第89話 ハタ、扉やってました
「…………海ってすごいな」
俺は心の底から、そう思った。
家を二重に貸しても、ウッカリカサゴなら周囲が確認しなかった方にも責任がある。
壁を食っても、ウニが備品なら強制労働。
そして、その全部をオニカサゴが普通に処理している。
人間社会より話が早い。
たぶん、よくない意味で。
*
オニカサゴが俺たちを見る。
「貴様ら、来い」
「どこへ?」
「事務所だ」
「あるの!?」
イトヨリダイが目を輝かせた。
「海底不動産の事務所っすか!?」
「そうだ」
「ちゃんとオフィスあるんすね!」
「そこに感動すんな!!」
アヤメカサゴはもう動いていた。
「今回の件について、確認事項があります」
「俺たちも?」
「関係魚ですので」
「関係者みたいに魚を混ぜるな!!」
キントキダイが頷く。
「必要な手続きだ」
「お前は何で急に社会人なんだよ!!」
キンメダイが聞いた。
「事務所って、福音あります?」
「お前は会社を何だと思ってるんだよ!!」
*
俺たちはオニカサゴたちの後を泳いだ。
岩礁の奥、細い通路を抜ける。
その先に、大きなハタが二匹いた。
入口をぴったり塞いでいる。
「…………何これ?」
ハタが答えた。
「扉です」
「お前らが!?」
イトヨリダイが近づく。
「これオートロックっすか?」
「はい」
「魚なのに!?」
オニカサゴが前へ出た。
「私だ!」
二匹のハタが、すっ、と左右へ開いた。
「自動ドア!!!」
キンメダイが感心する。
「大きいから、ちゃんと閉まりそうですね」
「褒めるところそこ!?」
キントキダイが言う。
「合理的だ」
「またそれか!!」
イトヨリダイがスマホを向ける。
「これ顔認証っすね」
「軍曹だけ説明ゼロで通ったぞ!!」
「常連なんじゃないすか?」
「不動産屋の本人だよ!!」
俺は二匹のハタを見る。
前には別のハタが求人を背負って泳いでいた。ハタトラック。
今度は自動ドア。
「…………すごいハタ働いてるな」
*
俺たちは中へ入った。
後ろで二匹のハタが、すっ、と元の位置へ戻る。
イトヨリダイが振り返った。
「防犯性能高そうっすね」
「突破しようとしたらハタ二匹どかさないと入れないからな……」
キンメダイが言う。
「強そうですね」
「生体セキュリティやめろ!!」
俺はオニカサゴを見る。
「ねえ」
「何だ」
「あのハタ、休みあるの?」
「ある」
「あるんだ」
「交代制だ」
「ちゃんとしてる!!」
「勤務時間も決まっている」
「そこまで!?」
イトヨリダイが聞く。
「福利厚生は?」
「餌付きだ」
「現物支給!!」
「住居もある」
「社宅まで!?」
「岩穴だ」
「最後だけ普通の魚なんだよ!!!」
*
事務所だった。
本当に事務所だった。
広い岩穴の中には、物件の場所を示す石、貝殻、傷、目印が並んでいる。
穴、根、砂地、縄張り。
どうやら、それぞれが物件情報らしい。
海底版の不動産屋。
俺が辺りを見ていると、アヤメカサゴが定位置へ入った。
ウッカリカサゴもその横へ来た。
そして俺の上に座ろうとした。
「待て待て待て待て!!!」
びくっ。
ウッカリカサゴが止まる。
「す、すみません!!」
「なんで俺に座ろうとした!?」
「岩かと……」
「そういう店かと思ったよ!!!」
全員が俺を見る。
「何がだ?」
「いや!! もう怖い人登場してるけど!!」
オニカサゴがこっちを見る。
「刺し殺すぞ」
「ほら怖い!!!」
イトヨリダイがオニカサゴを見る。
「あ、それ普通に洒落にならないっすよ」
