった。



「…………」



俺は思った。


このまま行くと。


海から最初に過労死が出るなら。



たぶん。



ハタだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。