「分かってるよ!!」
「オニカサゴの背びれとかの棘には毒があるっす」
「知ってる!!」
「人間でも刺されたら、うなるくらい痛い毒らしいっす」
「今その説明いる!?」
イトヨリダイがスマホを見る。
「刺されたところが腫れたり、かなり激痛になるみたいっすね」
「検索して恐怖を補強すんな!!!」
オニカサゴが静かに言う。
「試すか?」
「試さねえよ!!!」
キンメダイがオニカサゴを見る。
「刺されたら痛いんですか?」
「痛い」
「すごく?」
「かなりな」
「本人が毒のレビューすんな!!!」
キントキダイが少し距離を取った。
「念のためだ」
「お前まで逃げんな!!」
「毒から距離を取るのは合理的だ」
「そこだけ正しいの腹立つな!!!」
*
オニカサゴが俺を見る。
「いつまで騒いでいる」
「原因そっちだからね!?」
「刺すぞ」
「二回目!!」
イトヨリダイが少し下がる。
「チカメさん、もう謝った方がいいんじゃないすか?」
「何に!?」
「生存のために」
「謝罪理由が命なの怖えよ!!!」
オニカサゴはもう俺を見ていなかった。
怖い。
*
キンメダイが壁際を見る。
「これ全部、家なんですか?」
アヤメカサゴが答える。
「管理物件です」
「全部!?」
「はい」
俺はいくつかの目印を見る。
当然、紙なんかない。
帳簿もない。
石。貝殻。傷。
それだけ。
でもアヤメカサゴは、どれが何か全部分かるらしい。
「それ、どこの物件?」
「第三岩礁、東側二番穴です」
「覚えてんの!?」
「当然です」
「有能!!」
別の目印を見る。
「これは?」
「空きです」
「海に空室あるの!?」
キントキダイが言う。
「誰も住んでいなければ空きだろう」
「正論なんだけど納得したくねえ!!」
アヤメカサゴが続ける。
「条件の良い場所はすぐ埋まります」
「何が条件なの?」
「潮通し」
「うん」
「隠れやすさ」
「うん」
「産卵環境」
「なるほど」
「福音へのアクセス」
「駅近みたいに言うな!!!」
イトヨリダイが言う。
「福音徒歩五分的な?」
「泳げ!!!」
「船が来たら徒歩ゼロ分っす」
「釣られる距離だよ!!!」
*
その時。
奥から声がした。
「おい!!」
「まだ終わらねえのか!!」
「腹減ったぞ!!」
俺たちは奥を見る。
石鯛。
イシガキダイ。
何匹もいる。
岩場の前で、がりがり何かやっていた。
「強制労働始まってる!!!」
一匹の石鯛がこちらを見る。
「お前ら……!」
俺も見る。
「何やってんの!?」
「見りゃ分かるだろ!!」
「分かんねえよ!!」
「直してんだよ!!」
「何を!?」
「俺らが食ったところ!!」
「原状回復!!!」
イシガキダイが横から叫ぶ。
「ウニ食った分まで働けって言われた!!」
「自分で食ったんだろ!!」
「高級だったんだぞ!!」
その瞬間。
オニカサゴがゆっくり振り返った。
石鯛が止まる。
イシガキダイも止まる。
「貴様ら」
「…………はい」
「今、自分で言ったな」
「何を……?」
「高級だった、と」
「…………」
オニカサゴが石鯛たちを見る。
「なら覚えておけ」
「…………」
「貴様ら、自分で高級と言っていたな」
「はい……」
「高級なものを食べて、すぐに帰れるとは思わないことだ!」
「怖っ!!!」
石鯛が叫ぶ。
「何だその理屈!!」
「高級には責任が伴う」
「ブランド品みたいに言うな!!!」
イシガキダイが言った。
「でも天然だぞ!!」
「関係ない」
「ミョウバン不使用!!」
「関係ない」
「塩水!!」
「黙って働け」
「はい!!」
「商品説明で刑期交渉すんな!!!」
*
俺は作業中の石鯛を見る。
「どのくらいやるの?」
石鯛が死んだ目で答えた。
「食った分」
「分量制!?」
「一個食ったら一個分」
「分かりやすい!!」
イシガキダイがぼそっと言う。
「俺、十二個食った」
「食いすぎだよ!!」
「高級だったから……」
「高級なら味わえ!!」
別の石鯛が言う。
「俺、二十七個」
「お前もう食事じゃなくて仕入れだろ!!!」
イトヨリダイがスマホを見ながら言う。
「元取ろうとしたんすね」
「何の元だよ!!」
「食べ放題的な」
「無料だったんだよ!!!」
オニカサゴが言う。
「手を止めるな」
石鯛が言う。
「手ないけど!」
「口を使え」
「労基!!!」
キントキダイが言う。
「魚に労働基準法はない」
「適用外を嬉しそうに確認すんな!!!」
*
俺はアヤメカサゴを見る。
「結局、今回どうなるの?」
アヤメカサゴが淡々と答える。
「二重に貸した件については、こちらにも確認不足があります」
「うん」
「タコ様の住居については弊社で対応します」
「まとも」
「壊した場所については石鯛様側」
「うん」
「備品として配置していたウニについても石鯛様側」
「うん」
「その分、働いていただきます」
「そこだけ急に司法が江戸時代なんだよ!!!」
「食事は出ます」
「そこは優しいんだ」
「ウニです」
「永久に帰れねえだろ!!!!!」
奥の石鯛たちが一斉に止まった。
「…………今なんて?」
イシガキダイが聞く。
「飯、ウニなの?」
オニカサゴが答える。
「働いた者には食わせる」
「罠じゃねえか!!!」
石鯛が恐る恐る聞く。
「食わなかったら?」
「その分早く終わる」
「じゃあ食わねえ!!」
キンメダイが首を傾げる。
「でも高級なんですよね?」
「お前は黙ってろ!!!」
「ミョウバン不使用」
「覚えんな!!」
「塩水」
「説明を足すな!!!」
目の前にウニ。
石鯛たちが見る。
「…………」
ウニを見る。
「…………」
一匹が。
ぱくっ。
「食ったあああああ!!!」
オニカサゴがアヤメカサゴを見る。
「追加だ」
「承知しました」
「管理されてる!!!」
石鯛が、もぐもぐしながら言った。
「…………うまい」
「反省ゼロ!!!」
別のイシガキダイも。
ぱくっ。
「お前も食うな!!!」
「一個だけ!!」
「その一個で帰宅が遠のいてんだよ!!!」
オニカサゴが言う。
「二個追加だ」
「地獄が自動更新されてる!!!」
*
帰り。
入口まで戻る。
二匹のハタが入口を塞いでいる。
オニカサゴが前へ出た。
「私だ!」
二匹が、すっ、と左右へ開く。
「やっぱそれだけで開くんだ……」
俺はハタの横を通る。
外には、別のハタが背中に何かをつけて泳いでいた。
小魚♪
小魚♪
小魚♪
求人♪
「…………」
ハタトラック。
別個体。
目の前はハタオートロック。
さらに向こうから、もう一匹ハタが来る。
「交代です」
「お疲れ様です」
「ちゃんと引き継ぎまでしてる!!」
イトヨリダイが言う。
「ハタ、需要ありますね」
キントキダイも頷く。
「職には困らなそうだ」
キンメダイが、泳いでいくハタを見る。
「次は何やるんでしょうね」
「もう怖いよ」
トラック。
扉。
警備。
交代勤務。
俺は働いているハタたちを眺めた。
「…………すごいハタ働いてるな」
海では今日も、ハタが社会を支えていた。
次回。
『ハタ、働きすぎじゃない?』




